国立大学法人化されて以降の国立大学の大きな変化のひとつとして、「就職課」「キャリアセンター」の存在がある。それまで、国立大学でこうした独立組織を持つ大学は皆無といってよかった。法人化後に私立大学との競争上、新設したところが殆どである。


そのせいか、昨今、大学のセールスポイントとして積極的に就職実績を取り上げる大学も増えてきた。しかし、各大学のHPを詳しく見ていると、その反面でこれまでは開示していた就職先ごとの実数や就職説明会の状況を開示しなくなった大学も少なくない。

かつては、小樽商大や滋賀大学を始め、就職課と言う看板は掲げていなくとも大学の厚生担当セクションが就職対策を担い、同窓会との協力で工夫をこらした就職活動の支援策を展開して、その結果である就職実績を誇り開示していたものだ。ところが、昨今はそうした開示がめっきり減った。香川大学の場合も例外ではない。
どうも競争相手(他大学)に対して「手の内をさらしたくない」ということなのだろう。同じことを真似されれば、学生募集の広報活動という成功体験を持ち、戦略部門に潤沢に予算を投入することに長けている私立のマンモス大学に対し、組織の体質としてまだお役所主義が抜け切れない国立大学は全然かなわない。旧高商系大学のようにぶ厚い卒業生の人脈を生かしてそれらと互角の勝負ができるところは数少ない。自然、ガードは固くなる。特に、偏差値に比べて就職実績のふるわない大学は、結果をひたかくしにする。「不都合な真実」は、受験生には知られたくない。情報は「就職支援システム」で囲い込んで、入学してからしか見せない。スポンサーである保護者へは、特にガートを固くして「お買い損」な状況は知らせない。車の販売で言えば、カラーパンフレットにイメージ画像だけをこぎれいに載せて、諸元性能は「買ってからのお楽しみ」という無茶苦茶な手法でセールスを行うようなものである。(いや、2016年4月に発覚した、某自動車会社の軽四輪車の燃費偽装と相通じるものがあるのかもしれない。)

国公立大学といえども、4年間の学費はいまや高級車なみの出費であることを考えれば、そんな姑息な手段が今のこのご時世に通用するはずないのであるが、地方大学の経営層というのはどこもそういう感覚には乏しいらしい。

もちろん、このへんは大学ごとの方針もあるだろうが、受験生にとっては大学ごとの比較データがとりにくく志望校を選択するにあたって実に不便な話である。

【補足】

平成28年6月12日現在、和歌山大学経済学部では従来の3学科を1学科に統合する学部改組が行われているが、それに関連してか、従来卒業生全員の就職先データを詳細にHPに開示していた姿勢を改め、2016年3月卒業生より就職先名だけで人数の開示をとりやめてしまった。つまり、開示姿勢を後退させたわけである。

どうやら、設立経緯・立地条件から、同じ官立高商系大学の「ライバル」とみなしている滋賀大学経済学部でもやはり卒業生全員の就職先データを開示しているため、同校に対して就職先の「見劣り」が著しいことが「まるわかり」になってしまうのが今更ながら嫌だったようである。全員開示されていた昨年の実績データでも、滋賀大の方には伊藤忠商事など近江商人系の総合商社への就職があったが、和歌山大には総合商社への実績はもちろん、歴史的につながりの深かったパナソニックへの実績も皆無だった。しかし、これは無理もない。かつては「互角」の格式だった両校であるが、30年前に旧高商時代からのキャンパスを捨て、今の和歌山市郊外のど田舎キャンパスに教育学部と仲良く移転した時点で、「校風」が変質してしまったのだろう。大分大や福島大、山口大など、キャンパスの郊外統合移転を機に旧高商の「校風」が変質・衰退してしまった例は多い。

筆者は本項で、和歌山大は最先端の開示姿勢だと感心・評価していたが、実はトップランナーだからではなく、「周回遅れ」だったかららしい。他の大学が詳細データの開示をとりやめたあともそれに気づかず詳細開示を残し、いまようやく、あわててそれをとりやめたというのが実情らしい。この点、大学側の姿勢の拙さがうかがわれ、残念な話である。



