惑星フェザーン港湾ドッグ、交易市場区内に停泊中の武装民間船コルセア号……
サブローはぼやいていた。「愚痴るつもりはないが、この船は『平和』だな」
シアーはさみしげに同意していた。「いまとなってはそういえるわね、皮肉にも」
船長コルセアも意見した。「いまのところ両国の内乱で帝国のローエングラム元帥も、同盟のヤン提督も圧勝しているし、倒した敵兵の生存者救出には、どちらも極めて熱心に丁寧に行っている。僕らの出る幕はないな、救命船としては」
サブローは言う。「差し当たって物価の高騰した同盟星方惑星には、食糧が高値で売れます。濡れ手に粟だ。まして機動戦力を失いクーデター側が孤立したハイネセンなら、五倍以上の値で売れる計算です。物価が十倍は跳ね上がっている」
「もっともインフレで同盟貨幣の価値が下がっているから、フェザーンにそう得な話でもないよ」コルセアはふう、と息を吐く。「戦争は金ばかりかかる。戦争を止め軍事力を放棄さえすれば、どれだけみんなが栄えるか」
シアーがぽつり、と話す。「船長は私が着任したとき、この船の武装を撤去する案を会議されていましたね」
「サルガッソ・スペースの秘密航路を探るきみの力量を知れば、当然さ。武装の個所を倉庫にすれば商売にどれだけ有利になるか」
「ですが、あの事件は残念でしたね」
サブローは問う。「俺の知らない事件ですか?」
「船長の親友だった商人の船が、宇宙海賊に襲われたのよ。資金物資を奪われ女性は凌辱され、人質は売れないとわかるやみんな殺害された」
「それはひどい……」
「その海賊船表向き同盟補給艦を装っていたから、避けられなかった」
「詳しく教えてください、俺が仇を取ります!」
「いいえ、それがね、その海賊船間抜けにも同盟艦隊と遭遇してね、軍籍を偽った罪でその場で撃沈されたのよ。味方と偽るのは帝国も同盟も厳罰、裁判抜きで処刑できる。これは西暦の時代からの国際法律よ」
「そうでしたか。同盟に感謝ですね」
「サブローがいて心強いわ。弱いものいじめしかできない宇宙海賊の二、三隻、軽く蹴散らしてくれるでしょうから」
「確かにシミュレーターではそうでしたね。海賊船は奪った物資を格納するスペースが必要だから、軍艦ほどは強くない」
「なまじ、私達が海賊船の嫌疑を掛けられて困ることもあった。ラスター少佐の時もそうだったけど」
「騎士の鑑、彼は気持ちの良い男でしたね。そういえば生き伸びているでしょうか」
「調べてみましょうか、ブレード・フォン・ラスター……ヒットしたわ。あら、大佐になっている。二階級特進で」
「戦死したのですか!?」
「いいえ、味方をかばった功績によってよ。アムリッツアで帝国提督でただ一人戦術的に敗北したビッテンフェルト提督を守って。まさに騎士ね。ふむ……なんと平民上がりか、でも地主なのね、やはり金持ち。領民から深く慕われているわ。十五歳で二等兵から戦い抜いたってすごいわね」
「いまはどちらに就いています? 皇帝か貴族連合か」
「皇帝擁護派よ。あのローエングラム元帥の力量に感服してでしょうね。きっと武勲を重ねているわ」
サブローは思わず笑っていた。「正々堂々として自信たっぷりで、臆面もなく『我に勝るもの無し』と断言したあのかれのことです、いずれはローエングラム候を追い落とすことを目標にしているのではないですか?」
「そうね、ローエングラム元帥は幼年学校上がりで、十五歳では准尉ではなく特例の少尉だった。その点二等兵からスタートしたラスター大佐は、出世のスピードでは負けていないわ」
「戦局はこれからどう転ぶかな……帝国では皇帝擁護派のローエングラム元帥が優勢、連戦連勝、辺境惑星を次々に開放しているしレンテンベルク・ガルミッシュ要塞を陥落させている。同盟ではルグランジュ提督の第十一艦隊を破ったヤン大将が勝利するのは目に見えている。両国が再び戦争になるなら……」
コルセアはいつになく暗い声で意見していた。「同盟はアムリッツアで負けすぎた。ましてや内乱、三国のミリタリーバランスは崩れた。帝国は倒した門閥貴族たちから没収した財産で国庫が潤うだろうが、同盟は財源もなく借金苦になるはず」
