• 23Apr
    • 北陸・春もよう×早っ

      雪国に、(とっても)早い春がきたっ!以上に早かった今年の桜シーズン。例年なら、4月初に開花、10日前後の土日がお花見ですが・・・何ざましょ!3月に開花、そのまま一気に満開となりました。わずか2、3日間の出来事で、地元でも観光/花見準備に追われてましたねぇ(笑)今回は、地元での花見第1弾記事。近所モノですが。。。しかし捨てがたい数枚で構成でっす。因みに、LINEタイムラインで使用済です。(今回もALLスマホだったりして^^;)3月は、雪残る峰々や夕陽も美しい。この季節、学生はこの茜色を見ながら何を語る!?次回も地元編。定番の花見スポットにて。

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  • 22Apr
    • 北陸・春もよう×梅ぇ

      先ごろまでの冬の旅から一変!撮り貯めていた、地元・近隣での春のもようをささっと。初回は、3月の高岡市。古城公園に梅が咲いたと聞けば、わが家は出動でっす今回はすべてスマホ写真でご勘弁を^^;万葉歌人・大伴家持が約5年間国司として赴任し、『万葉集』の街とされる高岡ですが、ここで梅とくれば、主役は前田家へと交代。とかく(内助の功もあり)讃えられるのは藩祖・利家公であることが多い加賀前田家です。しかし、一番の功労者であろうと考えるのは、(豊臣)五大老を引き継いだ後、徳川の標的となりながらも生き残りを図り、加賀百万石の礎となった利長公であると!噴水のしぶきもまだ肌寒かったこの頃。古城(高岡城)の利長公は、隠居し没したこの街を見守りつつ、梅の香に春を感じておられる事だろうと。春先の社を彩る梅。3月・・・という時期もあって(?)、絵馬が大変目立ちました^^花より団子、梅よりラテ。ミルクのトランスフォーム。×次回も春のもよう。

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  • 21Apr
    • 【SAGAの“S”(完)】ヤバいSAGA!(佐賀がbye-がbye)

      SAGA旅、最終回。ヤバい、がばいです。唐津、名護屋などの日本海側、そして穏やかな有明の海を望む佐賀でも雪に見舞われた旅でしたが。その途中、注意を払っていたのがJRの運行情報。特に、出発前から危惧していたのが西日本の管内。往路の北陸本線。(福井・鯖江付近)その心配は的中して。。。いやぁ、最近の天気予報は当たるねぇ!帰りの北陸本線は、関西~北陸が全面運休でっす!雪国の鉄道会社も貧弱になったもんだ^^;てなワケで。これは早く手を打つに越したことはないと、朝から善後策を窓口で(一番若そぅなおネェちゃんと)相談んー、やはり当日中に無事に帰られることを優先して、予定の列車を早く変更した。ここから、秀吉の中国大返しならぬ、“九州大返し”なのだ!走れ!かもめ&さくら&のぞみ!?新大阪から目指すのは、東京でっす^^;在来線で3時間走れないために、新幹線で2時間半+3時間を走って帰る。停まってる車両が、東日本感を醸す(笑)九州~大阪~東京は、ほぼ遅れなく来れたが、一番乱れていたのが東京駅のダイヤだった^^;それでも、帰られるだけマシだと思えるでした。ラストカットは、地元にて。まぁ、こういう季節でしたからねぇ(笑)SAGAはロックだったぜ!-【 完 】-次回からは、この春の北陸(花)もよう。GW旅までを繋ぎます。

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  • 19Apr
    • 【SAGAの“S”】SAGAのHINA(&わが家の雛+)

      鍋島家のお城の側で。。。バラエティ(お笑い芸人)のロケやってた!回ってました~何だったのか分かりませんでしたが、また、水路・掘割を渡って今回のテーマへ佐賀の御城下は、町をあげてのひな祭り。その一会場となっている徴古館へ。ここは、藩主・鍋島家のお宝を所蔵しているのです。ので。今回のお宝は、鍋島家のお雛様。中はもちろん撮禁なので、パンフレットをチラッと。佐賀の本藩及び支藩が所有した、江戸~明治期のお雛さん。以前に、加賀前田家のお雛様を見に行った事がありましたが、小城鍋島家(支藩)の古今雛は、ビッグサイズなうえ、衣装の立派さは百万石越えですな!ええもん見ましたぁ~と、これだけに終わらず。^^佐賀城の側、NHK佐賀でもお雛様が・・・どーも君がお内裏様に。。。じゃじゃ丸、ピッコロ。。。。お土産に買って帰ったのも、お雛様。こちらも支藩の城下町だった鹿島特産の土鈴雛を、わが家の“ミニ雛段”へ。右側の丸顔でっす。次回がSAGAファイナル!

