気になること | そうちゃん日記 

そうちゃん日記 

聡太郎は生後10ヶ月で拡張型心筋症と突然診断されました。
海外での心臓移植手術を目指した日々。しかし、移植手術を受ける事は出来ませんでした。
経験しなければ伝えられないことがあることを感じ、聡太郎の残した何かを伝えられたらと思います。

今まで、何度か見かけた気になる言葉について。


よく移植医療についてのご意見を読むと

『移植が必要になったら臓器を提供して欲しい。しかし、脳死になったら提供したくない。というのは許されない。』

というような内容の言葉に出会います。


下記は、あくまでも私個人の意見です。(いつも個人的意見ばかりですが・・・。)


実際は「移植が必要になったら生きるために移植を選択するかも知れない。でも、脳死の時に臓器を提供できるかは分からない。」というのが、一般的な方の本当の気持ちではないでしょうか。


移植が必要な病気になって、移植医療を受けたい!受けさせたい!という気持ちは誰にでも起こりうる気持ちであることは容易に想像ができると思います。宗教観や倫理的背景からしたくない、出来ないという方もいらっしゃることも理解できます。それもまた、ご本人の自由です。

現在の日本では、移植を受ける・受けないという選択や希望は自由なのです。

実際に、日本では救えない子どもにはアメリカに渡航して移植を受けるチャンスがあります。(今後は分かりませんが・・・。)しかし、このチャンスも平等だとは言えない現状だと思います。

更に、移植が受けられるという結果については、いくら移植医療が進歩しても平等にはならないでしょう。

それは、世界各国のドナー不足が示しているように、ドナーによる臓器提供がなければ成り立たない医療であり、全ての方に提供されるとは限らないからです。



では、脳死になった時に、提供できるか・・・できないか・・・。

現行の法案を考えます。

生前に本人が書面で臓器提供の意思を遺し、家族が臓器提供を決断できた時にだけ脳死判定が認められる。

しかし、15歳未満はドナーにはなれません。


脳死が科学的、又は、医学的に「人の死」だと分かっていても、分からなくても、移植を選択しなければ心臓が止まるまで、手足が冷たくなる瞬間まで、生きているとできる。ならば、生かそうと思うのは当然だと思います。


しかし、脳死が人の死だと理解し受容できた場合、遺された家族の中には、「死の先に、どうにかして生きて欲しい。誰かの役に、誰かと共に生きて欲しい。」と、命を繋ぐ選択を考えることもあるのだと思います。

その対象が15歳未満だった時に、命を繋ぎたいと思っても、家族の願いは叶いません。

そこに選択の自由はないのです。


私たちが聡太郎の心臓死を前に思ったのも、死を受容してこそ、聡太郎に生きて欲しい。

この世界に聡太郎に生きて欲しいと思えばこそ、角膜でも心臓の弁でも提供したいと思えたのです。


しかし、もし聡太郎が突然の事故などで脳死となっていたら、私たちが臓器提供という命のリレーを選択したのか。

または、最期の瞬間まで奇跡を信じて聡太郎の心音に耳を傾け、手足の温もりに命を感じ、命のリレーではなく、聡太郎との時間を最大限に共有したかは分かりません。


子どもを愛するからこそ命を次に伝えて異なる場所でも共に生きようと思うのか、愛しているからこそ最期の瞬間の奇跡を信じて共に生きるのか。その時の状況にならなければ分からないし、その状況をなしに今、決めることはできないと思います。


だからこそ、そのどちらの考えになっても、その意思を尊重できるように権利を与えて頂きたいと思いました。



私は次の子どもが、もしまた拡張型心筋症だったらどうしようと、移植を決意するまえから悩んでいました。移植を専門とする先生からも、その確立は誰にとっても0%だとは断言できないと言われました。また、1度募金活動をしたら、2度目の募金活動は現実的にありえないと言われました。


なので、アメリカで聡太郎を看取った後、アメリカで聡太郎の解剖と共に遺伝的検査をどうするか悩みました。もし、拡張型心筋症が遺伝的要素から発症していたら、同じ病気で生まれる可能性を知りながら、次の子どもを産むなんて無責任だと思いました。ただでさえ他国では救えても、日本では救えない病気です。私たちが聡太郎の募金活動をしたということは、2人目に海外で移植ができる機会があっても、必然的に募金活動はできませんから次は生きて欲しいという選択は出来ないことにもなります。


親、兄弟、祖父母の中に拡張型心筋症で亡くなった方や発症している方がいる場合、

次の子どもに発症する可能性は50%とのことでした。

私たちの親族に、拡張型心筋症である人や拡張型心筋症で亡くなった方はいませんでした。

しかし、遺伝でなくても3%の確立で次の子どもに発症する可能性があること。

この3%は、私たちだけでなく、同時に誰でもが持ち合わせる3%の可能性でもあること。

それを聞いた時、どちらにしても0%にも100%にもならないという現実に、私は開き直りました。

3%も50%も次の子どもにとっては結果的には0%か100%のどちらかでしかありません。


また、子どもの病気は拡張型心筋症ばかりではありません。

もし、拡張型心筋症を100%防げたとしても、

先天性のもの、遺伝的なもの、後天的なもの、その他のどんな病気にでもなる可能性はあるのです。

しかも、事故などまで考えたら、いったいどれだけの可能性で子ども達の命は危険に晒されているのでしょうか。

元気に生まれるのが当たり前でないのなら、次に生まれた子どもが拡張型心筋症とは限らない。ほかの病気になる可能性もある。だったら、今、考えても分からない。と、無責任のような決断に至りました。


次の子どもが拡張型心筋症だったら、今回の経験から絶対に移植の道は選ばないのか、無理と言われていようが、海外にでも日本国内にでも可能性を探るのか・・・。それは、やはり分からないです。

聡太郎は1歳でした。だからこそ悩んだことも事実です。

しかし、5歳や8歳などそれなりに意思が出来てきた時の状況であれば、親の気持ちだけでは決められない現実も出てきて悩みは変化していくでしょう。

必ず同じ選択をするかは、その時の状況にならなければ、今のこの状況をもってしても分からないのです。

ただ言えることは、同じような状況になった時にでも、その中で親として出来うる限りの事を愛情を込めて選択する。ということです。


だからこそ、誰もが経験したことのない状況を経験する前に決められるのかな・・・と考えます。

人の気持ちは、環境や経験や関係性の中でいくらでも変化するものだと思います。

絶対はありえないです。


いつ誰が移植を必要としても、日本国内で移植を受ける機会と選択ができる環境を整えて頂きたいです。

すぐに子どもの移植件数を求めるのではなく、社会システムを構築して頂くことから始めて欲しいと思います。

いつ誰が臓器を提供しようとしても、年齢に関わらず提供できるように。



かなり、率直に自分の気持ちを書きましたので、読んだ方によっては「私は決めている。」という方もいらっしゃると思いますし、考え方は多様であると思います。

でも、今の私は上記のように考えています。

また時間の経過や経験を重ねることで、意見が変わる日が来るのならそれも嬉しく思います。


どちらの立場になっても、どのような考えに至っても、命と生きることへの権利は子どもにも与えて下さい。

移植医療だけでなく、様々な疾患と共に生きている方々にとっても、そうありますように。