ひとりじめ-4-【再録】 | 妄想最終処分場

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ひとりじめ‐4‐



誕生日を祝ってくれた気持ちがうれしくて。


4日後の女の子の告白に利用されるイベントデーも君の時間を独占できることがうれしくて。


君が愛を否定し避けていることも知っている。

いつも君がこの日に用意するのはお世話になっている人たちへの感謝のチョコレート。

なぜだか俺にはチョコではなく別のもの。

特別扱い…そう自惚れたい。


でも世間一般にはこの日はチョコレートに想いをこめて。
君からチョコレートをもらってみたい。子供っぽい我儘だとは思うけれど、今年はそのチャンスに恵まれた。


愛する兄の要求ならば、この妹は断るわけがない。



*****



『はい、兄さん』


夕食も終えて、シャワーも浴びて、ウイスキーをたしなんであとは寝るだけとなった時にそれは差し出された。


『…くれないのかと思った』

『寝る前にお酒飲むでしょ?それに合うかと思って』


どのタイミングで出てくるのか。

世の男と変わらず今日はそわそわしていた自分に苦笑するしかない。

好きな子からチョコレートを受け取るシチュエーションはどんな気持ちになるんだろうか?そう思っていたけれど、案外あっさりした自分の心持ちに少し驚いた。


包みを開けると控えめな量の生チョコレート。

寝酒習慣のあるカインに合わせて選んであり、そんな気配りに自分を見ているこの子にくすぐったさを感じて。


『こんな風にチョコレートばかり売って日本って変な国ね?でもいろんな種類のチョコレートが食べれるのは嬉しいけど…』


見れば自分用なのか、色違いの小箱を開けてチョコレートを味わっている。

俺のものと比較するとやや色が明るいからスイートチョコレートなんだろう。


付属のピックを突き刺して、チョコレートを齧った。ふわっと鼻に抜ける香りが確かにウイスキーとよく合う。


『ん、おいしっ!』


隣からかわいらしい歓声が上がった。

セツカにしては無邪気な表情で、チョコレートの美味しさに思わず素になったんだろう。


最近はセツカの表情を崩すことが少なくなっていたので思わず久しぶりにこぼれた最上さんの表情に目が釘付けになった。


『兄さん?どうしたの?』

『いや…』


俺の視線を感じて、あわててセツカの表情を作っている。


純情乙女の君なのに。

男の裸をみても思わず素をのぞかせることはないのに、チョコレートひとつでうっかり現れた好きな子の表情。


…チョコレートに嫉妬してどうするんだ。


グラスを煽って怪訝な表情をするセツカの目から表情を隠した。


『よかった、食べてもらえて』


ぽろりと、こぼれた言葉に思考が止まった。




…いま、なんて言った?



