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Staticeの花言葉とともに with 中西京介48
それから数日経ったある日。
いつものように着替えを済ませて稽古場に向かうと、入口付近が何やら賑やかだった。
「なんだろ?」
「取材かなんか入ってたっけ?」
共演者の一人と話しながらその入口に近づく。
更に近づいてみると、ドラマなんかだと悪役として出てきそうな風貌をした人たちが入口を占拠していて、私たちの他にも数人の共演者さんたちが稽古場に入れない状態だった。
声を掛けても知らない顔をされて、稽古場に入れなくて右往左往していたとき、「みんな、何やってんの?」という後ろから聞こえた声に振りかえる。
と、そこには同じように稽古着に着替えた他の共演者さんたちとアヤちゃんがいた。
「あ、アヤちゃん」
「何なの、この人だかりは」
「さ、さぁ?」
「―――何をやってるんだ!」
声を掛けながらもう一度何とか通ろうとしたとき、副先生のいつもの怒鳴り声が背後から聞こえた。
それに気付いて、人だかりの中心人物たちが一歩前に出る。
ハイブランドのスーツに身を包みながらも少しちぐはぐな感じがする女性と上品とは言い難い恰幅のいい男性。
女性の方はどこかで見たような気がして、記憶をたどっている最中、副先生が大袈裟にため息をついた。
「…アンタか」
「ご無沙汰しております、副先生」
笑顔を浮かべるけれどどこか毒々しい感じがするその女性は、どうやら副先生の知り合いらしい。
しかも、副先生を『先生』と呼ぶのは同じ業界の人しかいないから…。
「あ。」
それが誰だか気付いて小さく声をもらした時、彼女は私を見、そしてギッと睨んだ。
―――北見川璃李。
今ではTVで見かけることはなくなったが、佐伯さんと同年代の女優さんだ。
そして、三峰ちがやさんのお母さん。
睨まれたのは、私が京介くんと正式にお付き合いしているからだろうか。
「―――本当に派手なことが好きな方ね」
呆れたような声音でいう佐伯さんの登場で、その場の空気が一瞬で凍ったような気さえした。
「ご無沙汰ね、美江さん」
「お変わりなさそうでよかったわ」
お互いに笑顔を浮かべているけれど、それぞれ目が笑っていない。
昔ライバルだったからか、とも思ったけれど、北見川さんのほうはハッキリ言って主演作品が全くなくて、ライバルと言えるかどうかだ。
つい二人のやりとりに見入っていたけれど、副先生の大声で場の雰囲気は一転した。
「北見川さん、見学は許可したがみんなの邪魔にならないようにしてくれ。
お付きの連中は見学を許可しないからすぐに出ていかせろ。 お前さんたちが引きつれてきたその人相悪いその連中に子どもたちが怯えてる」
私たちなら言えないようなことを副先生は飾らない言葉で言い放つ。
北見川さんの隣にいた男性はムッとしたような顔をして口を開こうとしたけれど、彼女によってそれは制止された。
「申し訳ありません、先生。 彼らは外で待機させても?」
「誰かに狙われてるもあるまいに。 そんな連中に周りをウロウロされても困るんだが」
「…わかりました。
アナタ」
「う、うむ」
それから恰幅のいい男性が黒服の連中に何かを言うと、彼らは一礼をしてその場を退いた。
二人の関係は見るからに彼女のほうが上のようだけど、男性の方は確かある局のお偉いさんだったことを思い出す。
「ほら、時間がなくなるぞ! さっさと稽古に入れ!」
手を叩きながらそう言った副先生はいつものディレクターズチェアに座り、事態を見守りながらざわめいていた私たちもいつもの立ち位置に付いた。
北見川さんは用意された椅子に座り、満面の笑みを浮かべて私たちの稽古を見ていた。
…が。
「三峰!」
「…はい」
「わかってるんなら同じことを繰り返すな!」
「……」
ちがやさんと副先生のこんなやりとりが繰り返されるたびに北見川さんの表情が変化していく。
娘が怒鳴られることに親として可哀想で仕方がないといった状態なのだろうか……と思ったのだけど。
それはその後の休憩時間中の二人の会話で違うことがわかった。
しばらくしてちがやさんに休憩が入ると同時に北見川さんが彼女を呼んで、二人は稽古場を出ていく。
その様子を見ていると、佐伯さんが私の隣に来て、「紫藤さん、休憩行きましょ?」と自販機のコーナーへと誘ってくれた。
いつもあまり誘われることないのに…と思いながら付いていくと。
「どれでも好きなのを選んで?」
「あ、自分で…」
「いいから。 先輩の好意は素直に受け取るものよ?
