「地元で就職するなら自県の国立大だが、日本を代表するような大企業に就職したいなら中堅以上の国立大じゃなきゃダメで、それでも都会の有名私立大のほうが断然有利」という神話がある。たしかに入試の難易度や就職活動の利便性、交通費などを考えればありそうな話であり、それを信じて両親に負担を強いて無理して都会の私立に進学する学生も多いと聞く。しかし、それは果たして本当だろうか。


「終身雇用制度」が謳われていた昔ほどではないが、それでも日本の企業は「素材」としての新卒採用には力を入れている。そして、世界的な企業になればなるほど、人事は手間ひまをかけて人材のバリエーションの確保に神経を使っている。同じ学校や同じ土地で育った金太郎飴のような同質化された新入社員ばかりでは、激しく変化する現実の社会には適応できないからである。

下の表は、瀬戸内圏の受験生の併願パターンでありがちな中・四国の地方国立大学四校(香川大学、愛媛大学、岡山大学、広島大学)と、関西を代表する私立と公立校、京都の立命館大学、大阪の大阪市立大学の計六校について財閥系や五大総合商社など日本を代表する20社の出身大学別の管理職数(副部長・支社長クラス以上)を比較した表である。(注;ニュースソースはインターネット上のフリー情報http://ime.nu/www.geocities.jp/tarliban/ のため、統計の年度が微妙にズレているなど正確性にはやや欠けるかもしれないが、トレンドについてはこのとおりである)


これによると、文・理系学部の各大学の合計数は香川大50名、愛媛大15名、岡山大27名、広島大86名、立命館大26名、大阪市立大105名という数字になる。六校の中で偏差値がもっとも高いとされ、戦前の旧制大阪商科大の伝統を持つ大阪市立大が20社で100名を超え六校中で最多の管理職数となっている。しかし、その半分の数とはいえ旧制高商の伝統を持つ香川大も決して少ない数字とはいえない。文系学部のみの内数でわかるように、香川大の50名は殆ど経済学部1学部だけの数字であり、文・理系の合計数ではまさる広島大が旧制高等工業の伝統を持つ工学部を中心とした理系の管理職数が中心であるのとは対極をなしている。これに対して、工学部が戦後派の後発である岡山大は、文系でも伝統的に公務員・法曹志向が強いためか有力企業20社の実績数では広島大に大きく水を開けられ、文・理系の合計数でみても香川大の約半分という数にとどまっている。

対象となっているのが管理職クラスであるため、昔の一期校・二期校時代の卒業生が多く含まれているのは事実であるが、その頃でさえ広島大、岡山大の一期校両校は愛媛大、香川大の二期校両校に対して人気や難易度的に上位校とされていた。さらに、その後の共通一次試験の導入で入試日程が一本化され、偏差値による「序列化」が定着したいわゆる「共通一次世代」がすでに50歳に近い年齢になっていることを考えれば、これがそれぞれの大学の社会における「実力」値と考えても大きく間違っていないのではなかろうか。

このなかで立命館大の数字は意外に低い。昔から西の名門私立「関関同立」の一角として抜群の知名度とブランド力を誇り規模の大きい卒業生集団を持つことから、上場企業の役員数では全国の国公私立大学中18位(2008年現在)と他の五校を大きく引き離している(次点の大阪市立大は29位)が、日本経済の中核となるような名門企業に限ると意外に弱く、絶対数で岡山大学なみである。文系学部だけの比較では旧高商系の香川大の半分以下という数になる。京都という地の利と、卒業生数を比べれば「少ない」という印象はまぬかれない。私立大学は国公立大学の共通一次試験導入で「漁夫の利」を得て難易度が向上したが、今のように立命館大の人気が上位に位置するようになったのがバブル期以降の比較的近年であるため、それまではこれら名門企業への進出のハードルが高く、まだ管理職にまで昇進した卒業生が少ないためであると思われる。

            

    

             有力20社の西日本6校の管理職数 


香川大学解体新書-HCS20社


(補足1)

表に取り上げた企業群は、いずれも日本を代表する巨大企業である。国立旧一期校である対岸の岡山大学や、同じ旧二期校で、入試難易度的に過去半世紀にわたって大差がないお隣りの愛媛大学と比較して、在籍管理職数に大きな差が出ていることについてこれを奇異に感じる読者も多いと思う。実際、上記20社の合計実績数を文系学部だけで見れば、入試偏差値からはとても想像できないほどの圧倒的な開きが生じている。

しかし、香川大学は上記の20社だけに限ってみても、ここ30年間にその前身である旧制高松高等商業学校(含・高松経済専門学校)時代の卒業生から、日立製作所川田副社長、損保ジャパン(当時は安田火災海上)宮武社長、日本生命山本副社長、住友商事山下副社長、三井物産橋本会長、伊藤忠商事深津嘉寿男専務、森岡稔常務、丸紅太田副社長、橋本清常務などを、

経済学部の卒業生から、みずほ銀行(当時は富士銀行)笠井副頭取、東芝横田専務執行役、東京海上日動白川副社長、丸紅森本常務取締役などを輩出しており、こうした昔からの実績の有無が、各企業における「間口の広さ」に反映されているように思われる。



(補足2)

《都市銀行頭取・社長の出身校》2009年現在

みずほ銀行・・・・・・・・・・・・西堀 利頭取==京都大学法学部1975年卒
みずほコーポレート銀行・・ 佐藤康博頭取=東京大学経済学部1976年卒
三井住友銀行・・・・・・・・・・奥正之頭取===京都大学法学部1968年卒
三菱東京UFJ銀行・・・・・・・永易克典頭取=東京大学法学部1970年卒〔兼・全国銀行協会会長〕
りそな銀行・・・・・・・・・・・・・岩田直樹社長=香川大学経済学部1979年卒〔兼・大阪銀行協会会長〕

※みずほ銀行・みずほコーポレート銀行・三井住友銀行・三菱東京UFJ銀行・りそな銀行の5行が「本庁直轄銀行」とされ、これが行政上、「都市銀行」と表現されている。