フィギュアスケート研究本

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プロが見る浅田真央の強さの秘訣は「守りに入らず攻め抜く姿勢」

2014年09月16日 13時10分 提供:マイナビニュース

今シーズン1年間は競技会に出場せず、休養をすると宣言した浅田真央選手。アイスショーもあり完全な休養にはなっていないかもしれませんが、日本のトップとして長期間にわたって第一線で戦ってきた選手ですので、ゆっくりとした時間を過ごすのは本当に久々のことではないかと思います。

浅田選手は私と年齢が近いこともあり、よく合宿や試合などで一緒になる機会が多かったのですが、「何事にも諦めずに挑戦し続ける」というのが浅田選手に対する私の印象です。

ルール変更にもひるまず攻める姿勢が武器

浅田選手のジャンプと言えば「トリプルアクセル」を思い浮かべる方も多いと思います。女子では難しいとされているトリプルアクセルですが、浅田選手の出身地である愛知県名古屋市では伊藤みどりさんを始め、恩田美栄さん、中野友加里さんなど、トリプルアクセルに試合で挑戦している選手はたくさんいました。幼い頃からその活躍を間近で見ていたであろう浅田選手が、練習してみようと思うのは自然の流れだったのではないでしょうか。

浅田選手がジュニアからシニアに移行する時期と前後して採点方法が変わり、ジャンプの回転不足に対して厳しいルールになりました。多くの選手は回転不足などの減点をあらかじめ回避する演技構成に変更していましたが、浅田選手はトリプルアクセルに挑戦しなかったシーズンはなかったように思えます。「常に守りに入らず攻めにいく」――。この強い気持ちこそが浅田選手の武器であり、すばらしい持ち味なのです。

ミスをひきずらず、自己ベストを出したソチ五輪

フィギュアスケートという競技は、行った演技に対して点数や順位がつきます。ですが、「自分が思い描いている演技がきちんとできれば、何位でもかまわない」というように、結果よりも内容にこだわる選手が多いように思います。

浅田選手も、そのように考えている一人に見えます。ソチ五輪での浅田選手のフリー演技は、見ている人を圧倒するようなとすばらしい演技でした。前日のショートプログラムでミスがあっただけに、気持ちの整理は大変難しいものだったと思いますが、順位よりも自分の演技をするという浅田選手の気迫のこもった演技、またそのように思っている浅田選手の強い気持ちは、テレビを通じてでも伝わったのではないでしょうか。

間もなく本格的にフィギュアスケートのシーズンが始まり、浅田選手は今までと違った視点で競技を見ることになるのではないかと思います。シーズンが終わってどのような結論を出すのかは分かりませんが、どのような形であれ、また新たな目標に向かって挑戦する浅田選手が見られるのを楽しみにしています。

筆者プロフィール: 澤田亜紀(さわだ あき)

1988年10月7日、大阪府大阪市生まれ。関西大学文学部卒業。5歳でスケートを始め、ジュニアGP大会では、優勝1回を含め、6度表彰台に立った。また2004年の全日本選手権4位、2007年の四大陸選手権4位という成績を残している。2011年に現役を引退し、現在は母校・関西大学を拠点に、コーチとして活動している。


再び、競技会のリンクで「真央ちゃんスマイル」が見られる日が来るのだろうか


以前インタビューで浅田選手は、3Aに対して、

「ときにはすごく自分を強くしてくれるものでもある、決まったときにはすごく自分の気持ちも強くなる。もっともっとと思うが、決まらなかったとき、跳べないときは、自分の気持ちもどうしようと思うし、弱くしてしまうものでもある……。」

と発言していました。

特にジャンプの修正中(本当はする必要のないものでした。)は、本当に苦しかったと思います。

3Aどころか、他のジャンプでえ、決まらなくなってしまいました。

それでも3Aは絶対に外したくないと、頑張っていましたよね……。

意地もあったのでしょうが、やはり3Aを辞めてしまったら、モチベーションが下がる、また気持ちを強くさせてくれるものの一つだった事、また自分の矜持であり、跳べていたものが跳べなくなってしまうという悔しさであり、また一度外して、下げてしまったら、二度と跳べなくなってしまうという危惧もあったのではないのでしょうか。

