【ペットロス】という言葉があります。ペットロス症候群というのが正しいようですが、ペットが死んだり、行方不明になったりしたときに、家族が死んだのと同じ様な喪失感を覚える症状のようです。和製英語の匂いがしますけれど……。


 当然、ペットを飼っていない人にはロスは生じませんし、こんな悲しく苦しい体験をしたくない人は、感情移入をしにくいペットを飼うべきですね。


 大昔、『赤頭巾ちゃん気をつけて』の作者である庄司薫の細君、ピアニストの中村紘子が飼い犬が死亡してその悲嘆ぶりが甚だしかったので、庄司が剥製にしたという事を書いていました。小型の日本犬で、籐の籠か何かに丸まって寝ている剥製の写真が掲載されていたのを覚えています。何かの雑誌だと思うのですが、それは思い出せません。


 その時、おじさんはおそらく10代後半か20代前半であり、ペットロスという言葉も存在せず、剥製という行為と、それで心が癒せるのだろうかという疑問が生じ、ピアニストとして高名だった中村紘子の旦那が庄司薫だという知識が増えただけで、この問題すなわち〝ペットロス〟の問題は、長くそのまま記憶の底で眠っていました。


 その記憶が突如蘇ったのは、我が家のトイプードル♀のミミが死んだときです。それまでにも何を食べたのか、食あたりのような症状を呈し、泡を吹いて体が硬直し、休日なので休診中の病院に電話をかけまくり、やっと診せた獣医から死を覚悟するように言われた事はありましたが、末期癌と診断され余命を知らされた時は、想像していた以上の衝撃で、気を強く持とうとすればするほど空回りして、死を待つだけの何も手に付かない状態が続きました。


出典:トイプードルの飼い方 トイプードルの初めてのしつけ 



 せめて気がつかない内に死んでいたという事がないようにしようと話し合い、その日から彼女がいつも眠るこたつの傍らで夫婦で寝ようと決めました。その日の深夜、死ぬ間際、あまりに苦しそうだったので抱きかかえ、小さな氷を入れた水――氷の入った水が大好きでしたので――を飲ませたところ、量は僅かでしたけれども、元気な音を立てて飲んでくれ、まだ肌寒い時期だったので、こたつの隅にそっと寝かせると、何だか喘ぎが小さくなったようで、少し安心して電気を消しました。


 おじさんはそのままテレビを観続け、家内は少し眠ったようでした。それこそ5分置きにそっと中を覗いては、胸が上下しているのを確認して安心するというような事を繰り返していましたが、おじさんがテレビに夢中になったせいか、しばらく確認しなかったので、慌てて覗くと変な恰好で寝ています。


 名前を呼びましたが反応がありません。抱きかかえると硬直しています。そんなに早く硬直するだろうかと不思議でしたが、現に首も手も曲げられません。こう書いていると、おじさんが冷静に対処していたようですが、大きい声で名前を呼んだ時から、皆起き出しています。


 覚悟はしていたものの、最後を看取れなかった悔いが残り、体勢を見ると硬直してそのまま亡くなった様に見えますので、そんな激しい動きがあれば気がつくはずなのにと話すと、家内が大きな寝返りをうったと言います。掛け布団が掛かるように寝かせていたのに、家内の足にくっついて寝ていたようです。足を入れた(おじさん以外の)誰かの足にくっついて寝るのが好きでした。家内は大きく首を持ち上げて寝返りをうったのでまだ大丈夫だと判断したようです。


 今は流行らなくなったシルバーグレイのトイプードルのミミ、彼女の13年の生涯が終わりました。おじさんが甘やかしたせいで、小顔なのにおデブ、家族の批判を浴びながら、一応おじさんを家長と認めてくれたらしく、毎日散歩をさせ食事の世話をしているのにどうしてと家内は怒りますが、俺が強要した訳じゃないと抱きながら語りかけたり、散歩中、誰も教えていないのに背筋を伸ばし飛ぶように歩いたり……想い出は尽きません。ミミが居た間、家族がどれほど癒されたでしょうか。


 犬を飼っている家庭は皆さんそうだと思います。家族そのものです。失えば大きなダメージを受けるのは当然です。今は次のペットを飼うことは一生面倒を見られない恐れがあるということもありますが、もうあんな悲しい思いをしたくないというのが本音です。


 ペットの葬式もしてくれる場所が比較的近くにあったので、葬式とお骨にして貰いました。焼き場に入っている間、控え室に行くと、そこにもう一組家族がおられ、おとうさんの落胆が見ていられないほどでした。あちらは大型のゴールデンレトリバーのようでしたが、可愛さは同じなのでしょう。


 ペットを飼おうとする人は、そのペットの一生に責任を持たなければなりません。保健所でどれほどの賢く可愛い犬が殺処分にされているか、その動画(静止漫画)を観ました。ある一匹の犬に仮託してその犬が突然保健所に連れて行かれる所から、殺処分されるまでの心象風景が語られていました。


 今は無理ですが、またいずれご紹介しましょう。まだおじさん自身、癒えたとは言えませんが、大切な時間をくれたミミには感謝してもしきれません。


 そうそう皆さんご存じないと思いますが、トイプードルの耳は毛を短くするとピンと立つんです。飼っておられる方で見てみたいという人は、一度試してみてください。
文中敬称略

by 考葦(-.-)y-~~~