こんな煽りタイトルがつけられていた今週の坪内祐三、福田和也両氏による対談「これでいいのだ!」(週刊「SPA!」に連載)。

「このブログがすごい!BLOG」 でもとりあげられていたけど、この対談で坪内氏がブログに対して「斜め上の偏見キャラ」という感はあるにせよ、文芸評論家として両氏の「ブログ観(?)」から「作家論」までがわかって、とてもおもしろい。

対談では福田氏の「ネットやブログで書く人が、これだけ増えているのに、若いコラムニストってあまり出てきてない」というボヤキからはじまり、文章のプロを目指す人が編集者を「ダマす」ことの重要性について語っている。

福田
ネットの文章って、最初に編集者を「ダマす」という行為を通過していないでしょう。学生によく言うんだけど、編集者1人をダマせないのに、読者をダマせるわけがない。プロを目指すなら、原稿料にならない文章をネットにだらだら書かないほうがいいね。ネット経由で一発当てる人もいるけど、長くやっていけるとは思えない。トラック・バックといった安い反応をもとめないで、じっくり書いたほうがいいと思うんだけどね。

かつて立川談志が「プロは大衆ではなく同業者に影響を与えて本物だ」と語っていたが、まずは読み手のプロである編集者1人を「ダマす」作品を書くことが、プロの作家としての出発点となるのは非常に納得するものがある。

ただ、現在小説家として活動している人の多くも、かつて下積み時代には「原稿料にならない文章」もなにかしら書いていたはずで、今は単にネットを通じて公に目にする機会が増えただけの気もする。

また対談ではブログで簡単に書けることから、コラムっぽい雰囲気だけで書く人の「貯め」がないことや、小説家とコラムニストについて福田氏が次のように語っている。

福田
小説が「ある水準に達している」ことと、筆者が「作家だ」というのは全然ちがう。「作家」ってのはやっぱり「取り替えのきかない何か」を持っている人のことだよね。(中略)一方で、コラムニストは、もちろん本当に一家をなしてやっていくには絶対的な才能がいるんだけど、そこそこやるには、まあ、ある程度時代と合ってて、文章の能力があればやっていける。もちろん、10年、20年生き延びるのは、小説家よりもコラムニストのほうが全然難しいと思いますよ。小説には、文芸誌とか文学賞といった著者を支える「制度」があるけど、コラムニストにはないから。

小説を書くこととコラムを書くこととは、全く別の資質や職能が必要なんだろうけど、そう考えると、小説家としてもコラムニストとしても長年にわたり最前線にいる林真理子は、規格外の才能という気がする。
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