冬の花火 | 交心空間

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◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇

 仕事の失敗でどうしようもないダメージに包まれた俺は、浴びるほど飲んだ
酒に操られて、冬の夜、飲み屋街を彷徨っていた。ふと、ネオンの明かりも届
かない狭い路地の暗闇の中で、幻想的に舞い散る光を見た。そして吸い込まれ
るように、俺はその路地に入って行った。
 ──花火?
 路地の一番奥でキラキラ輝いていたのは、花火だった。花火をしているのは、
いかにもお水といった雰囲気の女だ。俺は女に近づいた。しゃがみ込んで花火
をする女の傍で、俺は壁に寄りかかり見下ろしていた。


「冬の花火」挿絵


「バカみたいでしょ。冬に花火なんて」
 女が俺を見上げた。
「いや。いいんじゃないの」
「私ね、宇宙を見たくなると、いつもこうするの」
「宇宙?」
「暗闇の中で、ほら光の子供たちが生まれては消え、また生まれていくの。ま
るで星の誕生みたいでしょう」
 花火の中心から放たれた閃光が、周囲の黒を一瞬の宇宙に変え、そして哀し
げに消えていくのが見える。がっくりと肩を落とし、呆然と佇む俺のつれなさ
を察知したのだろうか、花火を揺らしながら女は聞いてきた。
「あなたは? どんな失敗をしたの?」
「……二億の商談、他の業者に横取りされちまった」
「そっか……じゃあ、私なんかまだいい方だ。いやな客にネチネチされたぐら
いで、こんなところで憂さ晴らしてたんじゃ、ホステス失格だよね」
 俺は緩めたネクタイを一気に外して、彼女の隣にしゃがんだ。ネクタイを丸
めて両端をピンと立てたものを作った。
「ウサギ……月のウサギ……」
「それが?」
「ほら、ここが耳で。見えないかな、大きさ違うけど」
「ヘタクソ」
 彼女は微かな笑いを残した。
 冬の花火はどことなく淋しい。冷たい空気と季節外れという概念の中で、窮
屈そうにその煌めきを放っている。それでも彼女は、ひとときの安らぎを楽し
むかのように、花火がかもし出す小さな宇宙に見入っていた。
「最後の一本。お兄さんにあげるよ。やってみれば……」
 赤いマニキュアの手で花火を差し出した。
「ありがとう」
 花火を手に取ると、彼女が火を点けた。冬の花火は、パチパチと音を立て、
暗黒の空間を多彩な閃光で埋め尽くし、夢幻の宇宙へと導いてくれた。


 そして花火は消えた……。


「サッ、仕事仕事」
 彼女はそう言い放つと、膝をポンと叩いて潤んだ瞳を親指で拭きながら立ち
上がった。
「こう見えても子供がいるんだ。私の宝もの。宇宙飛行士になるのが夢なんだ
って。その子のためにも頑張らなくっちゃね」
 彼女は、煌々と光るネオン街に消えていった。俺は、消えた花火を軽く振っ
て彼女を見送っていた。


                               おわり


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 ……ということで、ショート集『魅惑のスケッチ』より作品「冬の花火」の
創作意図を解説していきます。お楽しみに!


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