2012~2013年シーズンに、3Aを跳ばない選択をしましたが、ほとんど優勝という形でシーズンを終わる事が出来ました。

浅田選手の実力ならば、3Aを跳ばなくても、プログラム難度を少し下げても、勝てると言う事を十分に証明したシーズンとなりました。

現に、プログラム難度を下げ、ミスを減らして勝つという戦略を他の選手も実践していました。

只、浅田選手の場合、難度を下げても物凄い高評価になる訳ではありません。

難度の低いプロで、加点をもらっている選手とは違うからです。

最終目標として、パンクーパー五輪で出た最高得点を上回る事、また不利となっている加点プラスでは得点に余りならない為に、どうしても基礎点の高いジャンプが必要だった事、また全てをやり切ったと思える為の、8トリプルへの挑戦だったのでしょう。

女子では誰にも挑戦出来ないからです。

浅田選手は余り得意ではなかったサルコウも含め、全てのジャンプを完成させました。

跳べないジャンプを抜いてしまっている、どこかの優遇されている選手とは違います。

例え、得意でないジャンプを抜いた選手が、採点上どんなに高評価だったとしても、実力的には、跳べないジャンプを抱えたまま、という事になります。

そんなものよりも、現役中に全てのジャンプを完成出来たという喜びと、全てをこなす事ができたと実力を証明する事は、とても大切な事だったと思います。

また本人も悔いがないですからね。

まさにソチ五輪でのフリーの演技かそれでした。

フリーのみだけの得点が1位でなかった事には疑問が残りますが、全世界の人達が感動した結果をみれば、いかにジャッジの評価が、浅田選手にばかり厳しいと言う証明だったと思います。

全世界中の人達の評価の所為か分かりませんが、その後、日本で開催された世界選手権で、浅田選手のジャッジからの評価が確実に上がりました。

SPでの最高得点が、それに現れていました。

ジャッジは、自分達で評価の基準を今まで決められなかったようですよね。

プルシェンコ選手を始め、世界中の多くのフィギュア関係者、ファンの人達がSNS等で、浅田選手を絶賛しました。

また五輪のフリーの得点が1位でなかった事に対して、世界中から質問が沢山あったと思われます。

それでジャッジも目が覚めたのでしょうか。浅田選手をもっと評価しないと、やばいとでも思ったのでしょうかね……。

それとも日本での開催、満員御礼への謝礼だったのかは分かりませんが、SPの最高得点は記録として残りますしギネス認定もされました。

バンクーバー五輪での汚点を、半分だけでも自分の真の実力と努力と多くの困難と苦しみを乗り越えて達成した、浅田選手の精神力は本当に素晴らしいと思いました。

だからこれだけ人気があるのです。

真央ちゃんが採点で邪魔をされてもされても、努力で克服した彼女の人気を、テレビやスケート連盟が、これ以上利用しない事を願っております……。



↓こちらの記事も、ぜひ読んで下さいませ。

http://ameblo.jp/shuppansports/entry-11924619821.html
今後のフィギュアスケートの未来の為に



↓真央ちゃんは世界一の努力家だと思います。(゚ーÅ)


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羽生結弦「モンハン」にハマりまくり


羽生君は「モンハン」に本当に嵌っている見たいですね。


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関大フィギュア勢3人そろって来春卒業!?

2014年09月11日 関大前ブームスポーツ編集局

3人そろって卒業?高橋大輔さん(28=文院2)、織田信成さん(27=文院2)、町田樹さん(24=文4)が来年3月、同時に関西大学を卒業(修了)する可能性があることが分かった。【写真上・3人そろって囲み会見に応じた高橋大輔さん、織田信成さん、町田樹さん(左から)=4月21日、千里山キャンパス】

高橋さんは「今は休んで(休学)いるので、来期ですかね…」と修士論文提出先送りを示唆していたが、大学関係者は「あとは本人次第ですが、来春修了できる可能性はまだあります」と、大学院修了の道が残されていることを明かした。

織田さんは現在、修士論文を執筆中。町田さんは卒業論文提出期限が来年1月だが、今季第1戦のスケートアメリカ(10月24日開幕)までに仕上げる意向を広報誌で語っている。

今年4月21日、千里山キャンパスで行われた学長表彰式で3人が出席。学内ではこれが最後か!?と思われていた貴重すぎる3ショットが、再び実現する可能性が出てきた。

2001年(平成13)の卒業式には、当時文学部4年生だったシンガー・ソングライターの矢井田瞳さんが出席。報道陣が殺到して大混乱となったが、3人そろい踏みとなれば“ヤイコ超え”は間違いない。