「三国とは? もしやフェザーンも含まれるのですか?」
「そうだ。もはや軍事的均衡を保てない。僕がローエングラム元帥のような野心家なら」コルセアは断言した。「イゼルローン回廊ではなく、フェザーン回廊を突破してフェザーンを併吞し、大艦隊を投入して一気に同盟も平定する」
「まさか! フェザーンが戦場になるのですか?」
「考えたくはないが、可能性と必要な軍事力・経済力はローエングラム候にはある。黒狐……自治領主ルビンスキーがどう動くものか」
「うわさでは」シアーが引用する。「自治領主は帝国と同盟を仲違いさせるようにして弱め、交易で両国の経済面を支配し漁夫の利を得る、などとされていましたが」
「仮にそうだとすると、地球教にもフェザーンにとっては意味、利用価値が出てくるな。帝国同盟双方に不和の火種を撒いて、疲労と消耗を強いる。とうぜん消耗された物資はすべて新たな需要となって交易すれば儲かる。供給元としての経済体制さえ整えておけば、銀河を牛耳るのはこのフェザーンだ」
サブローは唸った。「それが理由ですか。話が飛躍し過ぎていて荒唐無稽にも聞こえますが、たしかにつじつまが合う」
「過去、帝国と同盟が和解とまではいかなくても、休戦協定が結ばれかけたことはあった。それすらも謎の暗殺事件で水泡に帰している。もし陰謀だとしたらフェザーンこそが、戦乱の元凶なのかも知れないね」
「前言は撤回ですね、これでは『平和』とは言い難い。そもそも平和ってなんなのでしょう。戦争は百五十年続いている、いまを生きている人間に、戦争を知らずして育ったものはいない」
「そうだね、平和とはなんなのだろう……実感したことはないよ。そもそも、戦争とはなんなのだろう……これも答えが出なそうだ。おそらくどんな哲学者も回答不能は明白なのに、なぜ人間はいつもどこでも矛盾と欺瞞に満ちた社会で、生きてきたのだろうね」
サブローはこの尊敬する船長の言葉にヒューマニズム観を揺さぶられ、言葉が詰まり忸怩たる思いに囚われていた。
15 勝利
サブローはぼやいていた。「愚痴るつもりはないが、この船は『平和』だな」
シアーはさみしげに同意していた。「いまとなってはそういえるわね、皮肉にも」
船長コルセアも意見した。「いまのところ両国の内乱で帝国のローエングラム元帥も、同盟のヤン提督も圧勝しているし、倒した敵兵の生存者救出には、どちらも極めて熱心に丁寧に行っている。僕らの出る幕はないな、救命船としては」
サブローは言う。「差し当たって物価の高騰した同盟星方惑星には、食糧が高値で売れます。濡れ手に粟だ。まして機動戦力を失いクーデター側が孤立したハイネセンなら、五倍以上の値で売れる計算です。物価が十倍は跳ね上がっている」
「もっともインフレで同盟貨幣の価値が下がっているから、フェザーンにそう得な話でもないよ」コルセアはふう、と息を吐く。「戦争は金ばかりかかる。戦争を止め軍事力を放棄さえすれば、どれだけみんなが栄えるか」
シアーがぽつり、と話す。「船長は私が着任したとき、この船の武装を撤去する案を会議されていましたね」
「サルガッソ・スペースの秘密航路を探るきみの力量を知れば、当然さ。武装の個所を倉庫にすれば商売にどれだけ有利になるか」
「ですが、あの事件は残念でしたね」
サブローは問う。「俺の知らない事件ですか?」
「船長の親友だった商人の船が、宇宙海賊に襲われたのよ。資金物資を奪われ女性は凌辱され、人質は売れないとわかるやみんな殺害された」
「それはひどい……」
「その海賊船表向き同盟補給艦を装っていたから、避けられなかった」
「詳しく教えてください、俺が仇を取ります!」
「いいえ、それがね、その海賊船間抜けにも同盟艦隊と遭遇してね、軍籍を偽った罪でその場で撃沈されたのよ。味方と偽るのは帝国も同盟も厳罰、裁判抜きで処刑できる。これは西暦の時代からの国際法律よ」
「そうでしたか。同盟に感謝ですね」
「サブローがいて心強いわ。弱いものいじめしかできない宇宙海賊の二、三隻、軽く蹴散らしてくれるでしょうから」