『…ん?』


あわてて逸らした視線を戻すと、作ったはずのセツカの表情がまたはがれかかっていた。


『………』


気まずそうに押し黙る様子が気になった。


『おいしい?試食で甘すぎなくて、お酒にも合うかと思ったんだけど…』


少し長すぎた沈黙の後に出てきたのは、その場を誤魔化すには下手くそなセリフ。

あわてて作ったようなセツカの表情には最上さんの焦りの色がちらりとに滲んでいたように感じた。


ここで逃してはいけない


…直感だった。




「どういう意味?」


逃げ出せないように、英語で行われた会話を日本語で中断する。


『…兄さん?』

「最上さん?」


抵抗するようにセツカの声で英語で兄と呼びかけてくるが、ダメ押しのつもりで日本語でこの子の本名をよんだ。


「…どうしたんですか?お芝居の途中で、敦賀さんらしくな…」

「答えて。今の、どういう意味?」

「どう、って…」


諦めたのかカインでない俺に合わせたのか、日本語で最上キョーコとして俺に『らしくない』という。

話を逸らされるわけにはいかない。


この子の言葉を遮って追及の手は緩めない。

目を逸らした隙に零れたさっきの言葉を思い返して、どんな表情の変化も逃すまいとじっと見つめて。


「食べてもらえて?」

「……」


「答えて?」

疑問符で返しても、押し黙るだけ。


「食べてもらえない、と思っていたの?」

「……」


期待する方向の答えが欲しいから、自然と追及も俺の願望寄りに変化する。

YesかNoかの質問なのに、答えは返ってこない。

表情は居心地悪そうに迷いが見えるが、次第に何も悟らせないようにと無表情に近くなる。


「カインのほうが欲しいと言ったモノなのに?」


追いつめている自覚はあった。

でもこの些細なきっかけを逃したら、きっと完璧にセツカの仮面をかぶり直したこの子を捕まえることなんてできない気がして。


俺の追及に耐えられないとばかりに、視線が逸らされて深く俯かれた。

これでは表情も読み取りづらい。


「最上さん?」


知りたい

きっかけが欲しい

君が何を考えているのか


答えをもらえず、わずかな手がかりであるその表情まで隠されて、情報を求めて俯いたこの子を覗き込もうとした。

膝の上できゅっと握られた拳がわずかに震えているのが目に入った。


怖がらせたいわけじゃない…。


おびえるこの子を目にしたら、そんな気持ちも湧き上がって余裕のない自分に飽きれも感じて。


ふぅっと息をついて頭を振った。

そういえば君ばかり追求して、俺は自分の気持ちなんて今までこれっぽっちも伝えようとなんてしてなかった。


「白状…しようか」

「…?…」


まずは求めるより先に、自分が伝えなければ。


「毎年誕生日を含め、この日にもらうチョコレートを俺は食べない。どれか口にしたら不公平な気がして」


以前、社さんが「キョーコちゃんがチョコを用意しても食べないんだよな?」と意地悪な顔をして聞いてきたことを思い出す。


あのときは

君がチョコレートを用意することなんて考えていなくて

君からのチョコを無下にする選択なんてありえなくて

俺以外の男にチョコを渡す君を想像したくなくて


思った以上に君に捕らわれている自分自身に驚いた。


「今年は敦賀蓮としてこの期間を過ごさない。正直直接受け取るものがなくて煩わしさがなくて助かった。ほっとしたけど、君は誕生日にケーキを用意してくれたね?」

「…あれは」


俺のために、とは言わなかった。

あの時俺はカインで君はセツカだったから。

でも、ちらりとのぞかせた素の表情と小声でこぼした『おめでとう』の言葉。


どんなに嬉しかったか、君はきっと知らない。


「律儀な君だろう?こんなに嬉しいものだとは思わなかった」


やっと顔を上げて俺を見てくれた。

つながった視線に思わず笑みがこぼれた。


「君だけが祝ってくれた、君しかいない誕生日に浮かれたら、もっと欲が出た」

「敦賀さん?」


子供っぽい願望だったと思う。

しかも断るはずがない演技に乗じて。


「今なら、この一週間は君と俺だけ。君が手渡すことができるのは俺だけ。そう思ったらチョコをねだっていた」


さっきの齧りかけのチョコレートを持ち上げて、この子に見せる。


「このチョコにはセツカのカインへの愛が詰まってる。でも…それだけ?」


このチョコレートに含まれていて欲しいものがある。


「それだけ…って」

「俺は欲張りだからね?この中に君の気持ちが入っていればいいのに」


緊張で声が震えるかと思った。

このチョコに最上さんの気持ちが入っていてほしい。


贈られたチョコレートを口に運ぶ。

なめらかな舌触りとわずかな苦みと控えめな甘さ。今の俺の心のようだと思った。


じっと、俺の顔を見つめる瞳にそういえばこの子はとっても鈍いことを思い出す。

もっとはっきり伝えなければ曲解を重ねて予想外の方向に走り出すことだってある。


「食べてもらえたといった君に期待した。食べてほしかったと言われてるみたいで。欲しいのはチョコじゃない、君の気持ちなんだ」


正直に伝えてしまおう。

曲解も勘違いの余地も与えずに。


「最上さん、俺を好きになって?」



俺の願望。

バレンタインの告白は女の子の定番。返事は1か月後のホワイトデーに。

でも、チョコをもらって逆告白なんて恰好がつかないが俺らしいとも思う。

そして返事は1か月も待てない。


「最上さん、答えを教えて?」


固まったままの表情に少しの不安を覚えるけれど、気持ちをさらけ出したら止まることなんてできない。


「『Yes』か『はい』それしか認めないけど」


肯定の言葉を引きずり出すまで諦めるなんてできやしない。

さっきまで拒否の言葉を恐れていたくせに、口に出したらそれすら認めない自分がいる。




「…ずるいです」


ぽつりとこぼれた言葉。

迷うように視線がさまよい、手元が動く。

君の手の中のチョコレートがピックに突き刺されてずいっと目の前に迫っていた。


食べろとばかりに迫ったそれに、自然と口を開けば押し込まれる。

俺のチョコより甘さの強いソレ。


「バレンタインの告白は女の子の特権です」


なじるような表情の中に恥ずかしがるように朱がさしているのは俺の願望だろうか?


「敦賀さんまで私に女の子の特権を認めないんですか?」

「特権、行使してくれるの?」


思わず聞き返すと恥ずかしそうに目を逸らして、頷いたこの子に驚きと喜びが込み上げて。


「ありがとう」


許可も得ずに唇にキスをしていた。



*****



「どこまでひどいんですか?私は結局告白させてもらえなかった!」


嬉しさのあまり口づけて、勢い余って口内に残るチョコレートの甘さも共有して。



数時間後に言われた言葉。


「そうだね、じゃあ今教えて?」

「…!!!もう、知りません!」


怒らせてしまったようだ。

結局この子の口から「好き」の言葉をもらえたのはその数日後のことだった。