1990年8月にイラクがクウェートに侵攻したときからのことを
わたしのイラク人の友達が教えてくれた。
その日イラクは朝4時からクウェートに侵入し、
ほんの数時間で占領してしまった。
とっても小さい国だから時間がかからなかったのかな。
それにしてもすごいよね。
昔クウェートはイラクの一部だったんだけど
第一次世界大戦後にイギリスが分けてクウェートができたんだって。
でもクウェートはイラクだ!!という考えをもとに侵攻した。
もしそこでイラクがクウェートをキープしてたら
イラクは世界で石油輸出国第一位になるね。
今はサウジに続き二位だけど。
その朝、友達はイラクがクウェートに侵攻したニュースを見て、
「こ、、、こりゃやばいことになる(((゜д゜;)))」
ってつぶやいた。
そのとおり、国連安全保障理事会はイラクに
クウェート侵略を許すわけもなく、重い罰を与えた。
経済制裁ぃぃ~~
一切輸出入禁止
わ~~~~\(゜□゜)/
食べ物、車、洋服、、、何にもイラクに入ってこない。
そのころ7割を輸入に頼っていたイラク。。。
どうやって国民は生きていけばいいんだぁぁぁ~~( ̄□ ̄;)
その罰で国民は相当苦しんだ。
もちろん物価はぐーんとあがりとても買うことができない。
そこで政府は最低限の食べ物を無料で配ることにした。
友達は「うちの家族は○○人です」という証明書をもって
決められたお店へ行った。
そこで、お米、小麦、料理油、紅茶、砂糖、、、など
最低限必要なものをもらったの。
お肉や野菜は自分で大金出して買うことになる。
そんな大金ないから買えない。。。
でもどうやってそのお米や他の食べ物を無料で
国民に渡せたのか。
どうやって政府はお店にお金を出してたのか。
それは他の国にある銀行にあるイラクの口座から
お金をこっそり引き出してたの。
まぁ、イラクのお金なんだからいいのかなと思うんだけど。。
それが国連にばれて、「国民が困ってないじゃないか!」ってことで
その食べ物の供給が半分になってしまった((>д<))
友達が言うには彼は餓死するほどではなかったけど
野菜やお肉や豆などなんにも栄養がないから
栄養失調で死んでいく子供たちがたっくさんいたって。
病気になっても薬もない。。。
本当にあの時代は苦しかったって。
イラクの通貨ディナールもめっちゃ弱くなった。
当時1ドル=3イラクディナールだったのに、
一気に1000倍の3000ディナールになったヽ((◎д◎ ))ゝ
1000倍、、、((゚m゚;) 100円だったコーラが、10万円に。。。
国民はなーんにも買えなくなっちゃった。
でも、なぜかレストランはそれまで以上に混んでいたんだって。
なんで?って聞くと、どんな状況でもお金持ちは
お金持ってるんじゃないかなーだって。
90年代も半ばになると、相当国民は苦しみ、病気、死者などが
でてるため、国連は石油を売って、食べ物と薬のみ
輸入できるようにした。
それからは少しはよくなったけど、
その経済制裁はなんと12年も続いたんだって。
わたしはフムフム話を聞いてたけど、途中泣き出したくなった。
独裁者の過ちで、どれくらいの人が苦しんだ。。。
安全が確保されたら経済的にも文化的にも
かなーり発展していくだろうイラク。
チグリス&ユーフラテス川、バビロン、、歴史的にも
興味深いところ満載のイラク。
早くみんなが安心して住める国になりますように。