…とはいっても、これは迷惑料の前払いかしら」
佐伯さんの言葉の意味がわからなくて首を傾げるが、それよりも早くお金を入れて彼女は早くとでもいうようにニッコリと自販機を指差す。
私は急かされるままにボタンを押し、出てきたスポーツ飲料のペットボトルを手にした。
そのあと佐伯さんも同じように飲み物を買い、二人でそのまま肩を並べるようにしてソファに座る。
「じゃあ、いただきます」
「どうぞ」
ペットボトルのキャップを開け、中の飲み物を口にする。
その冷たさが稽古で火照った体に沁みわたるよう―――そんな風に思った時だった。
「いい加減にしなさいよ、ちがや! アンタ、アタシの顔に泥を塗る気なの!?
誰のおかげでこの仕事が出来ると思ってるのよ!!」
ヒステリックに喚く声がロッカールームから聞こえてくる。
(え…? ちがやさん…?)
余りの剣幕に一瞬手を止めるが、それは立ち聞きに他ならないと思い、ここにいていいのかと居心地が悪くて腰を浮かす。
が、佐伯さんは動かず、その罵声が聞こえる部屋をじっと見ていた。
「佐伯さん…?」
名前を呼んで彼女を見る。
佐伯さんはやりきれなさを滲ませた微笑みを浮かべ、静かに口を開いた。
「あの人ね、いつもああなの。 ちがやさんの稽古場に顔を出しては何度も同じセリフを浴びせてるわ。
……あれは本当のちがやちゃんじゃないことにも気付かないくせに」
彼女の語りにはウソがなさそうだけど、『本当のちがやさんじゃない』ってどういうことだろう?
まさか別人…なんてことはあり得なくて、何か他の意味があるのだろうと思って続きを待つ。
「小さな頃の話だけど、本気になった時のちがやちゃんってすごいのよ?
父親に似たのね、あの子。 その実力を発揮出来ないのは、あの母親のせいよ」
そう言って佐伯さんは北見川さんとの過去やちがやさんの境遇について話をしてくれた。
同じ時期にデビューした佐伯さんと北見川さんは何かと張り合わされていたこと。
女優として名前が通った自分に対し、いま一つ成果を出せなかった北見川さんはちがやさんを自分の代わりにしようとしていること…。
「ちがやちゃんも小さな頃はあの人に褒められるのが嬉しくて頑張ってたけど、その頑張りも辞めちゃって…。
何かで聞いちゃったみたいなの、母親の本心を。
口にした人もあれだけど、わずか小学校3年生にして母親が自分を利用してるって知ったんだもの、やりきれないわよね」
子どもは自分の道具なんかじゃないのにね、なんて言いながら佐伯さんは僅かに嘆息して、持っていた飲み物を口に含んだ。
「あの子は人を気遣える優しい子なの。 あの人に抑えつけられて育って…ちょっとだけ歪んじゃっただけで」
そんな風に言われても、日常の態度を見る限りにわかにそれは信じ難い。
しかも、この前のドラマでは現場の雰囲気を悪くし、挙句にはドラマ打ち切りにまでなったのだ。
母親への反抗心がそうさせたとしても、他の人を巻き込んでいいものではない。
ましてや、私の目の前で彼女は…。
「いますぐってわけじゃないけど、少しずつ本当のあの子を知ってあげて欲しいの」
その時、ふと佐伯さんの言葉に疑問を持つ。
どうして、それが私なのだろう、と。
本当のちがやさんを知るのは私じゃなくてもいいはずだ。
京介くん絡みなら彼女にとって私は邪魔者でしかないわけだし。
疑問は拭いきれなくて、思いきって佐伯さんに尋ねてみた。
すると。
「…紫藤さん、いつもあの子に『お疲れさま』って声を掛けるでしょう? それが嬉しかったらしいわ」
「え? でも、挨拶なんてみんな…」
佐伯さんは私のその言葉に静かに首を振る。
「あの子、他人に接触しようとしないでしょう? 周りに迷惑を掛けているのを自分でもわかっているからなのよ。 他の人たちもトラブルメーカーのあの子とは一線を引いているし。
そんな中でアナタだけは普通に挨拶をして…」
あなたたちは根本的に似てるのかもしれないわねと佐伯さんは言って、一足先に休憩スペースを後にした。
飲みかけの飲み物を手のひらに包んだまま私は少し考える。
私と彼女が根本的に似ている…?
佐伯さんの言うことがあまりしっくりこない。
本当に人を気遣える人が母親への当てつけだけであんなふうに周りに迷惑を掛けることなんて出来ないと思う。
だけど小さな時から抑えつけられて育ち、愛情を与えられなかった子どもはどこかが歪みやすくなると何かで見たことがある。
両親の愛情をたっぷりと受けて育った私にはわからないことかもしれない。
だけどちがやさんを見る目を少しだけ変えてみてもいいのかもしれないと思った。
~ to be continued ~
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