(バカバカ、キョーコのばか!どうして気が付かなかったのよ~!!)
重箱の入った手提げを持って、キョーコはインターフォンの前に立って己のうかつさを悔いていた。
(社さんの依頼ってほとんど敦賀さんがらみじゃない)
さみしい年末を過ごすくらいならと内容を聞かずに引き受けたことをキョーコは後悔していた。
(よりによってせっかくの年越しを私みたいな後輩と過ごすんじゃ)
社の依頼はいつもの通り、蓮の食事についてだった。
『アイツ、家でゆっくりするつもりです、とか言ってたけどそれだと余計に心配じゃない?キョーコちゃんも時間があるなら何かしら食べさせておいてほしいんだ。そういえば年越しそばも食べた事無いなんて言ってたから、今夜良かったらおそばでも用意してあげてさ!』
蓮にも後で言っておくからさ!とさっさと仕事に戻ってしまった社に、キョーコは今更断ることもできず、茫然と見送ってしまったのだ。
(しかも、『あとで言っておく』って敦賀さんには事後承諾って事でしょ?何かしら予定が入っていたりしたら・・・)
社の話からだと、蓮の予定は自宅でフリーだと聞いているという内容だがプライベートで何かしら予定が入っていたとしてもおかしくない。
(社さんだっていくらマネージャーでもプライベートの隅から隅まで話すわけないってどうして思わないわけ!?)
後程キョーコに20時過ぎには自宅に戻っているから21時ころに自宅でと連絡が入ったのだが、社が依頼をしたことを知れば蓮が無下に断れないだろうことをキョーコは分かっていた。
「よしっ・・・。大魔王様が降臨しませんように・・・・」
意を決し、インターフォンを鳴らしてキョーコは蓮の部屋に向かった。
***
「いらっしゃい」
「すみません、敦賀さん!」
いつもと変わらずに出迎えた蓮に、キョーコはぺこりと頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「どうしたのいきなり?」
キョーコの様子に蓮は怪訝な顔をした。
「あのっ、もしかして今日は予定があったんじゃないかって思って。社さんから依頼を受けてきましたが、社さんも敦賀さんがフリーだとは言っていたけど、何か個人的な予定をいれているかどうかまで把握してないはずだったので・・・」
頭を下げたまま、一気にまくしたてたキョーコに蓮は驚いた顔をしたが、自分に対してものすごい遠慮をしているキョーコに苦笑した。
「大丈夫、ほんとに予定が無くて家にいるつもりだったんだ。食事のこともありがたいぐらいだよ?」
「でも、今日は大晦日ですよ?普通なら年越しは家族とか、特別な人とかと過ごすことが多いのに・・・」
暗に特別な人とでるあたり、これっぽっちも自分の気持ちに気が付きもしないキョーコに蓮はわずかに眉を顰めたが、立ち話もなんだし・・・とキョーコをリビングに招き入れた。
「ホントに、私なんかが大晦日にお邪魔してしまって良かったんでしょうか?もっと一緒に過ごしたい人がいたんじゃ・・・」
「いいんだよ。ほんとに予定もなくてどうしようかと思っていたくらいだから。」
(・・・よかった、ほんとにフリーだったみたい)
何度も繰り返した自分の言葉に蓮が困ったように柔らかく苦笑するのをみて、キョーコはようやく蓮の言葉が事実であることを認識しほっとしていた。
「あの、良かったらこれもどうぞ。」
キョーコはリクエストのあったそばの材料をキッチンに広げ、手提げに入れてきた重箱を蓮手渡した。
「おせちなんですけど、冷蔵庫に入れていたけば3が日くらいまで少しずつ食べていただけるので」
「最上さん、依頼を受けたのは今日のお昼だったよね?おせちって仕込むのに手間暇かかるものじゃないの?」
そばならまだわかるが、手作りとわかるおせちを渡されて、蓮は素朴な疑問を口にしていた。
「あの・・・ホントはモー子さんのうちでお泊り年越しの予定でおせちを用意していたんですけど、急にキャンセルになっちゃって。一人で食べるには多いし、せっかくなのでもってきてみました」
「ひとりって、最上さん下宿先のご夫婦は?」
(しまった!なに正直に話してるのよわたしー!)
ほんの自然な会話の中で蓮に質問され、キョーコはホテルが取れなかったことや何も決めずに宙ぶらりんな自分の年越しについて思い出してしまった。
(どうしよう、ホテルも取れてないこと知られたら、また女の子が何を考えているんだとか怒られちゃう!)
