登場人物
佐藤百合子
佐藤龍彦
澁澤春夫
権田 (雑誌新緑の編集者)
スージー(シャムネコ)
金子(男子学生 大学図書館アルバイト)
川村(女子学生 大学図書館アルバイト)
安永 (男子学生 大学図書館アルバイト)


「百合子へ。 久しぶり。 元気か。このアドレスが変わっていなければいいのだが。
早いもので僕が出て行って1年近い。
君はもう、佐藤と籍を入れたと人伝に聞いた。まだおめでとう、を言っていなかったね。
入籍、おめでとう。どうかこれを厭味ととらないで欲しい。
一番ごたごたしていた時期は正直、佐藤を恨みもした。
でも今は君のいない生活のリズムというものが自分にもできた。
時間が経ってしまえばもうこれは嫌味でも何でもない。

今日、メールを出しているのは他でもない。
唯一つ、出て行った家に残したもので僕が気にしていることがある。
僕が置いていったテレビとかオーディオとか、君と選んだ家具でもない。
それはスージーのことだ。
僕があの猫を大事にしていたことは君も良く分かっているだろう?
僕がとりあえず住んでいるアパートではペットを飼うことができない。
だから仕方なくスージーを置いていったのだ。

君も猫は嫌いじゃなかったし、それなりに大事にしてくれていた。
佐藤はどちらかと言えば犬派で、あの家に飼い犬のチワワを連れてきたのだろう?
つまり、2人とも僕ほどスージーを大事にしてくれるのだろうかという点だ。
どうか僕がスージーを引き取られるような住居を見つけるまで預かってもらえないだろうか(出て行く前に念押ししたことでもあるが)。

あの子のことが気になって眠れない、
月刊誌の締め切りにも差し支えることもある。
幸い、去年発表した作品が文学賞にノミネートされそうだ。
そうなったら、受賞できないまでも今よりは状況は良くなるだろし、スージーと暮らすめどもつきそうだ。

スージーのことをくれぐれもよろしく頼む。
佐藤にもよろしく伝えて欲しい。春夫」

百合子は読み終えたあとのパソコン画面を忌々しげに見つめていた。
何という男だ。
私への未練よりもスージー、スージーって。
龍彦と別れて自分とヨリを戻して欲しい、
やっぱりお前のことが好きだ、の一言がどこにも無いではないか…。

ぅなーお。
百合子の足元につるんとした毛の固まりが触った。
シャム系の猫らしいやや寄り目のブルーグレーのガラス玉が百合子を見上げている。
日本猫との雑種だそうだから、
ピンクがかったベージュ色の短い毛が身体全体を覆ってはいるものの、
シャム猫の特徴として表れるシールポイントと言われるこげ茶色の毛は
スージーの顔の中心と尻尾にそれ程濃く色づいてはいない。
尻尾も床に倒れるほどに長くは無く、そうかといって尾曲がり猫のようにちぎれた短さでもない。
中途半端な長さの尻尾が30度くらいの角度で立ち上がったままである。

「スージー?…びっくりした。今ね、あんたのパパのメール読んでたのよ」
ぅなーお、ぅぅぅなーん。
「パパって言ったら分かるのかしら…
ちょっと今さ、構っていられないから後にしてくれる?」ぅなーお、ぅなーお、あんあん。
「うるさいなあ。あっち行ってなさい…ほら」