7日に高槻キャンパスで行われたエキシビションには、織田さんが出演。アディオス・ノニーノに乗せて、プロスケーターとして初めて関大で演技を披露した。アンコールのウィリアム・テル序曲で500人を魅了したが、紹介の時に「テレビタレント」とコールされ笑いが起きる場面も。

「僕は引退したけれど、関大で練習し、世界の舞台で頑張ってくれることを願っている。関西大学の文字を見かけたら、テレビ越しでもいいのでエールを送って欲しい」と母校愛を見せた織田さん。3人が関大から巣立つ時が、近づいている。【写真下・エキシビションで観客に手を振る織田信成さん=9月7日、高槻キャンパス(撮影・金洋秀)】

【関連記事】高橋大輔さん来季休養を表明 関大残留へー2014年4月22日





大ちゃんと殿とマッチ―が、3人そろって卒業するのも良いのではないでしょうか。

卒業式には、ぜひとも取材して頂きたいと思います。

卒業風景を、動画で見たいですね。(^∇^)


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「優しすぎた」高橋大輔、こう育てた 長光コーチが語る

2014年9月14日15時04分朝日新聞デジタル

 フィギュアスケート男子の高橋大輔を支え、励まし、トップスケーターに育てた長光歌子コーチが4日、東京都新宿区の住友ホールで開催された朝日カルチャーセンターの講座「フィギュアスケートの世界」に出演した。関大アイススケート部コーチで、日本フィギュアスケーティングインストラクター協会理事も務める長光コーチは、人生の転機となった1972年の札幌冬季五輪、根底にある指導哲学、高橋への思いなどを大いに語った。「成功するには優しすぎた」高橋を世界に羽ばたく選手まで導いたものとは――。

■海外選手の演技にショック受け、コーチの道に

 ――フィギュアスケートのコーチとはどのようなものなのですか。

 「私は、(フィギュアスケートを習うことは)社会に出る前の小さな疑似体験だと思っています。理不尽なこと、努力してかなえられないことや、かなってうれしいこと、色んなことを体験して、社会に出たときに強い人間になってくれるとうれしいです」

 ――心構えとして選手に伝えていることは?

 「採点競技なので自分1人ではできない。色んな人に助けてもらいます。また、世界に出れば日本人の信用を担うんだということはしっかりと教えてあげたい。高橋選手には、最初に海外に出たときに、とにかく日本人として恥ずかしくないようなマナーについて口やかましく言いました。ドアは開けて女性を通しなさいとか、テーブルマナーであるとか、よく言いました。高橋選手は、よく言いつけを守っていましたね」(会場笑い)

 ――高橋選手と言えばステップというイメージがある。良いステップとは?

 「楽な動きで、ターンをする度にスピードが上がり、前後のカーブが奇麗な弧を描く。それと滑らかさ、ひざの柔らかさです」

 ――そもそも、なぜコーチの道に?

 「大学3年生の頃、(1972年)札幌五輪があり、そこで見た男子の選手の練習が楽しくて、楽しくて。個性的で多士済々。そのころ、男子は手のひらを下に向け、氷と平行にして滑りなさいと言われていた。手をぷらぷらしていると『何ぷらぷらさせているのか』と怒られる。しかし、札幌五輪で見た海外の選手は、本当に自由自在に踊っていて、ショックを受けました」

 ――印象に残っている選手は。

 「カナダのトーラー・クランストンさん、イギリスのジョン・カリーさん。その次の五輪ではロビン・カズンズさんが、本当に素晴らしかった」

 (ジョン・カリーの映像を見て)「(高橋)大輔のロングプログラム(フリー)を振り付けしたローリー・ニコルさんが大輔に『彼のスケートを見なさい。こんな風に滑りなさい』と言っていました。エッジの正確さとスケートのコントロール。同じスピードのまま図形を描きながら滑っていく。大輔もびっくりしていました。一蹴りでスピードが落ちずにスーッと滑っていきます」

 ――彼らの演技を見たことで、コーチになろうと決意した。

 「そう。こんな魅力的な選手を育てたいなと思いました」

 ――コーチになってどんな選手を育ててきましたか。

 「凝った振り付けをして試合に出したら、年配のジャッジの方に『なんで男にちゃらちゃら踊らすねん』と、言われました」

 ――今では当然、踊らなければ勝てません。

 「そうですね。こうなってしかるべきと思っていましたので、いい時代が来たなと思います」

 ――そういう時代を高橋選手も担った。

 「彼はまた特別。踊りというか滑りというか表現というか。それまでにあまり見たことがないスケーターでした」

 ――高橋選手を初めて見たときの印象は?