表情をこわばらせ、数秒思考の小部屋に入り込んだキョーコの様子を蓮が見逃すはずがなかった。
「最上さん?」
「いえ、あのっ何でもないんです。お気になさらずに」
うまい言い訳が思いつかず、話をそらすしかできないキョーコに蓮はため息をついた。
「君はそういうところは役者とは思えないほど嘘が下手だな」
「う・・・」
「予定がキャンセルになって一人で過ごすってだけなのにそんなにあわてるなんて、ほかに何か隠してるんだろう?」
(うわーん!こんなことなら普通に今日はお二人とも旅行でいないんですよ~って流しとけばよかった・・・)
良く考えたら、だるまやご夫婦が不在だからと言って自分の部屋でひとりで過ごすこと自体は何も不自然なことはなにのに、自分の態度でそれ以上の何かがあることをこの人は見とおしてしまっているのだとキョーコはおろおろし始めた。
「最上さん?」
心なしか蓮の声がひんやりとでも圧力を持っているように感じる。
(ひぃぃ!!なんか軽井沢の時のような恐怖を感じる~!?)
「何を・・・隠している?」
(もう無理!!大魔王には逆らえないんだわ~!!)
蓮に白旗を上げたキョーコは、旅行に行くだるまやご夫婦に心配をかけたくないこと、ホテルに泊まるつもりだったが、どこも満室で予定が決まっていないことなど洗いざらい話すことになった。
「なんだ、そんな事なら泊まっていけばいいのに」
「へ?」
さらりという蓮の言葉にキョーコは間抜けな声を出していた。
「年越しそばなんて食べる頃には夜中回っているし、帰宅しても一人ならゲストルームもあるし泊まっていけばいいよ」
「ででででも・・・」
「どっちにしろ、電車もない時間だから送っていかなきゃだし」
「そんな畏れ多い!おそばの支度だけしていきますので、電車のあるうちにお暇します」
「今から用意されたら、年越しには伸びてしまうだろう?」
「だったら茹でるだけの状態にしておきますから」
「俺が上手にできるとおもう?せっかくだし美味しい状態でいただきたいね」
(もうこの際、別に日付が変わる瞬間に食べてなくたっていいじゃない!敦賀さん、何をムキになってるのよ!!)
なんだかんだ言っても、キョーコの言い分は蓮によって丸め込まれてしまう。
「それとも、俺と年越しするのは迷惑?」
(ひ、卑怯よ~!ここでカイン丸なんて!!)
寂しげに首をかしげてキョーコを覗き込んでくる蓮の背後に、つぶらな瞳の子犬の幻がキョーコには見えてしまう。
「と、とんでもないっ!尊敬する先輩と年越しするなて迷惑なんかじゃ・・・」
「じゃ、いいよね?」
(もう・・・ホテル代わりに先輩のうちに泊めてもらうなんて図々しくって嫌なのに~!!)
ひとしきり心の中で叫んだキョーコは、ぐったりとうなだれてしまう。
(でもひとりきりで過ごすよりずっと・・・)
キョーコはほんのり温かくなる胸の奥を自覚して、わずかに口元に微笑を浮かべていた。
*****
「今年は大変お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします」
日付が変わる少し前、キョーコは改めて蓮に深々と頭を下げていた。
「そんな改まらなくても・・・。俺の方もいろいろありがとう。これからもよろしくね?」
そばの入った小ぶりのどんぶりをテーブルに並べ、二人で箸をつける。
(なんだか、初めてかも・・・)
温かいそばを食べながら、キョーコは自然と笑みをこぼしていた。
「そんなに嬉しそうな顔をしてどうしたの?」
柔らかな表情のキョーコに気が付いた蓮はしばらく見つめていたが、不意にキョーコと目が合いそう問いかけた。
「いえ・・・こんな年越し初めてだな、って思って」
「?」
「京都にいたころは旅館のお手伝いで忙しいのが当たり前だったし・・・」
「うん」
「こんな風に、一般的な年越しを過ごしたの初めてで、なんだかくすぐったいです」
(わ・・・神々スマイル・・・)
はにかむように笑うキョーコに、蓮もつられて微笑んでいた。
時計は0時を回り、新たな年を迎えている。
「敦賀さん、明けましておめでとうございます!」
(なんだか、いい年になりそう)
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なんのオチも無くてスミマセン
一緒に年越しをする二人の図ってだけです。
今回のキョーコちゃんは蓮への恋心だいぶ自覚前な感じですね。
きっと蓮さんの方はお泊りOKさせて、ちょっとでも一緒に入れる時間に幸せをかみしめつつもちょっとは悶々としているんでしょうねぇ。