「確かにシミュレーターではそうでしたね。海賊船は奪った物資を格納するスペースが必要だから、軍艦ほどは強くない」
「なまじ、私達が海賊船の嫌疑を掛けられて困ることもあった。ラスター少佐の時もそうだったけど」
「騎士の鑑、彼は気持ちの良い男でしたね。そういえば生き伸びているでしょうか」
「調べてみましょうか、ブレード・フォン・ラスター……ヒットしたわ。あら、大佐になっている。二階級特進で」
「戦死したのですか!?」
「いいえ、味方をかばった功績によってよ。アムリッツアで帝国提督でただ一人戦術的に敗北したビッテンフェルト提督を守って。まさに騎士ね。ふむ……なんと平民上がりか、でも地主なのね、やはり金持ち。領民から深く慕われているわ。十五歳で二等兵から戦い抜いたってすごいわね」
「いまはどちらに就いています? 皇帝か貴族連合か」
「皇帝擁護派よ。あのローエングラム元帥の力量に感服してでしょうね。きっと武勲を重ねているわ」
サブローは思わず笑っていた。「正々堂々として自信たっぷりで、臆面もなく『我に勝るもの無し』と断言したあのかれのことです、いずれはローエングラム候を追い落とすことを目標にしているのではないですか?」
「そうね、ローエングラム元帥は幼年学校上がりで、十五歳では准尉ではなく特例の少尉だった。その点二等兵からスタートしたラスター大佐は、出世のスピードでは負けていないわ」
「戦局はこれからどう転ぶかな……帝国では皇帝擁護派のローエングラム元帥が優勢、連戦連勝、辺境惑星を次々に開放しているしレンテンベルク・ガルミッシュ要塞を陥落させている。同盟ではルグランジュ提督の第十一艦隊を破ったヤン大将が勝利するのは目に見えている。両国が再び戦争になるなら……」
コルセアはいつになく暗い声で意見していた。「同盟はアムリッツアで負けすぎた。ましてや内乱、三国のミリタリーバランスは崩れた。帝国は倒した門閥貴族たちから没収した財産で国庫が潤うだろうが、同盟は財源もなく借金苦になるはず」
「三国とは? もしやフェザーンも含まれるのですか?」
「そうだ。もはや軍事的均衡を保てない。僕がローエングラム元帥のような野心家なら」コルセアは断言した。「イゼルローン回廊ではなく、フェザーン回廊を突破してフェザーンを併吞し、大艦隊を投入して一気に同盟も平定する」
「まさか! フェザーンが戦場になるのですか?」
「考えたくはないが、可能性と必要な軍事力・経済力はローエングラム候にはある。黒狐……自治領主ルビンスキーがどう動くものか」
「うわさでは」シアーが引用する。「自治領主は帝国と同盟を仲違いさせるようにして弱め、交易で両国の経済面を支配し漁夫の利を得る、などとされていましたが」
「仮にそうだとすると、地球教にもフェザーンにとっては意味、利用価値が出てくるな。帝国同盟双方に不和の火種を撒いて、疲労と消耗を強いる。とうぜん消耗された物資はすべて新たな需要となって交易すれば儲かる。供給元としての経済体制さえ整えておけば、銀河を牛耳るのはこのフェザーンだ」
サブローは唸った。「それが理由ですか。話が飛躍し過ぎていて荒唐無稽にも聞こえますが、たしかにつじつまが合う」
「過去、帝国と同盟が和解とまではいかなくても、休戦協定が結ばれかけたことはあった。それすらも謎の暗殺事件で水泡に帰している。もし陰謀だとしたらフェザーンこそが、戦乱の元凶なのかも知れないね」
「前言は撤回ですね、これでは『平和』とは言い難い。そもそも平和ってなんなのでしょう。戦争は百五十年続いている、いまを生きている人間に、戦争を知らずして育ったものはいない」
「そうだね、平和とはなんなのだろう……実感したことはないよ。そもそも、戦争とはなんなのだろう……これも答えが出なそうだ。おそらくどんな哲学者も回答不能は明白なのに、なぜ人間はいつもどこでも矛盾と欺瞞に満ちた社会で、生きてきたのだろうね」
サブローはこの尊敬する船長の言葉にヒューマニズム観を揺さぶられ、言葉が詰まり忸怩たる思いに囚われていた。
15 勝利