そらねこカフェ・店主ゆぎえみ・そらねこ会ブログ

そらねこ会は、『今ある命を大切に、不幸な命は増やさない』をコンセプトに活動している猫ボランティアチームです。


日々の思いを書いてます。


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オレンジリボンは、児童虐待防止運動のシンボルです。


日本では、虐待で死亡する子供が、1週間に1人以上といわれます。


この数の多さに、間違いではないかと、何度も調べ直してしまいました。


間違いのない数字であると確認した時、切なさを通り越して恐ろしくなりました。

厚生労働省は、毎年11月を児童虐待防止推進月間に定め、各都市・各地域をオレンジ色のリボンで埋め尽くそうという計画を推進しているそうです。

それにしてはまだまだオレンジリボンの認知度は低く感じます。


『児童虐待を止めましょう!』と大声で叫んで解決するような問題ではないし、叫んだところで届けたいところに届くとは思えないからだと友人は言いました。

それならどうすれば食い止められるのか。


関係者にもお話を聞いてみました。



児童養護施設職員T氏『虐待者に対しての指導、カウンセリングが徹底的になされない以上、施設で暮らしている子供を返すことには抵抗がある。その部分も日本は非常に遅れている。親の親権も邪魔をする。子供と親との統合にこだわる必要はないのではないか。命を守ることを第一として、施設で大切に育てた方が幸せな場合もある』虐待して命を脅かすような親に、親権があるのだろうか。同じことを繰り返す親の根本的原因(性質、ストレス、生活環境、精神的なもの、間違った教育方針など)を除かない限り、同じことが起きるのは明白ではないかと思うのですが、違うのでしょうか。



施設に保護され、そちらで守られ、成長出来る子供には未来があります。


しかし、助けられることもなく、未来を断ち切られる子供、保護されてもまた断ち切られる子供もいます。




23歳の父親が、昨年5月、生後間もない当時2ケ月の長男の腕を骨折させたとして逮捕されました。


その後、長男は保護されていましたが、10月に自宅に戻され、戻されたわずかひと月後の昨年11月、(当時8ケ月)頭部への衝撃による脳の損傷が死因で死亡しています(死亡については捜査中)。

これは千葉で起こった事件です。

なぜ赤ちゃんを帰してしまったのか、明らかにおかしいです。


そしてこの事件は、少し前の2013年7月に和歌山市で起こった事件に非常に似ていると指摘されています。


父親による(当時2歳)幼児虐待死事件です。


長男は生後2か月だった2年前の2011年7月に頭にけがをして和歌山市内の病院で治療を受けました。



この際、病院から児童相談所に「虐待を受けた疑いがある」と連絡が入ったのですが、虐待を受けていたとは特定できないとして親元に帰しました。しかし3か月後の10月にも長男は右太ももの骨を折って再び入院し、児童相談所は初めて警察に連絡するとともに、虐待の疑いがあるとして両親の同意を得たうえで、11月に退院した男の子を県の施設で保護しました。


父親は暴行の疑いで逮捕されましたが、父親は県警に対して「あやしていただけで、けがをさせるつもりはなかった」などと容疑を否認したそうで、いずれも不起訴となっています。


密室で赤ちゃんに対してのことですから立証の難しさを感じます。


しかし、おかしい。あやしてて、赤ちゃんの頭に怪我をさせ、あやしてて赤ちゃんの足を骨折させるのでしょうか。


おかしいですし、本当にそうならもっともっと時間をかけて指導するか、その原因を改めなければなりません。



2年後には両親と話し合い、家庭に帰しても問題はないと判断され、自宅に戻され、そしてひと月後に子供は死んでしまいました。


帰した理由について児童相談所では、父親が児童相談所の指導に素直に従っているうえ、長男と定期的に面会したり、一緒に外出しても問題は見られなかったなどとしています。



児童相談所の所長は「尊い子どもの命が失われたことは非常に残念で、くやしい思いです。親子の関係を築いていくうえで最善の策だと思って自宅に戻したが、判断が甘かったと言われてもしかたがない」と話しているそうです。


私は甘いと思います。


たまに一緒に遊んだり会ったりすることと、日常とは全く違う。


歌山の児童相談所は、段階を踏んでやるべきことはやったと話していますが、相手は人です。マニュアルだけではなく、もっともっと突っ込んでその人間に合った対応をしてほしかった。


