1995年1月17日午前5時46分

淡路島北部の深さ16キロを震源とするマグニチュードは7.3の地震が発生。

淡路島北部の野島断層など六甲・淡路島断層帯の一部が動いた大型地震で、神戸市や淡路島の一部などで最大震度7を記録。
都市部を襲った直下型だったため被害は大きく、死者6433人、行方不明者3人、負傷者4万3792人に達しました。全半壊した家屋は約25万棟で、総被害額は10兆円近くに上りました。


あの阪神淡路大震災から21年。
もう21年。まだ21年。忘れてはいけません。


東日本大震災の被災地、岩手県大船渡市立吉浜中学校から頂いた「奇跡のひまわり」。
昨年も母校の千郷中学校や、Facebook友達のみなさんにも育ててもらいました。



実はそのルーツは、阪神淡路大震災で亡くなった少女”はるかちゃん”の想いを受け継いだ「はるかのひ

まわり」です。



はるかちゃんが暮らしていた神戸・三宮の東遊園地内にある「慰霊と復興のモニュメント」。










震災で亡くなられた犠牲者の名前が刻まれたプレートが建物の壁面一面に五十音順に並べられ、静かな環境の中で鎮魂の思いに浸れるようになっています。ここにははるかちゃんの名前も刻まれています。



「はるかのひまわり」のことを紹介します。


●はるかのひまわり●


兵庫県神戸市東灘区に住む、加藤いつかさんと4歳年下の妹・はるかちゃんは仲の良い元気一杯の姉妹でした。いつかさんは、中学のハンドボール部でゴールキーパーとして全国大会に出場するほどのスポーツ少女。はるかちゃんは動物が大好きで、隣の家のオウムまでかわいがり、笑顔のたえない活発でオテンバな女の子でした。


平成7年1月17日の明け方、5時46分、大きな地震が襲いました。


木造の建物は、その揺れでひとたまりもなく崩れてしまい、2階で寝ていた、いつかさんはなんとか自力で脱出したものの、2階部分が崩れ落ち、1階は完全に押しつぶされていました。

「はるかは?どこ?はるかがいない!」

はるかちゃんがガレキの下から発見されたのは、地震発生から7時間後。
近くの高校に設けられた遺体安置所に行った姉のいつかさんは、内出血で腫れ上がった遺体の顔を一目見て思いました。
妹の死をやっと納得できたのは、震災後の混乱の中で形ばかりのお葬式が終わり、納骨を済ませたときでした。


震災から半年後、かつて加藤さんの家があった空き地、はるかちゃんの遺体を発見した場所。
驚いたことに、そこに無数のひまわりの花が、力強く、太陽に向かって咲いていました。

お母さんの満子さんはひまわりを見て、「娘がひまわりとなって帰ってきた。」と涙しました。
近所の人たちは、この花をこう呼びました。

『はるかのひまわり』


何もなくなってしまった町の空に、次々に咲いた大輪の花は、たくさんの人を励まし勇気付けました。

「おやすみ」を言った人に、必ず「おはよう」を言える訳ではありません。
「行って来ます」と出た家に、必ず「ただいま」と帰れるわけではありません。
誰かとケンカしてしまったら、明日に「ごめんね」と言えるかどうか、そんなことは誰にもわからないのです。
だからこそ、今そばにいる家族や友達と仲良くしてください。
自分の命と相手の命というものを、いつも大切に見つめてください。



●阪神淡路大震災の地から東日本大震災の地へ●


~2011年4月~
 3.11の津波で瓦礫だらけの釜石へ、絵本作家の指田さんが、神戸の復興の花「奇跡のひまわりの種」を持ってきました。 その夏、釜石市(奇跡の釜石)と陸前高田(奇跡の一本松)で咲き、見る人みんなを元気にしました。
 http://haruka-project.jimdo.com/


~2011年9月~
 千郷中学校は釜石東中のみんなを元気にさせたい想いで「ひまわりの横断幕」を夏休み中に制作し、2学期の始業式に私が釜石東中学校へ持って行きました。
 http://ameblo.jp/spostar1200/entry-10987123007.html
 http://ameblo.jp/spostar1200/entry-11011276554.html


~2011年夏~
「奇跡のひまわりの種」は奇跡の集落と呼ばれている大船渡市立吉浜中学校の花壇にも咲きました。


~2012年春~
「あの日を忘れない奇跡のひまわりの種」は奇跡の里を巡って、新城市立千郷中学校に届きました。


~2012年8月13日~
生徒たちが大切に育ててひまわりが咲き、8/13にたくさんの種が収穫できました。


~2013年5月15日~
後輩たちが種まきをしました。
 http://ameblo.jp/spostar1200/entry-11530756585.html


~2013年6月15日~
千郷中学校の花壇、小牧中学校の花壇、そして我が家のひまわりもすくすくと育っています。
 http://ameblo.jp/spostar1200/entry-11556326831.html


~2013年7月8日~
 千郷中学校の花壇でひまわりが咲きました。
  http://www.city.shinshiro.ed.jp/chisato-jh/


~2013年8月15日~
 千郷中学校で8/15にたくさんの種が収穫できました。
 http://ameblo.jp/spostar1200/entry-11593041109.html


~2014年3月~
千郷中学校から学区の千郷小学校、千郷こども園に渡りました。
 http://ameblo.jp/spostar1200/entry-11798492585.html


~2014年5月15日~
 後輩たちが種まきをしました。
 http://ameblo.jp/spostar1200/entry-11855336074.html
 http://ameblo.jp/spostar1200/entry-11879367287.html
 http://ameblo.jp/spostar1200/entry-11888561447.html


~2014年7月11日~
小牧中学校の花壇でひまわりが咲きました。
http://www.komaki-aic.ed.jp/komaki-j/
 http://ameblo.jp/spostar1200/entry-11905538414.html


~2015年4月29日~
 後輩たちが種まきをしました。
 http://ameblo.jp/spostar1200/entry-12027439556.html


~2015年7月~
 千郷中学校、我が家でひまわりが咲きました。
 http://ameblo.jp/spostar1200/entry-12055958172.html


奇跡のひまわりを通して、東日本大震災のこと阪神淡路大震災のことをみんなで考え忘れない。




今年も奇跡のひまわりプロジェクトは着々と進行中です。
ふるさと新城市に住む若者たちが「奇跡のひまわり」を広めようと動いてくれています。
ひまわりの種を通じてどんどんと広がるご縁が嬉しいです。


みんなで育てて増やしてくれた種が、新しい命となり、今年の夏もたくさんの奇跡のひまわりが咲き、みんなを笑顔にすることでしょう。