何事にもルールがあるように、言葉にもルールが存在します。
そのルールに従っている言葉こそが、正しい日本語だと思うのですが、
近年における言葉の乱れは顕著です。
それは「ら」抜き言葉だったり、「ぜんぜん」の使い方だったり。
そんな時代背景を与してか、書籍では正しい日本語を扱うものが
ベストセラーになってたりします。
ただ、時代と共に言葉は変化しているのだから一概に
これが絶対だと言う言葉が無いのもまた事実です。
古くは清少納言が作者とされる『枕草子』の中でも、
現代と同じように若者の言葉の乱れを嘆いているわけですから。
そういった時代背景から考えてみれば、
日本語は乱れているのではなく、変化していってるのです。
そういうわけで、日常生活でも土地が違えば独特の言葉が派生し、
それはもはや方言の域を超えた斬新な言葉を発してる人がいます。
先日、実家に帰る機会があったのですが、そんなときに
ある人がこんな事を言ってたんです。
「どすこい疲れたわ~。」
どすこい?
そしてまた、
「本当、どすこいデカイな。」
どすこい??
何なんだ、一体…。
そもそも『どすこい』っていうのは一般的にお相撲さんが発する、
「どすこい!どすこい!!」に代表されるような掛け声の一つなんですよ。
分類上は感嘆詞です。
しかし、文脈から予想するに、「どすこい」ってのは「すごい」という
意味になってるんです。
つまり、「どすこい」→「相撲取り」→「すごい大きい」→「すごい」
という成り立ちなのです。
しかも、幸か不幸か偶然にも文法的にも言葉的にも
しっかり形容詞になってるわけです。
何が悲しかったって、このどすこいが親戚の中で浸透してたって事ですよ。
どすこいびっくりですよ!!
そんな感じで、日本語ってやっぱり面白いなぁ、と思う今日この頃。
他にも、文章も自分と他人の表現方法の違いに面白さを感じたりもします。
僕の文の書き方で何度か言われたことがある特徴は、
『淡々としてる』。
別に意識はしてなかったんですが、複数の人に言われるという事は
事実なんだろうと最近思ってきました。
よく考えてみれば、確かにそうかもしれません。
非常に汚い例えになってしまうんですが、
でっかいウンコが出たとき。
それを伝える手段として勢いを重視してる人の場合。
でかっ!!
やべ~よ!!
ウンコ。
ウンコ。
ウンコ。
ウンコ!!
ウンコ!!!
ウンコがでか…、
うひゃひゃひゃひゃひゃ~~!!
いや、だからウンコが、ウンコが、でかい…、
ぶぼらぁ~~~!!
みたいな感じになると思うんですよ。
何が言いたいかはわからないけど、とにかくウンコって言いたい。
で、僕がもっとも忌み嫌ってるフォント弄り系だと、
ウンコをしました。
でかっ!!
_| ̄|○
だと思うんですよ。
今回は控えめにしましたが、とりあえず改行。
でも、僕は絶対にそんな下品なことを書かない。
何つーか、英国紳士のごとく振舞うんですよ、僕の場合。
アイドルってウンコをしないじゃないですか。
でも何事も例外があるわけで、僕なんかは例外の一人だと思います。
何と、僕のアナルからウンコらしき物体が出てきたんです。
まぁ、基本的に毎日出てますが、この日は人智を超えてたウンコが
僕のアナルからお目見えしたわけです。
あ、アナルって言うのは一般的に肛門と呼ばれるものと同義で、
肛門の周りにある括約筋を操ることによって排泄物、
ここでいうウンコがこの世に初めてお目見えするんです。
その神秘といったら何とも形容し難いものがあって、
例えば、ウミガメの産卵に皆さんは涙すると思うんです。
あんな感動する場面なんてなかなか見れませんし。
そんな感じで、僕のウンコをしてる姿を想像して涙して欲しいんです。
そうすると見えてくると思います。
さぁ、想像してみてください。
茶色のウンコが僕の肛門からひょっこり頭を出してきました。
もうちょっとです。
頑張れ!
頑張れ!!
あぁ、ウミガメの如く目から涙が流れてます。
きっとこの涙は自分の分身との別れを惜しんだ涙なんでしょう。
もうひとふんばりです。
出てきました。
母体主の涙に比例したでっかいウンコが出てきました。
しかし、ここからが更につらいのです。
自分のお腹を痛めてまで産み出したウンコを流さなくてはいけません。
それはまさに今生の別れ。
さようなら。
僕のウンコ…。
と、まぁ僕が書くとこんな感じです。
何となく、今回は感動風味に仕立て上げましたが、
どこか品の漂う作風になったと思います。
こういった表現者による表現の違いが言葉の楽しさだと思います。
言葉ってどすこい楽しいですね。