間違えだったと悔やむなら繰り返すことはしないで欲しいです。

なぜ千葉の児童相談所もこの事件を思い起こさなかったのか、悔しくてなりません。



2015年7月、虐待防止通告電話ダイヤルが3桁になりました。


110番とか119番のように、広く一般に認知されるようにとの願いを込めて、189(イチハヤク)とされました。


虐待で死亡する子供が0になるよう、この11月は特に考えなければいけないと思っています。






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あの日は、月のない夜で、山の形だけが浮き上がって見えました。真っ黒な山は、すぐそこにあるようで、手を伸ばしてみたけれど、何も触らないまま、いつまでたっても暗い空には、ポツポツと弱い光を放つ星だけがありました。平面に書いた墨絵のような風景の中、遠くへ遠くへと走りましたが、ススキの群にぶつかりそうになって止まりました。自分の息の荒さと、犬の遠吠え、山から唸りながら降りる風が混ざって聞こえてきました。私は恐ろしくて恐ろしくて、後ろを向くことはできませんでした。懐中電灯は点けずにただ握りしめていましたが、へこみに足をとられて転んぶまで、それを点けることを忘れていました。電気を点けていれば良かった。いいえ、そんなことはない。電気を点けていたら見つかってしまう。手を離れた懐中電灯を探す事もなく、私は自分の家に這うように帰り着きました。


これは私の小さなころの記憶です。熱でも出した夜などには、何度か悪夢として再現されてきました。おばけ屋敷より、夏休みに聞かせてもらった和尚さんの怪談話より恐ろしくて、懐中電灯も点けずに走って逃げたそれには理由がありました。




小学生だったある日、学校が終わって、一旦家に帰った私は、ランドセルだけ置いて、クラスメートの少年の家に遊びに行きました。いつもは小さな弟や妹たちを連れて、暗くなるまで校庭で過ごしていた彼が、なぜこの日、私を家に招いてくれたのかは覚えていませんが、初めて上がらせてもらったその家は薄暗くて、散らかっていました。校庭で見かける彼の小さな兄弟たちは、私を珍しそうに見ていましたが、すぐにそばに寄ってきました。私はあまり清潔ではない環境と、まとわり付く小さい子供たちが異様に感じて落ち着きませでした。私はクラスメートの彼とあまり話さず、何をして遊ぶということもなく、時を持て余して帰ろうとしました。そして、その時でした。突然引き戸が乱暴に開いて、明らかに酔っ払っていると思われる父親らしき男が入ってきたのです。訳のわからないことを怒鳴り散らしながら、部屋の机を蹴り始めました。小さな子供たちはさっと逃げ、それでも女の子が襟を掴まれ、壁に向かって投げられました。クラスメートの彼が黙って男の腕にしがみついて、そんな彼を男は何度も蹴り倒していました。大きな音がして、台所のガラスが割れました。
彼がコップを投げたのだと思います。他の大人が入ってきて、父親らしい男は押さえ付けられながら、隣の部屋へ入っていきました。『こんなに酔ってだめだろ、落ち着きな!』そんな声が聞こえきました。近所の方たちだったのだと思います。なだめ諫めているようでしたが、私はぶるぶると震えが止まらなくて、彼の家を飛び出して一目散に走りました。



子供が大人に蹴られている光景を初めて見ました。小さな女の子を、まるで物のように壁に向かって投げつける光景。薄暗く異様な部屋の中で、それは夢ではなく、本当に起きた出来事だったのです。月の無い暗い夜、星が出ていても美しさも感じなかった。私はひとりで走り去った。苦しくて、大きな裏切りをした、忘れることの出来ない夜でした。


それからも日常的にその中にいる彼の苦しみを救うすべもなく、親に話すことも、学校の先生に話すこともしないまま、校庭に暗くなるまでいるクラスメートの彼と、彼の小さな兄弟を見ることはあっても、彼の家に行くこともなく、誘われることもありませんでした。
今思うと、近所の方はあの父親の酒癖の悪さと、家庭内の暴力を知っていたのだと思います。大人はみんな知っていた。それでもどうすることもできずに何かが起きる度に、またかというような態度でなだめに入ることが精一杯だったのか、それ以上のことは他人の家のこと故、手出しが出来ない、あの時代が、まだまだそうであったのだと思います。しかし、それが日常である子供の辛さはどれ程のものなのでしょうか。彼は宿題も、普段の勉強もろくにやらないという印象がありましたが、そんな環境下にあっては、本当にそれどころではなかったのだと今なら良くわかります。




そんな中、彼は全国作文コンクールで賞を獲ったことがありました。『山形のなおみちゃんへ』というタイトルで、遠くにいる従姉妹に宛てた手紙のような文章でした。母親の実家である山形の家に、一度だけ家族みんなで訪ねた時のことを、まるで宝物のように大切に書いていました。山形までの長い道乗り、お菓子やお弁当を食べながら行く様子は聞いている者まで楽しくなり、自分の小さな兄弟たちに、なおみちゃんがとても優しくしてくれたと喜ぶ箇所ではこちらも嬉しくなりました。一泊だけの家族旅行の作文はあまりに印象的で、私はほとんど暗記してしまいました。何十年も経った今でも、その文章を読み上げることができます。楽しい文章なのに、口にする度辛くなる。こんなに家族を思っていた少年が理不尽に、激しい日常的な暴力の中で過ごさなければならなかったなどということは、どんな理由があろうとも、許されることではなかったと悔しく思います。あの日彼は、大人ではない私に助けを求めたのでしょうか?大人ではない、なおみちゃんに助けを求めたのでしょうか? クラスメートの彼は、中学校を卒業するころは誰も手を付けられないくらい
荒れに荒れて、もう誰にも助けを求めることもなく、そのままどこかにいってしまいました。
いつまでも忘れることない彼のことを文章にまとめようと思った時、あまりにも切なくて何度も止めようと思いましたが、どうしても発信したくて、あるニュースレターに掲載していただきました。そして、文章にしたことによって、何人かの方にご意見もいただきつつ、はっきりとした思いが生まれました。応援している児童養護施設の職員の方とも話すことがあるのですが、なぜ周りの人々は踏み込めないのか。ここがどんなに理想を語っても、正義を語っても難しいところです。


