(旧mixiより抜粋)

この記事の続きです。

そう、彼女から電話がかかってきました。

「洗濯物をとりに行っていいですか…」
もちろんです。これで財産をお返しできる。

「日中、私のような者が出入りすると迷惑がかかりますから…」と、 彼女は暗くなってから、ひっそりとやってきました。

夜にしか現れない彼女ですが、てるてる坊主のような人なので 「テルさん」と呼ぶことにする。

日前に体も衣類も丸洗いしたはずなのに、 またかなりスメルアップドクロされている。

犯人はリュックやクツです。 また急いで風呂をつかってもらい、その間に彼女のクツを手洗いしました。 本人に任せればいいものだが、秒速でネコ失神対策しなくてはいけないから。

靴底に手を入れると、ぬめっとした黒い半固形物が。 吐…吐……。気のせいだと思うことにしました。履いて1年ほどだそうですが、 考えたら、365日×24時間履いてるんだからこうなるよね。

テルさんが履いていたそのアヂダスのクツは、 早朝ジョギングでよく出会う女性が、ある日、 「あなたのサイズに合いそうなクツが落ちていた」と プレゼントしてくれたそうです。

早朝には、なぜか新品のアヂダスが落ちている。 いい話だなあと思った。

さて、ここまで本体も付属品も洗いあげたら、 かなり匂いが薄まってきました。 洗えばなんでもきれいになるんだと思いました。

そして、風呂から上がった彼女は、かぼそいけど落ち着いた 口調で切り出しました。↓こんなにまとまってはいなかったけど、

「ほぼ3年ぶりに人と話して、私はこんなに喋れるんだって、自分でビックリしました。 この間あなたに色々言われて、3年間こんな生活をした私でも、 何かできるのかなあって思い始めました」

「人を避けて生きてきたけど、やっぱり寂しいです。 もう一度社会で生きてみたい。働き先を探してみようかなと。 そこでね、なにか先立つものを、お貸しねが・・・」


来たよ。ダメだよ。


「お金なら、貸せません」

…1オクターブほど声が低くなってしまいました。ごめんなさい。

「貸すっていうのは、さしあげるってことだから、習慣になったらお互いの気持ちに負荷がかかる。 それより、体が丈夫なんだから、もっとうちで働きませんか。うち中をキレイにしてくれて、それが あなたの宿泊費を上回ったら、差額をお支払いします。それならお金をだせます。 今晩からにしますか? それとも日を改めますか」

私は、無一文の60代ホームレスさんから宿泊費を 搾取?することになるのでしょうか。。

しかしテルさんは素直に「こんばん…」とうなずきました。

…そして、
私がPC仕事してる間に、 彼女は、撮影で壊れたマネキンをボンドで修復し、 ネコのトイレを掃除し、 洗濯物をほし、 換気扇をぴかぴかに磨き、 渡した文春や新聞を食いつくように読んで、
粗食をいっしょに食べて、寝て、 起きたら床じゅう雑巾がけしてくれて、 また粗食をいっしょに食べて、食器を洗ってもらって、

たったの3000円を「差額報酬」としてお渡ししました。

それでも「はたらいてお金を得るって、なんて気持ちがいいんでしょう」と、泣くように受け取っていただいて、私はたった3000円で、家中ヤバイくらいキレイにしていただいたのです。

おまけで古いパーカーとグロスをさしあげました。唇に紅をさした彼女は、ちいさな女の子みたいな顔で鏡をみつめた後、軽めな足取りで出ていきました。

前回と違うのは、私と彼女の間に、「けいやく」がむすばれたことです。「来週の一日だけ、また働きに来る」と。

でもそうなるとスタッフや周囲にもエクスキューズしなくちゃいけません。さて、だいじょうぶかなあ。ふつう、スタッフ、引くよね…


つづく