第37回陵水懇話会
企業OBと交流する滋賀大の陵水懇話会



陵水懇話会
第37回陵水懇話会の風景その1



陵水会風景
陵水懇話会の会場風景その2


そういう風潮のなかで、大学の公式HPやフェイスブックで、現在も以前と変わらない詳細な開示を行っている滋賀大学経済学部や和歌山大学経済学部の姿勢は大いに評価されてしかるべきである。また、男女比については残念ながら非公表だが、過去五年間にわたり就職実績の実数推移を完全公開している小樽商科大学も評価できよう。

かつて旧制の官立高商として創立された国立の経済、商学系の学部は、過去の伝統と人脈に支えられて、それぞれ入試偏差値に比べて二、三ランク上の就職実績を誇っているところが殆どである。

下の小樽商大の就職先と、ここまで本項で詳細な考察を続けてきた新設公立大の福山市立大学の第一期生のそれとを比較すれば、残念ながら「雲泥の差」であると言ってよい。その証拠に、旧制官立小樽高商以来の百年の伝統を誇る小樽商大では、毎年「集団就職」という表現がぴったりする、札幌市役所、電力、地銀といった道内の優良就職先だけでなく、メガバンクや日銀、三菱重工、日立、全日空といった定番企業はもちろん、いまや地方の旧帝大文系学部でも就職するのが難しくなった三井物産、伊藤忠商事、双日といった大手総合商社へも北海道の片隅の人口12万人の地方都市から東京へ卒業生を送り続けている。

それにひきかえ福山市立大学では、メガバンクや日銀はおろか地元広島県の地銀の広島銀行や第二地銀のもみじ銀行ですら、下記の通り昨年の第1期卒業生からの就職実績は皆無であった。それを考えれば、両者を比較すること自体が気の毒になる。


小樽商科大学の就職実績推移(過去5年)

http://www.otaru-uc.ac.jp/hgaku1/career_support/file/syusyoku-jyokyo.pdf




福山市立大学の第一期生 就職実績(2015年春)※企業別人数は非公表

http://www.fcu.ac.jp/files/2tosikeiei_1.pdf


福山市大都市経営学部 第一期生全就職先(ベネッセの「マナビジョン」より引用)

●建設業:ウッドワン、建匠、三冷社、中電工、ナカノフドー建設、福山冷機、ヤマネホールディングス、両備ホールディングス
●製造業:

(食品・飲料)おたふくソース、廣栄堂、寿製菓、ポオトデリカトオカツ

(繊維工業)アタックベース、サンエス、ジーベック、日東製網

(化学工業・石油)電気化学工業、広島化成

(鉄鋼業・非鉄金属)朝日スチール工業、内山工業、オーザック、キャステム、福山スチールセンター、富士工器、リョービ

(はん用・業務用機械器具)栄工社、サタケ、シギヤ精機製作所、津田駒工業、テラル、ポエック、ホーコス
●電気・ガス・熱供給・水道業:福山ガス
●情報通信業:コムエンジニアリング、新興出版社啓林館、ミリオンエコー出版
●運輸業:オージー物流、岡山土地倉庫、岡山県貨物、サカイ引越センター、サカタウエアハウス、中国バス、日本通運、備後通運、丸加海陸運輸、両備ホールディングス
●卸業・小売業:
(卸業)JX日鉱日石サンエナジー、ウッディワールドのざき、大賀商会、こっこー、サンキ、ティーエスアルフレッサ、トウショク、トヨタユーゼック、前嶋、マルヨシ、リコージャパン
(小売業)青山商事、アシード、インターナカツ、エブリイ、キリックスグループ、ゲオ・ホールディングス、パル、ビッグ・エス、ププレひまわり、マツモトキヨシ中四国販売、万惣
●金融業:笠岡信用組合、呉信用金庫、しまなみ信用金庫、商工組合中央金庫、高松信用金庫、中兵庫信用金庫、野村証券、ゆうちょ銀行
●保険業:FPC、NKSJひまわり生命、エム・ジェイ・エム、東京海上日動
●不動産業・物品賃貸業:インデックス、合人社計画研究所、東海リース
●学術研究・専門・技術サービス業:環境科学設計、希望社、経営管理センター、フジ地中情報、ランド
●生活関連サービス業:エイチ・アイ・エス、エス・ティー・ワールド、沖縄ツーリスト、テイクアンドギヴ・ニーズ、ブライズワード、ブリーズ
●教育・学習支援業:鴎州コーポレーション、寺小屋グループ、ビーシー・イングス
●医療・福祉:さとう脳外科クリニック、蒜山慶光園、藤本愛育会
●複合サービス事業:JA安芸、JA岡山、JA倉敷かさや、JAたじま、JAひがしみの、JA福山市、JAいみず野、日本郵便
●その他のサービス業:アースサポート、福山商工会議所、三原市民ミュージカル、ワークポート
●公務(地方公務):大阪市消防局、海田町役場、福山市役所、府中市役所、三原市役所、山口県警察本部