日本では、2000年に児童虐待防止法が制定され、他人の家庭内のことであっても法に訴えられるという流れにはなりました。しかし、虐待というものの実証の決め手が微妙であり、それは今でも変わらないように思います。手が出せない。また、手を出した場合、その人の安全が確実に約束されているとも思えません。行政の場合でも、民間人であっても、手を出すまでのハードルが高く、手を出した人間が守られないのでは物事は進まないと思います。頭でいくら正義を語ってもそれが現実です。


私は以前、近くのアパートに住む子供のことを、その子が通う幼稚園の園長先生に相談したことがあります。毎日聞こえてくる母親の罵倒と泣き叫ぶ子供の声に耳を塞いでいられなくなったのです。『てめえ、なぐられたいのか!殺すぞ!』ごめんなさい、ごめんなさいと泣きじゃくる声は長く続き、引き付けをおこすのではないかと、オロオロしているだけの自分を奮い立たせてのことでした。もしも、少し元気が過ぎるだけのお母さんであったならそれでいいんです。もしもどうしようもなくいっぱいいっぱいになってるが故のことなら、それを取り除ける何か策があるんじゃないか。そして本当に虐待されている子供がそこにいるのなら、何とかしなければいけないと強く思ってのことで、園長先生には、何気なく注意を払って欲しいと、プロであるその方に託したつもりでした。しかし、その日から、毎日毎日、何十回となく、その母親からの電話攻撃にあうはめになりました。私が特定され、私という個人が、何をどう言ったか、直接その母親に伝わっていました。激怒した彼女の攻撃は凄まじかったけれど、誠心誠意こちらの思いと、あなたを責めているのではない
と伝え、何とか事は収まりましたが、この思わぬ展開にプロである現場の方々の意識の低さと徹底されてない法律に愕然とし、この程度で済んで良かったとホッとしたことを覚えています。
あれから大分時が経ちましたからもう少し進歩したと信じたいですが、そうであっても子供は自分が虐待されていると自己表現はしませんから、証拠と見極めが本当に難しいそうです。うっかり手がだせないこと。これらがせっかくできた法律の浸透を妨げているとするなら、もっともっと突っ込んだ対策を早急にしてほしい。早く、直ぐにして欲しいです。
暗く曇った空を見る時、チカチカと光る明かりを一瞬みたように思うことがあります。あの日落とした懐中電灯がここだよって呼んでいるように、重たく切ない思いに駆られます。今、この時も隔離された空間で理不尽な暴力を受けている小さな命があるのなら、大人は全力で守るべきだと思います。



以前、ラジオから流れてきて、頻繁に耳にしたのが、スザンヌ・ヴェガの「ルカ(Luka)」という曲でした。大ヒットしたので聴いた方も多かったと思います。優しい曲で、素敵だと思いながら、なぜか涙が止まらなくて詩の意味を調べました。,

「My name is Luka

I live on the second floor


I live upstears from you


Yes I think you’ve seen me before


If you hear something late at naght


some kind of trrouble, some kind fight


Just don’t ask me what it was


Just don’t ask me what it was


Just don’t ask me what it was


I think it’s because I’m clumsy


I try not to talk to loud


maybe it’s because I’m crazy


I try not to act too proud


They only hit until you cry


And after that you don’t ask why


You just don’t argue anymore


You just don’t argue anymore


You just don’t argue anymore」

「ぼくの名前はルカ。二階に住んでるんだ。

君の部屋の上の階だね。


僕を見かけたことがあるんじゃないかな。


もし君が夜遅く,何かの物音を聞いても


それが何かのトラブルのような音だとしても


それが喧嘩のような音だとしても


それが何かって,僕に聞かないでね。


それが何かって ぼくに聞かないでね。


それが何かって ぼくに聞かないでね。


それは,きっと僕が不器用だからなんだ。
僕は,大きな声で話さないようにしてるんだ。



世界中にある理不尽。世界中の子供が出してるSOS。この曲を聴いてセンチメンタルな気分になるとしたら私が部外者だからです。この曲をバックミュージックのようにして思い出すなんてそれは許されないことです。映画でもドラマでも、遠い国のことでもなく、すぐ近くのクラスメートにも何も出来なかった私。今、違うことがあるとしたら、私は大人になりました。








※11月は児童虐待防止強化月間です。

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