 「中学2年生で目の澄んだ、かわいい少年でした。夏休み、仙台の(本田武史や鈴木明子を指導した)長久保先生のところで合宿がありました。長久保先生、(元世界選手権銅メダリストの)佐野稔先生にプログラムを作ってもらうためでした。しかし当時、3回転ジャンプはサルコーとトーの2種類しかできなくて、佐野先生と長久保先生は『これで全日本どうやって戦うんだ』と心配なさっていました」

 ――踊りの面では?

 「私ひとりで喜んでたんやと思います」(会場笑い)「すごい子やな、と。周りの先生も期待しているようでしたけど、このジャンプ二つじゃ戦えないぞという評価でした」

 ――最初は長久保先生と佐野先生が指導するはずだったんでしょうか。

 「そうです。佐野先生に振り付けをお願いしていたんですが、佐野先生がテレビのお仕事で東京に行くことになって。そこで急きょ私が。(フリーの曲は)ワルソー・コンチェルトという私の大好きなピアノ曲。でも相手は中学2年生で、しかも子どもっぽい。『先生これ、無理ですよ。もうちょっと子どもらしくしたらどうですか』と長久保先生に言われましたが、編曲する時間もないし、とりあえずこれでいきましょうと始めたんですけど、びっくりしたんです。色んな選手を振り付けましたが、10言ったら2、3できればいいほう。しかし彼は、私が10言ったらその2倍も3倍もうまい。雰囲気を出す。あっという間にプログラムができて、最後のフィニッシュのポーズを作るときに、『ああ、もう終わっちゃう。残念だな』と思ったんです。それと同じことを、この間(ソチ五輪のフリーを振り付けた)ローリーさんが言っていました。『最後のポーズ、何だか寂しくなる』と言っていたんです」

 ――いつまでも見ていたい、と。

 「本当にすごく楽しかったです」「その後、1回ショートプログラム(SP)を見せてと言ったら、『ない』って言うので、(高橋選手の出身地の岡山県)倉敷市だったら(長光コーチのいる)大阪は近いから、週末にいらっしゃいと言って、急きょSPを作ったんです」

 ――高橋選手の家庭も経済的に余裕があったわけではなかったそうですから、大阪なら交通費を抑えられますね。

 「新幹線は使わず、在来線で来ていました。帰りは大阪駅から新快速に乗って帰るんですけど、すごく並んでいて混んでいたので、『少し待って列の前に並び、次の列車で座って帰れば』と勧めました。練習してふらふらで、高槻市のリンクから大阪駅まで私の車の後部座席でガーガー寝てるんです。もう、よだれ垂らす勢いで」(会場笑い)

 「プラットホームの一番前で待っていたんですが、列車が来てドアが開いたら、後ろのおばさまたちに『どうぞどうぞ』と譲って、結局自分は立って帰るんです」(会場笑い)「今もあのままです」

 ――アスリートとしては優しすぎるのではと言われます。

 「そうですね。そこで疲れをとって寝て帰るという考えはないんです」

 ――当初はその性格をどう思いましたか。

 「いい性格の子だなと思いましたけど、海外の試合に行って公式練習でライバルがいいジャンプを跳ぶと、拍手してるんですよ(会場笑い)。どうなるんだろうとは思いましたけど」

 ――強いアスリート像とは真逆の選手をどう育てようとしたのでしょうか。

 「本当に自己評価が低い。『僕なんて駄目です駄目です』と言い続けるので、怒ったらぺちゃんこにつぶれちゃうかもしれないので、あまり怒れなかったですね。いいところを褒めて。本当はもう少し厳しくした方が良かったかと考えたんですが、そうしていたら早くに辞めちゃっていたかもしれませんね」

 ――チームを組んで高橋選手を支えてきました。

 「(高橋選手が)愚痴をこぼして素の弱さを一番見せていたのは、渡辺トレーナーさんだったと思います」

 ――モロゾフコーチの役割は?