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  • 18Apr
    • 【SAGAの“S”】SAGAの(NABEシマはん。)

      龍造寺隆信が生まれた水ケ江城跡よりほど近く・・・というか、それを一部として。お次は、佐賀城。鍋島家35万7千石の居城。堀越しに、復元された櫓台(石垣)が見えるが、佐賀の平地に土塁を多用して築かれた城だ。特筆すべきは、その水堀の幅広さ。幅50mを越える部分もざらにあり、やはり天然の起伏を利用できない平城ゆえの工夫か。前述のとおり、周辺には水路が多い“水郷の城”だ。さて、主郭部へと進みますれば・・・・ドドンと鎮座する天守台にはかつては5層の天守が建っておりました(火災焼失)。珍しい雪景色の城内は、これまた再建された本丸御殿が目新しい。訪れる方々もけっこうあり、“維新キャンペーン”を感じさせる。城は藩政期、幾度かの火災に見舞われ、本丸が焼失すれば二ノ丸へ、二ノ丸がそうなれば、本丸へと政庁機能を移転させた。鯱の門は江戸後期、本丸に再築された櫓門で、それ以降、破却されることもなく本丸にある。付属する続櫓とともに国重文となっている。門を守る様に突き出た続櫓は、竪格子が特徴的。なるほど、こちらにも立派な鯱が載る。さて、藩主家の鍋島氏ですが。前記事の龍造寺氏の右腕(家老)でござった。島津との戦いで主君の隆信が討ち死にするも、(豊後の大友氏と同様に)秀吉の九州(島津)征伐にも救われて龍造寺家を存続させた。豊臣期は家中の実権を握り、また関ケ原では徳川の勝ちを読んで本領を安堵。主家に替わって、佐賀の地を治めるになったのは鍋島直茂でした。藩主家の御名を頂く菓子『鍋島』。美味しゅうござった。佐賀の地を幕末まで治めた佐賀藩鍋島家。(他に分知した支藩3家あり)今では『薩長土肥』と数えられるほど、開明的な藩であったと知られます。自製の反射炉を持ち、軍艦や大砲をも製造、幕府からは江戸湾防備(台場)のための大砲を50門も受注したとか。御殿の入り口付近鍋島直正公。幕末の名君として、像が建った。(新しい!)薩摩でいうところの島津斉彬。(と例えたら怒られそうですが。)【SAGA】続きます。

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  • 16Apr
    • 【SAGAの“S”】SAGAの(龍造寺TAKA)

      龍造寺隆信九州の戦国を語るには欠かせない人物の一人でっす。大名ではない龍造寺氏の、さらに家督を継ぐ立場にもなかった隆信は、仏門から還俗すると、主家の少弐氏や隣国のライバルを倒し肥前国を統一した。島津、大友、龍造寺と、九州の戦国に覇を唱えた武将があるが、何度も領地を追われるなど下剋上を身をもって体現した方もない(?)龍造寺隆信が生まれたとされる水ケ江城跡は、佐賀藩の政庁が置かれた佐賀城の南東の公園に石碑としてのみ残る。佐賀の街を歩くと、水路が縦横に走っている。気にならない人には、小さな川が流れていることすら入って来ないと思う。有明海に注ぐ河川が集まる低地(平地)であり、戦国期には防衛上、圧倒的に不利に思えるが、これら水資源(そういう言い方!?)を利用した。続きは、龍造寺家の後の時代・・・・現在の佐賀を作ったSAGAでっす!

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  • 14Apr
    • 【SAGAの“S”】SAGAの!!。

      佐賀駅前!SAGAサガ、何たらかんたら~(by はなわ)の佐賀県、県庁所在地だ。しかし何だな、とは思えない程の小ぶりで慎ましやかかな駅前。波乱の朝、積雪で真っ白になっていようとは。前日のレンタカーでも触れたとおり、1年に雪が降る日なんてほぼ無い土地柄。タイヤだって、真冬でもノーマルが当たり前。雪国感覚で申しますと、路面に雪が乗っているだけ。んー、何センチかな?でも、ご油断めさるな!走ってる車は、みんな普通タイヤなのだから!!ゆっくり走ってるつもりなんでしょうけど、ブレーキ時にロックしてジュッって音立てたり、ホイールスピンする車ばかり。そんな路上で見つけたご当地マンホールとその他。佐賀は有明海に面する内海の街。国内ではこの辺りだけの特産、ハゼが主役!&文明開化の街(?)佐賀。ガス灯がデザインされてます。なんせ、明治維新150年という年にあたり、鹿児島でもどこでもやってました。維新の原動力(薩長土肥:薩摩・長州・土佐・肥前)に数えられる誇りがここに。さてさて、マンホールではないかも知れませんが・・・・焼き物の街、有田を持つ佐賀県。これ、センターは有田焼でしょう!【第3部】はここ佐賀市から。旅はあとわずかです。

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  • 10Apr
    • 【SAGAの“N”】ナゴヤ違い②(名護屋遠望)

