家出ノート-sorakooの気ままに山梨家出、時々外泊-

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天皇源氏末裔。清和源経基八幡太郎新田義貞の子孫の現在 その2
前回の話はこちら・・・
天皇源氏末裔。清和源経基八幡太郎新田義貞の子孫の現在 その1

日本の陰陽は東洋の陰陽よりも早い一瞬の陰陽です。これが日本らしさでした。「動の中の静」「静の中の動」は日本文化を一貫する一本の本質です。右と左が一瞬の陰陽は日本人の無意識の中にある中空構造です。(日本人の睡眠中の夢の中で登場する日本の民話を分析した臨床心理学者にユング派の河合隼雄氏がおります)それは新田の旗、家紋である新田一つ引きに象徴されています。そこで、今日の日本の旗(日の丸)は、元来、新田一つ引き(別名は新田大中黒・新田一竜引き)になる予定でした。

以下--2ちゃんねる まとめ--

url http://totalmatomedia.blog.fc2.com/blog-entry-1306.html

1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/09/27(金) 18:08:44.86 ID:M/jrYyl60
大中黒旗
大中黒旗

徳川の手により、これが危うく国旗になりそうだった

215:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/09/27(金) 19:49:58.31 ID:eqYv7gWc0

>>77
徳川家の祖である新田氏の大中黒紋からきてるらしい

大中黒紋

丸に引き両紋は清和源氏の流れをくむ氏族に受け継がれたきた紋なので
鎌倉以降の武家政治を象徴するマークとも言える
ちなみに足利氏の紋は二本引き

--引用おわり--

これはこれでシンプルでカッコイイと思うのですが。。。経緯をもっと詳しく知りたい方はwikiから「日本の国旗」などで調べてください。

前述したように、南朝総大将の新田義貞率いる南朝正統論を説いた大日本史が作られた地である水戸藩からは、水戸学が興隆して、日本全体では本居宣長らによる日本国学が興隆して日本文化は最高潮に達しました。日本は日本の原点に立ち返り、自分たちの足元を必死に掘り起こすことに成功しました。それは日本の個性化を見つめなおす作業でした。

時は流れて、大日本史と国学を受け継いだ哲学者が能登半島(新田が逃れた地)から続々と輩出され、日本の文化の中心地である京都の京都大学で集い、京都学派を作りました。(京都学派筆頭の西田幾多郎氏は、明治と大正の間で、歴史の名に値するほどの著述は、水戸の大日本史だけだと伝えています。大日本史は日本の近代哲学に影響を及ぼし続けました)

アジア近代史上、初めて西欧列強に勝利した日本。日本の哲学集団である京都学派はその哲学を担いました。日本は西欧列強の植民地帝国主義を破るだけではなく、世界に範を示すための行動を自らに課しました。日本は、世界中の、それぞれの国家、民族の個性化によって、相互に認め合い高め合う世界観を提唱しました。

もちろん、何を吠えても力がなくては意味がありません。この力とは、西欧の数に頼らない日本独自の新しい力でなくてはなりません。そこで、日本は京都学派の哲学を受けて、経済体制の再構築を進めました。

財界と産業界をそれまでの株主経営経済(数の支配)から、日本に合ったお家制度に習って、事業主(社長・会社家族経営)経営経済に切り替えて、数の理にたった一つ(極論で言うと社長一人の独裁制)で対抗させました。こうして、国力を膨れ上げる準備が整います。

しかし、それでもまだ、膨大な物量(数)の理で呑み込んでくる西欧列強との力の差は歴然としてありました。経済効果にはまだ時間がかかります。そこで、第二次世界大戦を止めるか、もしくは急がせまいとした京都学派と日本海軍。しかし、ブロック経済で待ってもられない国際情勢。焦る陸軍本部は開戦を決断。敗戦に至ります。

皮肉なことに、戦前に始めた戦時経済体制は、戦後になってから世界経済を席巻します。数の理に対抗した日本の産業界はかつての敵であった西欧キリスト教圏が提唱する数の理を急速な勢いで淘汰しました。

ついに、日本の一つが世界の数に勝ったのです。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と世界中から称賛されることになりました。戦後の経済効果は実は日本独自の政策だったのです。「開戦がもう少し遅ければ、ひょっとすると日本は勝てたのでは。」と言われる事情は、戦後の経済効果がその所以でした。

ところが、冷戦以降は、日本のお家制度の事業主(社長・会社家族経営)経営経済こそが、アメリカにとっての最大の敵として狙われます。

アメリカが主導する経済原理はより多くの数が支配する資本主義です。(政治原理であればより多くの数が支配する(同時に少数派を排除してしまう)民主主義です)その資本主義を牽引する株主経営経済にとって、日本のお家制度の事業主(社長・会社家族経営)経営経済の大成功は、アメリカの経済原理のみに留まらず、政治原理すらも完全に否定してしまいます。

そこで、アメリカは日銀、次いで銀行を通して過度に金融経済を肥大化させてバブルを引き起こして破裂させて、超低金利に抑えてお金を国債へ回し、長いデフレ期を通して産業界を衰退させて現在に至ります。この先日本は真っ暗です。実に情けない。

日本の繁栄のシステムは、実は、戦前までの日本人が独自に創造したシステムだったのです。東洋と西洋の両方から学び、ついにはその両方の乗り越えを図った強国、かつての日本。

敗戦前までの日本は、実は強くてかっこよかったのです。新しいことや、自分らしいことに挑戦を続けてきました。世界への範として数の支配からの脱却を示そうとしました。しかし、第二次世界大戦の敗戦によって中断したままで今日に至ります。

ここで戦前までの流を振り返ってみましょう。能登の京都学派、明治維新、日本国学、水戸学、大日本史、それを創った水戸光圀、徳川家康(新田家支流徳川家)、それを繋いだ新田義貞の新田肩衝。平氏であった織田信長を殺した明智光秀(新田家支流明智家)etc..

