私は財布派!
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アドレスにさよなら
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携帯をなくした。バッグの中にあるはずが、ない。
さっき、交差点で誰かとぶつかった。バッグが手から落ち、中身が横断歩道に散らばった。あわてて拾い集めた。赤信号に変わるときで、急いで反対側の道路に走った。
あの時だ。あそこで落とした。
交差点まで戻ったけど、車がとぎれなく走っていた。携帯電話はなかった。道路にも、歩道にも。
たぶん、もう見つからない。
でも、どうしよう。今日、私ははこれから友人と会う。携帯がないと、待ち合わせに困る。
――11時半に東京駅、丸の内中央口で。
困ることはないか、と思い直した。丸の内中央口。場所はお互い、知っている。会えるはずだ。
本当は違う。
待ち合わせに困るからじゃない。携帯のアドレス帳に、あの人の電話番号が残っているから。
だから、なくしたのが辛いのだ。
あの人の住所と電話番号がメモしてあった、去年までのスケジュール帳はもうない。捨ててしまった。泣きながら、もらった色々な物といっしょに。
あとは、あの携帯のアドレス帳の中に、あの人のデータが残っているだけ。
いつ消してもいいと思っていた。だからよけい、消せなかった。最後の細い糸だったのだ。
――だけど、なくして、ホッとした部分がある。わたしの中に。
意外だった。
携帯をなくして、どうしようもなく辛いと思っていたのに。
車の流れを見つめる。人が歩いていく。
これでいいのかな。こうやって、だんだん気持ちの整理がついていくのかな。
手首の腕時計を見る。11時すぎ。もう行かなくては。
私はきびすを返した。強い日差しが目に痛くて、ちょっと涙がにじんだ。