木製の歯車から感じる戦時中の日本 | おもしろき こともなき世を おもしろく -呼び起こせ!アジアの涙!!-

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おとといから長野にちょっと立ち寄って、久しぶりに実家です。
長野県南部に位置する伊那谷、実家は飯田市にあります。
今まで知らなかったですが、伊那谷地方は戦前、
満蒙開拓に日本で一番人が動員された地域だそうです。
今回は時間がなくて行けなかったんですが、
阿智村にある満蒙開拓平和記念館に訪れたい場所です。

親戚の70歳過ぎのおじさんに満蒙開拓のことを聞いたら、
南信地域からは多く人が移り住んで行ったと行ってました。
そんな話から戦争時の話になって、見せてくれたこちら。
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木で作った歯車です。
戦時中、資源不足に悩む日本が、家庭からあらゆる鉄製の物を没収したそうです。
タンスの取っ手も持っていかれたそうでふ。
写真の歯車は、農耕具に使われていた鉄製のギアが没収されたので、
硬い材質の木材で代用品として作られたものです。
今は使い道がないからということで花瓶置きに使われていましたが(笑)

1937年(昭和12年)に始まった日中戦争で苦戦した日本が、
翌年1938年(昭和13年)に制定した国家総動員法。
国民生活にこのように影響していたんだと感じました。
そんな逼迫した状況下でも代替品を手作りする、
当時の日本人の知恵と粘り強さを同時に感じます。

国家を総動員してまで挑んで敗れた戦争。
多くの方々が犠牲になり、原爆まで経験しました。

もう二度と戦争はしない。

心の奥深いところにそう決意しているのが日本人だと、Nohさんは言います。

人が人を殺める悲劇の戦いはもうしないけど、
人が人の可能性を引き出し合う感動の競創を、
今を生きる私たちはするべきだと強く思います。

教育が変わる時です!


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すっちゃ