皆さん、おはようございます

今日は金曜日。この週末はどんな楽しい計画をされているのでしょうね

さて、今日は、先日「偶然」出逢ったブログの記事をご紹介したいと思います。
このブログは、「
いまここ」というタイトルで、シンガーソングライターやラジオ番組をされていたという阿倍敏郎さんが書かれているものです。
今日ご紹介したいのは、「
日々是好日」と題された記事の中に書かれていたものです。
少し長いですが、良かったら読んでみてください。
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海にたくさんの波が漂っている。
その波たちは周囲の波との軋轢に、すっかり疲れ果てていた。
どこに向かっているのかも知らず、何のために存在しているかも知らなかった。
波の中には、そんな波たちに教える者も現れた。
「心配するな。我々波は幸せに向かっているのだ。そこはもう少しだ。もう少し自分を改善して、正しい生き方を努力すれば、いずれ幸せを達成するだろう」
その他にもたくさんの答えが与えられたが、相変わらず波たちは、自分がどこに向かっているのか分からず、存在の意味も見いだせなかった。
それもそのはずだ。
向かっている先などなく、波の存在に意味などないのだから。
そもそも、波とは存在自体ではなく、海という存在の運動にすぎない。
波とは海の動きであって実体ではない。
しかし波たちは、波である自分を信じ込み、自分(波)の消滅を怖れ、すこしでもより良く波を生きようと奮闘している。
波に教えることはひとつしかない。
「あなたの実体は、波ではなく、海そのものだ」
知るべきことはひとつしかない。
自分が海そのものだということ、それだけだ。
しかし、この唯一のメッセージを、波たちは、波のまま理解しようとする。
波は言う。
「海か。昔から聖なる波が伝えてきた、あの海か。しかし私はまだ見たことがないし信じられない。海を信じている者もいるが、私は宗教が嫌いだ」
波が海であることを知るのに、宗教などいらない。
聖者も、聖典も不要だ。
ただ自分が誰であるかを見抜けばいい。
でも波にはそれを見抜くことはできない。
波が海に溶け去ったとき、そこに答えがある。
その時、人生という不毛な夢が終わりを遂げる。
波は怒るかもしれない。
「この人生が不毛だって?
お前に何が解るというのだ。
私はお前よりもっと優れた波だ」
波は海に溶け去るのを怖がっている。
それはある意味、死を意味するからだ。
自我は死なねばならない。
そうして初めて、唯一の真実が顕わになる。
神と呼ばれてきた大いなる存在が顕わになる。
そこで初めて見出すだろう。
本当の安心、至福、感謝、喜び、そして愛を。
これらの資質は、実際に味わうまでは想像することもできない。
まったく違う次元のものだから。
海を知り、海を生きるという新しい習慣を、悟後の修業と言う。
その修行さえ不要になるくらいに、海そのものに馴染んだ時、あらゆる波の中に海を見ることが出来る。
そこには海しか存在していない。
海に行ってごらん。
そこには海があるだけだ。
確かに、表面には波が立っている。
しかしその波は海そのものであり、波という実体が海から切り離されて存在しているわけではない。
・・・・・
目に見えないことを言葉で表現することはとても難しいこと・・・
それを、目に見えるものに例えることで、とても理解しやすく表現して下さっていると思います。
波は、私達人間・・・
そして・・・
海は、この宇宙・・・
そんなことに思いを馳せ・・・
心が静寂で満たされ・・・
感謝の気持ちで一杯になった私です

皆さんは、どんなことを感じられたでしょうか

それでは皆さん、今日もとびっきり輝く一日をお過ごしください

PS 次回の更新は来週火曜日になりそうです。