雑誌「プレジデント」HPより

http://president.jp/articles/-/8522


さて、旧高商系国立大学10校のうち、和歌山大学経済学部は、入試偏差値ではいまや下から数えた方が早いという残念な状況にある。しかし、文部科学省の評価では「地域に貢献」の部門の国立55大学中で小樽商大とともに最高評価となる118.6%の増額9校の内の1校にランクされているなど、地方国立大学としては大いに健闘している学部といえる。


朝日新聞の記事
交付金について報じる朝日新聞の記事



そこで、今回は、「香川大学の就職事情(46の4)福山市立大学との就職比較(その4)」と題し、福山市立大学都市経営学部の就職実績を、毎年詳細開示を続けている地方国立大学のひとつ、和歌山大学経済学部との比較を行ってみた。
先に述べたように和歌山大学経済学部も、香川大と同じく戦前の旧制和歌山高商以来の90年以上の伝統をもつ大学である。さらに、和歌山大の場合は2015年3月卒業生全員の就職先を開示しているので、比較が容易であり、地方の国立大学経済学部と、新設公立大学との就職面の実力比較という点でかなり精度の高い考察が可能である。
また、和歌山大学は近年入試で二次試験の配点ウエイトを高くしているため、河合塾の発表ではセンターのボーダーは前期60%、後期67%とほぼ福山市立大学と同じ水準である。
このため、「入試」という「入り口」で同じ学力程度の、看板・歴史の異なる二つの大学の比較という点でも興味深い。



和歌山大学
和歌山大学



2015年春の和歌山大学経済学部の就職実績
http://www.eco.wakayama-u.ac.jp/cdo/05/cat43/20142014920153/


和歌山大学は正式に就職実績を卒業生全員について開示しているため、上のリンクから大学の公式HPを確認することをおすすめする。
一見してわかるのは、この学校が金融・保険にそこそこ強いということである。
都市銀行の三井住友銀行5、三菱UFJ銀行2、みずほ0、りそな銀行2、合計9名という数字は、学部の卒業生数が315名しかいないことを考えると悪いとはいえない。実のところ、この9名という数字は、学部定員が和歌山大学より200名以上多く、今や入試偏差値でもはっきりと差をつけられてしまった観のある滋賀大学経済学部と同数である。
地方銀行も、第一地銀だけで関西アーバン3、紀陽銀行7、京都銀行1、清水銀行1、百十四銀行4、北陸銀行1、池田泉州1の18名。香川大学経済学部の岡山・香川・愛媛の第一地銀3行だけで学部定員280名の1割を超える計31名という「集中度」や、学部卒業生が572名のうち50名以上が第一地銀に就職する滋賀大学の「数の力」には及ばないものの、都銀とあわせると27名であり、学部定員が330名との比較では、まずまずと言えるのではなかろうか。

同じ2015年3月卒の福山市立大の就職実績が残念ながら都銀、地銀とも実績0名だったことを考えれば、和歌山27名対福山0名という圧倒的スコアは両校の学部定員に倍の差があることを考えても、やはり「大差」であると言える。


第二地銀や生保・損保等を加えた金融・保険というくくりでみてみると、和歌山大の就職者数は62名。これは卒業生総数の約2割になる。都市「経営学部」を名乗っていながら、福山市立大学の金融・保険分野への就職者数が卒業生総数の約1割にとどまっていることを考えあわせると、両校のあいだには「偏差値以上の差」があることは明白であろう。
また、和歌山の場合、数は少ないながら、インフラ企業であるJR西日本や南海電鉄、日本航空、JTなどへも卒業生を送り込んでいる。大手旅行会社へそれぞれ就職があるのは観光学部を併設している関係だろうか。
しかし、和歌山大にとって問題は、製造業への就職実績が意外にふるわないことだろう。創業者松下幸之助が和歌山出身ということで西高松の旧高商キャンパス時代に学生会館(松下会館)を寄付したパナソニックと関連企業についても、ほぼ地元という地の利であるにもかかわらず採用実績はない。