 「ニコライは大輔には欠かせない人だったと思います。自己評価を高めてくれたのは彼です。ニコライコーチについてもらったシーズンのGPファイナルで、銅メダルを獲得しました。日本人で初めてです。トリノ五輪前の2005年ですね。日本人(の男子)で初めて(表彰)台に乗ったので、私と大輔は満足なんです。するとニコライに、『おまえは満足してるだろう』と言われて、大輔も『もちろん』みたいな態度をとると、そこですごく叱られたんですね。『3番で満足するな。おまえはかならずトップになれる』と。私もびっくりしたけど、いいときにいいリードをしてくれました」

 ――高橋選手の成長はファンのみなさんの力も大きかったのでは?

 「それは本当にこの場を借りてお礼を申し上げたいと思います。どこの会場でも彼への声援が大きくて、彼の自信にもつながったでしょう。また、どこの国に行っても日本のファンはマナーが良いし、他の国の選手でも素晴らしい拍手をしていただけます。日本人としてもスケート関係者としてもすごく誇りに思っています」

 ――ソチ五輪を振り返るとどんな思いでしょうか。

 「いやぁ……。いまだに全日本選手権とソチの映像は見られないんです。うん。まあ、その一言ですけど。きっと彼にとって必要な場面だったんだと思います」

 ――ソチ五輪後に話し合いましたか。

 「今季が終わったら、いったんチームはゼロに戻してはどうかという話をし、本人も『そうだね』と言いました」

 ――なぜチームをゼロに?

 「大学の友人は社会人として仕事をどんどんやっているでしょう。でも彼は周りが全部お膳立てしてくれ、スケートだけしかやっていない。自信を持てないことにつながっているのかもしれない。引退後の人生のほうが長いですから、自信をつけるためにも、チームを解体して、自分の力で何かを作り上げることをしたほうがいいのかな、という気がしました」

 ――復帰するかどうかは聞いていますか。

 「時間をかけて答えを出せばいいです。夏にアイスショーを見て、日本でこんなにすてきなショーをたくさんできていることが驚きでも誇りでもあり、こういう在り方も一つの道かなという気はしました。彼はリンク存続や、若手が伸びるためにはどうすればいいかを気にしています。ショーを通じて、リンクの存続や選手のセカンドライフの道を増やすという道もあるのかな、と」

 ――今は休養中です。

 「世界選手権に初めて臨んだ2003~2004年シーズンの日記を読んでいたんですが、それから10年なんです。走り続けてきました。休ませてあげたほうがいいかなという気になったんです」

 ――高橋選手と歩んできてどんなことを得られましたか。

 「『継続は力なり』はもちろんですし、ピンチはチャンスだなと思うこともたくさんありました。あきらめずに、へこまずに継続して、前向きに生きていくことだなと」

 ――来場者からのたくさんの質問がきているので、答えていただけないでしょうか。ステップはどこに注目していれば、素人でも理解が深まるでしょうか。

 「下手な人ほどスタートの時に思い切りスピードを出して、後半は止まっちゃう。上手な選手はターンしながらもスピードが出る。高橋選手も上手ですが、パトリック・チャン選手、小塚選手は上手です」

 ――高橋大輔選手に関する質問です。心に残っている好きなプログラムは?

 「みんな好きですが、挙げるとしたら、(2005年)スケートアメリカで初めて優勝したときのフリー。SPが良くてもフリーで失敗することが多かったが、あのフリーができたことで新しい道が開けた。また、(銅メダリストになった)バンクーバー五輪のSPもフリーも素晴らしかった」

 ――高橋選手を指導してきた中で、苦労したことや素晴らしかったことは何ですか。

 「彼のスケートを毎日見ていられたというのは本当に、私は幸せだったなと思います。無我夢中でした。何とかこのスケートをみなさんに見ていただいて、表彰台に乗せたいと思っていた。ものすごく苦労したことは、ありすぎたのか、思い出せないです」

 ――指導中、何か大変なことがあったとき、どう対処しましたか。

 「大輔は(関西)大学に入学して都会に来て、大学の友達と一緒に遊びに行くばかりで、いい練習ができなかったので、その時はひどいシーズンでした。そのシーズンに入る前に大げんかをしました。お互いに泣きました。やっと本音で話し合えたと思います。その時、本人も『これしかないんだ』と思って戻ってきてくれました」

