(R15指定です。初めにお断りしますが、この物語には不適切な表現が多々描かれています。分別とご理解のある方だけ読まれてください。通報はしないでくださいね)
  
  
 千秋と時雨のどうしようもない痴話(?)喧嘩は続いていた。そのときだ。
「たしか美嶋泰雄とかいったな、飲めよ」神無月と名乗った青年は、俺にあったかい缶コーヒーを手渡してくれた。酒のために渇いていたので、ろくに味わいもせずすぐに飲み干し、生き返った気分になる。身体が火照った。
 ここで俺はシラフに戻っていた。「ありがとうございます、神無月先輩」
「タメ口で構わない。俺は博士課程とはいえ二十一歳のただの単科履修生だし、実は高校も出ていないからな」
 まさかの院生だったのか、二十一で博士課程! 単科履修生とはいえ、それはすごいな。世の中できる人間は転がっているものだ……。「そうか、いずれこのお礼はする。それにしても私立中学か。俺と同じ高校とはいえ俺は中学受験より簡単な高校入試組。時雨先輩、勉強もできる少年だったんだな、天才か」
「いや」神無月は語る。「中学から高校はFクラスエスカレート。高校も出ていない俺の言えたセリフではないが、Fクラスは落ちこぼれ。入学時、寄付金ようするに裏口入試めいた賄賂を多くしたような、ボンボンのクラスとされる」
「よっぽどの金持ちなのか」
「違う、かれの家は母子家庭で生保暮らしだ」
「生保暮らしか。金に困っているはずだ。特待生か? とんでもなく優秀。だが、それならFクラスのはずがないし……」
「知らないのか、進級すれすれの成績だったとさ。それが中学入試面接試験にとんだ答えをしパスしたので許された。かの元人気野球選手にして監督の誰かさんが大学を出られたのと同じく、学園伝説とされている」
「学園伝説の入試?」
「問題は。『五枚のカードに、○か×が書いてあります。全部が○、全部が×ということはありません。このカードは、裏向きに五人に一枚ずつ配られた後、額に当てます。自分のカードは見えません。問題一。他の人のカードを見ると、四人とも全部○でした。自分のカードが○か×か答えなさい。問題二。他の人のカードを見ると、一人が×、三人が○でした。他の四人は、自分のカードがなんなのか考え込んでいます。自分のカードが○か×か答えなさい。理由も述べなさい』だった」
「小学生向けの簡単なロジックではあるな。ただ、他の人の二枚が表で二枚が裏になった一人は答えが解らないのがネックだが、それがなにか?」
「時雨はこう答えた。『問題一。歴史問題ですね、古代ローマの共和制裁判からして、×でなければ可決されません。問題二。政治問題ですね、健全な自由民主制の視点から見れば、×でなければ不平等です』」
「はあ?」
「次いで、問題。『なぜ日本では死体を火葬にするか』」
「それは伝染病予防だろ、国土が狭く人口の密集した日本ならではの風習だ」
「あの時雨はこう言った。『相対性理論に量子力学ですね、質量とエネルギーは等価。死んだ人の肉体と魂を、エネルギーと化し宇宙に還元するためです』と」
なんのこっちゃ。俺は失笑した。「ある意味天才だな。天下の私立中入試面接でそんなおふざけを堂々と口にするとしたら」
「天才どころか、厄災の天災と言われているのが時雨だ。人呼んでアホ狩りブタ」
「先輩、それは違う。アポカリプス、世界の終わりだ。まあその武勇伝だったら、いやというほど転がっているのを知っているだろう」
「そうか。入試問題はまだ続く。『史実、なぜ太平洋戦争で日本は敗北したか』」
「それは国力差が大きいだろうが、一概には答えは出ないな」
「時雨の答えは、ミッドウェイの呪いです、だった」
「確かにミッドウェイ海戦は転機だが、呪いって?」
「ミッドウェイに帰りたいアホウドリたちの呪いだって時雨は主張した。米軍が基地を作る前、ミッドウェイ島はアホウドリたちが密集して巣食っていた。天敵のいないミッドウェイは、アホウドリの楽園だったとか。米軍はアホウドリを追い出そうと必死だったが、天敵のいない環境で育ったアホウドリはまったく防衛本能がなく、マシンガンの威嚇射撃を受けても呑気に歩き回るばかりで、逃げだそうとしない。基地建設には多大な障害となった。基地を維持するに、なまじ日本帝国艦隊よりやっかいだったとかの笑い話にもならないネタだ」
「どう評価されたものやら……中学側の選考基準は解らないな」
「しかも鼻歌を歌いながら、試験を受けたらしい。まったく堂々たるものだ。フンフ、フンフーン、フン、フンフーンって。ジョン・レノン、『コールドターキー』。大戦末期、史実最大にして最後の航空母艦決戦、戦力では劣ったものの戦術的には五分以上だったのに、新兵器VTヒューズで完膚なきまでに日本帝国機動艦隊が壊滅した『マリアナの七面鳥撃ち』」
 俺はぽつりと言った。「時雨は非常識な男とは聞いていた」
「違う。無謀式な男だ。逸般人とは彼のような人間を指す」
「あれで一般人か?」
「漢字が違う、逸脱の逸だ。なんにしても、彼一人の実力は悪魔の軍団に匹敵する。激発させたら地獄を見るぞ」
 どっと多大な罪悪感と義務感が襲ってきた。こうなったのは、自分の責任だ……?
 ……?
 ?
 いや、違うだろ! 俺は思い直していた。俺はなにも悪くない! 悪いのは周りの陰で口裏合わすだけの卑怯で怠惰で臆病で貪欲で無責任な連中だ! 俺はなんら罪なくして莫大な借金を抱えた。一生かかっても返せないくらいの。しかし、大学も世間社会も崩壊したいま、返す理由や通す義理なんかあるか!
 俺は自ら呪文を押し唱えた。「テトラグラマトンの名に賭けて。ルシファーたる自慢、マモンたる貪欲、アスモデウスたる淫乱、サタンたる怒り、ベルゼブブたる大食、リヴァイアサンたる嫉妬、ベルフェゴールたる怠惰……さらに禁断の八番目の邪悪アンゴル・モエたる退廃! 来たれ偉大なる王よ!」
 悪魔どころか魔王クラスのデビルを召喚するのだからな。俺こそが地上、いや宇宙最強の魔術師だ! 否、俺こそが魔王だ! 現代のラノベの主人公はかくあるべし! 日本の萌こそ世界最高の文化、悪徳著作権主義のネズミ会社なんてぶっつぶして、萌こそ世界を支配すべし!
 これこそ自慢、貪欲……ん? 淫乱を忘れていた。もはやペンタ・ゴンタくんのパワードスーツは無用だな。千秋と天国へ行くまでのこと!
 しかし魔法陣に現れたのは、出会って見初めて間もない女の子だった。
「あら、泰雄ちゃん、どうしたの? 私なにか身体動いちゃった」きょとんと聞く千秋であった。
 嗚呼、暗号、萌の邪悪か!
 神無月はやれやれと語った。「八番目のジェイルバード隊員を歓迎するよ。美嶋、下半身でものを考えている事態ではないぞ」