離婚が転換期!私の離婚ストーリー

離婚が転換期!私の離婚ストーリー

ある日突然、夫が他に結婚したい人が出来たから別れてくれと土下座して頼まれ突如33歳で離婚することになりました。

話合いの結果、別れた夫に家は譲り、私は家を出て1人暮らしを始めました。

           


 


    


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今日は33才で離婚してから東京へ行こう!とひらめいて引っ越した時のお話です







私は中学2年生の頃からずっと東京に住んでみたいなーと思っていました。が⁉︎出る機会もなくそのまま地元で普通に生活していました


27歳の時めでたく結婚、家まで建てて犬2匹と暮らしていました


だけどどこか悶々としていて、自宅の2階の窓からいつも遠くの山の景色を眺めながら
私は一生ここに住むのかなあ…とずっと考えていました。

普通結婚して家まで建てたらこの先もここにいるのが当たり前?なんだろうなと思いつつ、いやいや私はここにはずっと住まない気がする、またどこかに引っ越して行くような気がすると心のどこかで思っていました。



その後、ある日突然、夫が他に結婚したい人が出来たから別れてくれと土下座して頼まれ突如33歳で離婚することになりました。


話合いの結果、別れた夫に家は譲り、私は家を出て1人暮らしを始めました。


1人になってこれからの人生についてどうするか真剣に考えた時、
せっかく離婚して1人になったのだから残りの人生は好きに生きよう!今まで出来なかった事をしよう!私は自由だ!じゃあ私はここに居なくてもいいよね、


そうだ!人生において1度は住んでみたいとずっと思っていた東京に行こう!


誰も知ってる人の居ない東京で新しい人生を歩むんだ!とひらめき1人で東京へ引越しました。



念願の東京に行けることはすごく嬉しかったのですが、とても断腸の思いというかすごく辛かったのが両親を置いくこと


同居はしていなかったとは言え呼ばれたらすぐ帰れる距離にいたのでいきなり県外に引っ越しするとはなかなかいい出せず
離婚して悲しませた上に、いきなり東京に行くなんて反対されるのも嫌だったので全て手配が住んで引っ越す直前まで黙っていました


そしたらなんと⁉️
引っ越しする1週間前、父は病気と怪我が重なって入院してしまいました、


それを面倒見てる母、

ほんとだったら私も手伝ってお世話しないといけない身なのに

これは東京へ行くなと神様が言っているのかな?
すごく悩みましたが


だけどもう決めたこと!

まるで親を捨てるような気さえしましたが心を鬼にして明るく笑って引っ越すことを伝えました


両親は本当は止めたそうでしたが
一度決めたらゆうことを聞かない性格なのを分かってるので反対もせず黙って送ってくれました


出発の日入院先の病院に今から行くといいに行ったら父は泣きながら明るく「頑張れよ」と笑って寂しそうに送ってくれました


空港まで送ってくれた母もすごく寂しそうに明るく仕方ない娘だなあという感じで送ってくれました


年老いた両親を置いて出る私は心から申し訳ないと思いながら涙をこらえて笑ってお別れをしました


びっくりさせて寂しい思いもさせて申し訳ない気持ちでいっぱいだったし
面倒見ていかないといけない年齢の親を自分の勝ってで置いて出て行くことで、後ろ髪引かれる思いで出てきました


頑張って働いてちょくちょく帰省しよう!
親のためにも東京と田舎のデュアルライフしながら親孝行をしよう!



そんな思いで始まった念願の東京生活は
田舎と都会のギャップに戸惑いながら、なんの取り柄もない女性が東京で1人満足に生活するということはほんとに大変なんだなと現実をひしひし感じたり親不孝してるなあと落ち込んだりもしましたが
東京ではたくさんの人と出会うことが出来てとてもありがたく思っています



離婚した時はほんとうに辛くて都会の生活に慣れるのが必死でしたが、東京に来ていろんな人との出会いは私にとって財産になってるしとっても楽しく東京生活しています



どこの誰とも分からない田舎者の私と関わってもらってる全ての方々本当にありがとうございます😊


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