全日本プロレス
2010/3/21@両国国技館


やっぱり2人はプロレスラーだった。そして今でも、兄と弟だった。新日本プロレス、UWF、藤原組、パンクラス、そして全日本プロレスと、一時は袂を別ったが、人生の半分以上の月日をリング上で過ごしてきた2人が交差するのは必然だった。


今振り返れば、パンクラスが当時のアルティメットに迎合しなければならなくなってしまった時期が、創始者2人の理想の真逆を行かなければならなくなり最も苦しかったのではないか。
自ら創ったパンクラスで理想のプロレスが出来なくなった途端、船木も鈴木も揃って迷走した・・・・・・と捉えたら考え過ぎだろうか。


グローブ導入後、鈴木は打撃なしのキャッチレスリングに走り、ライガー戦こそ現行ルールで挑んだものの、以降は純プロレスに活躍の場を完全に移した。
船木はパンクラチオンマッチに挑むも評価に乏しい内容を露呈し、それなのにヒクソン戦の権利を得てしまった。U糸の期待を一身に背負いつつ、実は不安を拭えなかった東京ドームの結果はご存知の通り。その場で船木は引退を宣言したが、現場ではヒクソンの勝利の余韻にかき消されてしまうという寒さを伴ってしまった。


しかしこの後の両者が進んだ道の明確な違いは“ブレたか”“ブレていないか”となる。
ブレた船木、ブレなかった鈴木。そんな2人が同じリングで再会してしまうことになるのだからプロレス界は面白い。


パンクラスの名前を背負いながらメジャー、インディーズ問わず各団体を渡り歩き、ベルトも取り、MVPにもなった鈴木に対し、新興プロレス団体旗揚げに顔を出すもすぐ離れ、総合格闘技に復帰するも結果を残せずファンの声援も十分に得られなかった船木。
昔同じ釜の飯を食ってきた2人の明暗は痛いほどに見えていた。


そんな折りに船木が下した選択はなんと全日本プロレスとの一年契約。初出場の舞台でタッグながら鈴木と対決。
このニュースだけで船木に活きた血が流れ輝きが舞い降りたように感じられた。
そう、鈴木が相手だったからだ。


金網マッチの響きにときめいた。このありえなさがプロレスの魅力。それをU糸の新騎手と呼ばれた船木と鈴木が演じてしまうのだから、近年稀に見るありえなさの極みだった。
だが振り返れば、船木と鈴木はいつもありえないチャレンジを続けていた。


金網マッチを前に過去の船木vs鈴木を三試合全てプレイバックした。


UWFでのキャッチレスリング、パンクラスでの秒殺白目失神、全日本プロレスでの反則暴走。
全て船木と鈴木にしかできない2人のプロレスだった。
そして、回を追うごとに面白さが増していることを知る。


のびのびと2人のプロレスをやることが2人にとっての幸せなんじゃないか。
兄と弟の兄弟喧嘩を堂々と演じることができるプロレスは2人にとっての天職なんじゃないか。
船木vs鈴木のシングルマッチ第四戦は2人にしかできない内容と共に説得力ある面白さだった。


兄弟喧嘩を最も分かりやすく体現するビンタ合戦は銭が取れる迫力だった。掌底ルールで売っていた2人の打ち合いに目を細めるオールドファンは多かったのではないか。プロレスがカミングアウトされてからファンの懐は深くなった。
両者流血戦に至るカットがバレバレでもそのシーンを楽しめる。ビンタ合戦を誘導し試合を組み立てた鈴木に“兄”への愛を感じた。そして“弟”の激に精一杯に応えていく船木の信頼を感じた。


船木の四連勝という結果は永遠に変わらない兄弟としての宿命のようなもの。引き立て役の弟がいて兄が輝く構図がこの2人があるべき形だと思えば納得がいく。


決して“名勝負数え唄”のように乱発してほしくない、現代のプロレス界に残された数少ない組み合わせ。もし次があるならば、よっぽどのありえないモノでなければならない。


ならば、次のありえない一手は最強タッグでのチーム結成であってほしい。
兄弟が初めての共同作業で栄冠=ベルトを掴んだならば、こんなに美しいストーリーはない。


何が起きてもおかしくないプロレス界で、船木と鈴木の兄弟は大事に特別なポジションを創っていってほしい。
まだまだこの先船木と鈴木は夢を創造していけるはずだ。