戦前までの日本が動く物事を紐解くと、行き着く先には、新田に纏わる物事、新田を名乗る者が現れます。新田の話は日本の深い本質的な話に遡ぼります。新田を通して日本の質を高めることは個性化のアイデンティティーに気づくことです。自尊心を育み、認め合い、高め合うことが出来ます。

新田を語れば、学校でのいじめ問題も、社会問題も解決することでしょう。何故かと言うと、そもそもわびさびの新田論では、例えば教育上での偏差値教育や、社会の全体主義化などありえないからです。数の理に対してたった一つで対決してきたのが新田です。新田の家紋は「一」の字のみです。たったこれだけです。

これほどシンプルで、かつ、人間にとっての本質を表す紋章を、私は世界中で新田以外に知りません。新田論は、相対的な数値化で優劣を決める発想は起こりえないのです。たった一つから、より多くの数を呑み込む一瞬の陰陽の理が新田です。

そもそもの日本人は新田を通して数の理とは対決済みだったのに、それを忘れて、西欧が敷いた数の土俵の上で、同じ問題を延々と繰り返しているのが現代日本人なのです。だから結論が一向に出ません。当たり前です。

現代日本人は何故このような今を迎えてしまったのでしょうか。それは、戦前と戦後にそれまでの価値観を一変する大きなパラダイムシフトが起こった為です。

では、戦前と戦後で何が変わったのでしょうか。そうです。日本は負けました。そして、日本に宗主国が出来ました。戦勝国の米本国アメリカ様です。

アメリカに限らず、近代のキリスト教圏の宗主国が国外に傀儡政権を樹立するための方法は国民を大多数の数にすがらせる全体主義化の維持です。そのためには排他的イデオロギーを維持しなければいけません。近代日本の場合であれば、一般のテレビ視聴者やネトウヨを中心に「中国がー!(怒)韓国がー!(怒)」の嫌韓中+親米=親米嫌韓中でまとまっていてほしいのです。

その効果は十分に達成されました。なんと、現代では、ヲタクやネット右翼など(テレビしか見てない高齢者も含めて)は、か弱くて何も無い自分自身へのアイデンティティーの欠如から、排他的(他の民族の価値を下げること)で日本人の優越性を提唱しています。これは物理的な数の数値化と相対化です。こんな考え方はかつての日本人にはなかった。

自分を含む、より多くの数である最大母体である「日本人」であることにアイデンティティーを見出し、その代弁者を装おうという現代人の情け無さは筆舌に尽くしがたい。これでは未来への可能性の蕾は息吹くことは皆無でしょう。

ところで、傀儡国家の統治手段には原則があります。技術技官(官僚制)による分断統治(テクノクラート)と右傾化(ネオナチ化)です。日本版のキリスト教(一神教)である天皇制は容認しても、国体を変え得る一人の英雄はあってはならないのです。国家を真に代弁する一人の強いリーダーの出現を抑えなければ、分断統治ができなくなってしまうからです。

民主主義と全体主義は少数派や一人を排除します。ところが、一人の英雄が国全体(より多くの数)へ影響を与え続ける英雄思想は、民主主義と全体主義の対極に当たります。戦前までは日本の英雄を一人上げるとすると新田義貞が当たり前でした。一時は無官まで落ちた一人の人が、死後も脈々と日本全体へ影響を与え続けた英雄像はタブーなのです。新田義貞は戦後のGHQによってタブーになりました。戦前と戦後で、天と地ほどに評価が一変した歴史上の大物は新田義貞を除いて他にいません。

もちろん、如何にタブー化したとしても実在した新田の記録自体は消し去ることはできませんから、日本国内の御用学者らを使って新田の評価を落として国民からの興味を反らしました。

戦前の日の丸弁当から、敗戦後の海苔弁への回帰は、敗戦後の日本の不甲斐なさを悔しんだ、戦前の強い日本の美学への回帰、天皇家の権限が衰退し、何もルールが無く親兄弟や兄弟間でも争い合った時代に、日本のルールを示した新田源氏思想への回帰でした。

新田源氏思想とは、世界史上まれに見る、決して文明の断絶も衰退を経験することがなかった民族国家である日本に、脈々と受け継がれた、敗戦前までの誇れる日本。その象徴が新田なのです。新田を語らなくなった戦後から現在までが、今の日本に至るのです。戦前と戦後の構造は全く異質なものです。

現代になり、能登から、新田を語る哲学者が、新田氏の内から現れました。下に紹介する動画が新田氏の著作です。この動画の最初は、現代日本の現状について分析し、現状の対策方法として歴史に遡って話が展開されます。新田の話は38分辺りから登場します。

YouTube動画人生を良くする現代日本国学「数の檻」を質で覆す「一瞬の陰陽」数との対決

にこにこ動画版はこちらです。

【ニコニコ動画】人生を良くする現代日本国学「数の檻」を質で覆す「一瞬の陰陽」数との対決

本文以上。Blog記事タイトル 天皇家-清和源氏-新田氏末裔の子孫と現在について。新田家は、新田義貞から、八幡太郎義家、河内源氏を興した源頼信、多田源氏を興した源満仲、清和源氏を興した源経基、貞純親王、清和天皇の皇室までさかのぼります。でした。日本の歴史のロマンチック三昧です。

最後までお読みいただき、心より、ありがとうございます。今だからこそ、多くの人に知っていただきたいです。


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