民主党政権下の円高で日本の製造業が大挙して工場を海外に移転したのは周知の事実であるが、製造業は営業だけでなく、工場の管理者としての総務・経理畑の人材を長年に亙って供給してきた旧高商系大学にとっての「お得意さん」であっただけに、その採用回復が意外に鈍いことは少し気がかりである。


なお、名門「和歌山高商」の看板を使える金融・保険分野に対して、国家公務員就職者数は5名、地方公務員は20名とやや少なめである。卒業生の比率では8%を切っている。卒業生の約6%しか公務員に就職していない福山市立大学と似たり寄ったりということになる。
学力勝負の公務員試験の場合、どうしても長年培ってきた基礎学力がものをいう。大学名の「看板」が通用する民間就職に比べて、他大学の学生との差が出にくいフィールドだ。特に県庁や県都の地方公務員上級職は、全国の国公私立大学に進学したUターン志望者とのし烈な競争の舞台である。
むしろ、入試という「入り口」で要求されるセンター得点率の低さが、卒業時の採用試験に際して基礎学力の不足を露呈して足を引っ張っているといえよう。


国公立大学経済系学部のセンターボーダー
http://www.keinet.ne.jp/rank/16/kk04.pdf


ただ、内容を見ると福山市立には一人もいない国家公務員採用者が5名、地元の和歌山県庁に3名、県都和歌山市役所に1名と、そこそこの数字は残している。大学の設置母体である地元福山市役所(広島県、人口46万)を除けば、初年度採用されたのは大阪市消防局、海田町役場(広島県、人口2万)、府中市役所(広島県、人口3万)、三原市役所(広島県、人口9万)、山口県警の5つだけという福山市立に対して、就職先の「規模の違い」だけははっきりと示しているといえよう。そのへんは易化したとはいえ、さすがに国立大学。地元の「最高学部」としての格はしっかり保っている。


ちなみに、和歌山大学キャンパスで行われる今春の企業説明会の参加企業は下記のとおりである。近年の景気の回復と人手不足が追い風になって、今年も上場企業を中心に200社を超える企業が参加するという。出席企業名はそれぞれ記載の通りである。


和歌山大学の学内合同説明会参加企業一覧
http://www.wakayama-u.ac.jp/career/news-topics/201548.php


《参考》
福山市立大学の2015年の学内合同説明会参加企業一覧
http://www.fcu.ac.jp/%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC.pdf


福山市立大学キャンパスレポート 3月7日 学内合同企業説明会を開催しました。
http://www.fcu.ac.jp/campus/event/2016/03/student-day6fcu-chan-1.html


《参考》

和歌山大学松下会館とは


和歌山大学松下会館
和歌山大学松下会館


 

松下会館内部
松下会館内部(バニラなブログより)


『和歌山市高松地区の閑静な住宅街のなかにたたずむ和歌山大学松下会館は、パナソニック創業者・松下幸之助氏の寄付を受け、1961年(昭和36年)に竣工されました。設計者は、綿業会館(大阪府大阪市)や自泉会館(大阪府岸和田市)など、戦前から戦後にかけて数多くの名建築を手がけてきた渡辺節氏であり、穴あきブロックに掻き落としのモルタル、そして茶色のタイル張りが目を惹く洒脱な外観が特徴です。
 和歌山大学松下会館の落成当時は経済学部学生会館として用いられており、学生が青春を語らう憩いの場でしたが、1986年(昭和61年)に経済学部キャンパスが現在の栄谷地区に移転されてからは長らく活用されていませんでした。
 しかし、1998年(平成10年)に和歌山大学生涯学習教育研究センター(現在の和歌山大学地域連携・生涯学習センター)が和歌山市高松地区に設置され、和歌山大学松下会館はふたたび「まちのなかにある大学」として活用されることとなりました。
 現在の和歌山市高松地区は、和歌山大学をはじめ、放送大学和歌山学習センターや隣接するきのくに志学館とともに「生涯学習の文教地区」として地域住民の学びの場となっています。』

(和歌山大学HPより)