 ――どんな言葉をかけましたか。

 「『あなたがどういう演技をして、どんな成績をとっても、私はびくともしないし後ろに立っているから。何があってもびっくりしないから大丈夫だよ』という話をしました」

 ――頭ごなしに叱るよりは、寄り添い受け止めるような言葉をかけられた。

 「ひどい練習をした時に車の中で大声で怒鳴ったことが過去にあって、その時にプチ家出をしたこともありましたから。話し合えたことが大きな分岐点だった。『いつでも辞めてもいいよ』とも言いました。『だけど、やるんだったら私は後ろに立ってるから。どんなに悪くても一緒に立っているよ』とは言いました」

 ――高橋選手にこういう音楽で滑って欲しいというものがありますか。

 「今までアコースティックのギターで滑ったことがないので、一度そういうので滑ってみてよ、と話しました。フラメンコであるとか」

 ――ぜひ見たいです

 「私も見たいです」(会場拍手)

 ――モロゾフコーチはいつも何か言いながら見ていますが(会場笑い)何を言っているんでしょうか。

 「スピンの時、同じポジション(姿勢)でじっとしてろー、と。私の腕をつかんで見てるので、演技が終わったら痛いくらい」

 ――私への質問もあります。後藤記者から見ると、日本のフィギュア選手はそれぞれどんな印象ですか。

 私は記事を書くとき、子どものお手本になるポイントはどこかなと考えます。高橋選手は、失敗することや弱い部分があると素直に認めるんです。失敗は残念かもしれないが、失敗は成功へのスタート。失敗から学んで立ち上がって前に進むことが大切という姿を高橋選手に見たので、いいなと思って記事にしました。羽生選手は自分がリンク上でどうなっていたのかを言葉で的確に言い表せる。自分を客観視できる。小塚選手は、フラットで冷静で同じような精神状態でいられます。フィギュアスケートでは大切なことです。

 ――先生は、高橋選手に怒らないようにすることが自分にとって修行だったと言いましたが、滑りを見ることでそれに耐えられたとも言っていました。

 「そうですね。新しいプログラムを作るときにワクワクするんです。どんな風になっていくんだろうって。そこは幸せな人間だったなって思います」

 ――高橋選手の人間性をどう思いますか。

「初めて会ったときに本当に目が澄んでいて奇麗だなと思いました。純粋でピュアなところが好きなんです。そういう人間性が好きなんです」

 ――競技を続けてくれるでしょうか。

 「そうだとうれしいです。やはり競技のあの緊張感と、その後の解放感がすばらしい。でも、これは私が押しつける問題ではなく、本人が、どうするか。それを待ちたいと思います」

 「みなさんからお手紙やら激励をたくさんいただいてきました。この場を借りてお礼申し上げたいと思います。ありがとうございます」(拍手)


笑顔を見せながら指導者としての歩みを振り返る長光歌子コーチ


朝日カルチャーセンターの講座で語る長光歌子コーチ(右)


高橋大輔を指導する長光歌子コーチを招いて開催された朝日カルチャーセンターの講座「フィギュアスケートの世界」

長光コーチの大ちゃんに対する深い愛情が感じられるお話だと思います。

 ――高橋選手の人間性をどう思いますか。

「初めて会ったときに本当に目が澄んでいて奇麗だなと思いました。純粋でピュアなところが好きなんです。そういう人間性が好きなんです」


大ちゃんのピュアさを感じ取った長光コーチの印象的なエビソードですよね。

でなければ、自宅に引き取り指導しなかったと思います。

「本当に自己評価が低い。『僕なんて駄目です駄目です』と言い続けるので、怒ったらぺちゃんこにつぶれちゃうかもしれないので、あまり怒れなかったですね。いいところを褒めて。本当はもう少し厳しくした方が良かったかと考えたんですが、そうしていたら早くに辞めちゃっていたかもしれませんね」

大ちゃんは繊細で、心優しく感受性が高いからこそ、音楽を感じ取り、あれだけの表現ができるのだと思います。

あれだけの滑りができるのですから、もっともっと自信を持って頂きたいですよね。

結果だけでなく、これだけ長い間フィギュアスケート競技を続けてきて、実績と人気を得た事をもっと自信持っても良いと思います。

長光コーチが言う通り、本当に優しい高橋大輔だと思います。

大ちゃん、もっと客観的に自分を見つめて、大ちゃんのやってきた努力と実績を自分で自分を褒めても、もう充分に許される領域に達し過ぎていますよ。

早く怪我が治って万全な状態になって下さいね。

また好きな事も沢山していただきたいと思います。


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