      名護屋城・天守台。(右奥)左側に見える二ノ丸と、遊撃丸(左奥)もかなりの規模。建物がない“台”のみだけど、眺望申し分なし!本丸の北隅にあったこの天守からは、玄界灘に向かって展開する麾下武将たちの陣が広がっていた。この陣跡パノラマ図(*)とよく似たものがあるのが、城の搦手(裏手)口。弾正丸と呼ばれるその郭の主は、浅野弾正(長吉:長政)。(一人だけ、城内住まいかよ!)秀吉の姻戚として側に仕え、武功も華々しく豊臣政権では五奉行として石田三成らと実務を取り仕切った方だ。ここからは、なんと!玄海原発が見える!!城域の一部は、玄海国定公園にもなっています。城内には、豪壮な石垣遺構だけでなく、秀吉の生活を感じられるものも。でも、朝鮮出兵の期間(1592-93、1597-98)、ずっとここに暮らしていたワケでありませんよ。秀吉といえば、茶の湯彼が住まいした山里丸跡には、過ごした茶室の遺構も確認されています。このSAGAの“N(名護屋)”、何度と陣跡・・・と書きましたが、ここまでびっしりと布陣していたのですねぇ緑が陣跡なのですよ。。。多すぎ、広すぎ!名護屋城周辺だけでも、こんな状態^^;ほぅら、右上(呼子)に加藤嘉明陣跡あるよ!最後は、ご当地マンホール。今は唐津市の一部となった旧 鎮西町でっすこれも、元は名護屋村なのだわ。梅ですね!玄界灘の波型は、青海波の文様の様です^^今回で第2部は終了。【第3部】へ続きます。

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  • 09Apr
    • 【SAGAの“N”】ナゴヤ違い①(名護屋城)

      言うとくけど、あっちのナゴヤじゃにゃ~よ~ドカンと立派な建物は、名護屋城博物館。国による特別史跡、名護屋城(とその周辺の陣跡)は、城跡(など)と博物館で構成される。(これまで何度も書いとりますが)国指定となると、とっても整備が良い^^当ブログでも、その資料などを活かして、分かりやすい解説に努め・・・・前・後編の2回で簡略に済ませたいと思います。(何とゆーても自己満足ですので。)ポイント.1は、懇切丁寧な解説板でしょうかね。やはり、調査などもじっくりとされたのでしょう。この史跡、整備“復元”も行われているのですが、タダの観光城にしようとしたワケではなく、廃城(破却)された姿を保全しようとしてるんですよねぇ文字もデカくなるわ。さて、先ずはその成り立ちから・・・・加藤陣跡にも登場した絵図屏風です。が朝鮮出兵の拠点としたのは、玄界灘に突き出た岬の丘陵。その頂部に築く名護屋城の縄張りを黒田官兵衛に命じ、全国の大名には兵員はもちろん、兵糧や人工の動員も掛けた。時の天下人がその力のピークに築いた城ゆえ、相当な出来だったろうと思われる。上の絵図から城の部分のみを。北東(海)側から見た目の絵図。5重7階の天守が目を引く。城の正門にあたる大手口は、左側の東出丸の奥(上)にある。今度は、そちら側から。研究の結果制作された3D画像。そびえる天守、広ーい本丸を占める御殿、各所を守る郭・櫓・門など。分かりやすし!さて、向き直って、大手口を出発!大手道を、東出丸へと向かうが。。。びょぉぉーーっと、突然の吹雪ここ、九州(佐賀県)なんですけど。まぁ、昼間も寒い日でしたし、予報も『降るかも』的でしたが。強風相まって、寒さがタマランチ^^;かわって、東出丸からは思った以上の眺望。加藤陣跡などがあった呼子方面が一望でっす。どの曲輪へ向かっても、解説はバッチリじっくりと見て回り過ぎて(数時間)、実は冒頭の博物館が終了して入り損ねてしまいました(笑)写真は、三ノ丸-馬場-二ノ丸-遊撃丸-本丸・・・(実際と順不同)天下の巨城は2度の朝鮮出兵後、その役目を終え、唐津の領主となった寺沢志摩により唐津城築城のため資材として再利用されます。南西面の高石垣群。そして、冒頭にふれた、“破却された状態”(の保全)というのが藩政期になってのことで、一揆など反乱勢力に廃城跡が使われないためと思われます。よって、石垣を崩す、埋めるなど防御力を削ぐための破壊が行われています。もったいなぃ。。。モッタイナイので、【後編】にも映え映え、続きます。

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  • 07Apr
    • 【SAGAの“N”】加藤の陣!(N no Y)

      イカで知られる呼子の一角に、公共駐車場からのアクセスよく陣跡があり。誰のものかと言いますれば、加藤嘉明。誰だよ、それ!?って文字までデカくして言いたくなるのは分かりますが、永年当ブログ読者であるヘビーアキラーの皆さんにはご紹介済み!!①松山にて ②会津にていわゆる秀吉による朝鮮出兵の拠点として築かれた肥前・名護屋城。その周辺には、の命ひとつで全国から集結した諸将が陣地を築き、辺ぴな半島の光景は一変した。その中のひとつ、加藤嘉明陣跡。秀吉子飼いとされる武将であるが、その陣地は入り江を挟んだ呼子側にあった。田舎には史跡がよく残る。調査の結果、小高い丘を利用していくつかの郭を設けたとされる。石積も保護されている。最高部からの眺望。湾(入り江)の向こうに名護屋の城がそびえていたハズ。肥前名護屋城屏風中央に描かれた名護屋城に対して、呼子は左下の岬部分。加藤(ほか、数名の大名の)陣地もここです。

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プロフィール

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男性
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