誕生日に「ブログを放置しすぎ」と友人から言われたのにそれからさらに1カ月が過ぎようとしています…。気を取り直してボチボチやっていこうと思います。
さて、整体やエステ、美容室のシャンプーなどもそうなのですが、同じお店に上手な方とそうでない方がいる場合、はずれるとものすごく損をした気分になるのは私だけではないと思います。(心狭すぎ…??)
世の中、手にセンサーがついている!!と感じさせるようないわゆる「ゴッドハンド」の方が存在しますが、逆に、(なぜこの仕事を選んだのか?)と思ってしまうほど手に全くセンサーがついていない人もいたりします。
ちなみに、私の父は肩こりしない人なのに肩をもむのが上手く、触るだけでこっているところをわかってくれますが、母のほうは自分が肩こりするにもかかわらず、人の肩をさわってもどこが痛いのかよくわからないようです。
と考えると、技術を身につける以前に「才能」というものがあるのではないか?そもそも「向いていない人」というのがいるのではないか?というかねてからの疑問を元ゴッドハンドエステティシャンの某社長にぶつけてみました。
「この仕事は、才能がなくても努力でカバーできるものですか?」
その答は
「誰でも努力でカバーできます!」
でした。
正直(本当に??)と思ったので、しつこく食い下がってみたところ、それには条件があるとのこと。
それは「たくさん失敗する」こと。
言い方を変えると「やり過ぎる」ことだそうです。
上手にならない人は、お客様に「痛い!」と言われるのを怖がり、弱い力で「寸止め」の仕事をしてしまう傾向があり、そのままだとどうにも気持ち良くない、物足りない技術のまま終わってしまう。
思い切って圧をかけ、「痛い!」「強すぎる!」と言われることで、「このくらいの力までなら大丈夫」という加減が調節できるようになり、結果、一人前の技術が身につくようになっていくそうです。
練習モデルやお客様には一時的にご迷惑をかける可能性がありますが、「痛すぎる!」と言われる経験を繰り返していけば確実に上手になれるそう。
つまり、寸止めよりは「やり過ぎ」のほうが良いということですね。
セラピストに限らず、このくらいでいいや、という寸止めの仕事をしているとお客さまにとっては不満が残る結果になっていることが多い気がします。
痛ければ「痛い!」と言えますが、痛くはないけどなんだか気持よくない…というのは意外に言葉にはできないもの。しかし、言葉にできずともまた行こうとは思わないでしょう。
クレームにもならないままお客様が去っていくということほど怖いものはありません。
これは、「形のない」サービスを提供する人すべてに共通することだと思います。
極端に言えば、仕事は「そこまでしなくていいよ!」と言われるくらいでちょうどいいのかもしれません。
特に個人で仕事をしている人は、他のスタッフとのバランス等考えなくてよいのである意味全力投球しやすいですね。
ということで、私もあらためて「やり過ぎ(?)」にチャレンジしたいと思います!!