シュンタスの台本置き場 兼 日記帳

シュンタスの台本置き場 兼 日記帳

自分の書いた声劇用台本を掲載していきます。
二次利用は許可なしでOKです(コメント・メッセージ等で感想など貰えるとすごく嬉しいです!)・・・たまに日記帳に化けます。

Amebaでブログを始めよう!


 

「バルカローレ」 作:シュンタス




最後に親父の漁船に乗ったのは、小学校を卒業する少し前のことだった。
それまでは誕生日にしか乗せてもらえなかったから、良く覚えている。


その日は、明け方の静寂を吸い込んだ冷たい潮風が、
耳を澄ませば届きそうな春の音色を掻き消そうとしているような。
まるで、時間が止まったような……そんな朝だった。


どれだけ服を着こんでも、するすると隙間から突き刺してくる冷気は、
今思えばこの仕事の過酷さと、孤独な時間を物語っていたのかもしれない。


すっかり縮こまった身体を両腕でさすりながら、ふと前を歩く背中を見た。
いや、正確には。その時見たのは、親父が背負っていた大量の仕事道具なのだけれど。
でもきっと、それが親父の背中だったことは、間違いないんだと思う。


水面に揺れる船。桟橋が見えて、親父の歩幅が大きくなった。
置いて行かれるのは嫌だった。だから小走りで付いていった。
気が変わって、船に乗せてもらえなくなるのが不安だった。
もしくはこの冷たい海に、親父1人を行かせることが、なのかもしれない。



「お前も、もうすぐ13だなぁ」



振り返りもせずに、船に荷を積みながら親父はそう呟いた。
あえて中学生と言わないところは、親父の意地の悪さかもしれない。



「船に乗せんのは、これで何回目だったかなぁ。13回目か」



いつもと変わらない淡白な声で、親父は言った。



「13回目か……こりゃ参ったなぁ。いや、こりゃ参った」



……何に参っているのだろう。
その時は本当にわからなかったけど、今ならわかる。
親父は照れ臭かったんだと思う。父親の顔をしている自分が。



「乗んな。しなきゃならねぇ話もあるからよ」



驚いた。口下手な親父が、自ら話があると言い出したこともそうだし、
今まで誕生日の時でさえ、親父に招かれて船に乗ったことはなかったから。


いつだって、親父は息子を船に乗せたがらなかった。
どれだけ泣きついても、駄々をこねても。
目を盗んで潜り込んだときは、海に放り出されたりもした。
だから衝撃だった。こんな優しい顔をしている親父は見たことが無かったんだ。



「どうだ。なんの気兼ね無しに乗る船ってのは」



聞くまでもなかったと思いなおしたのだろう。
親父は頭をかきながら、またぽつりと語り始めた。



「俺も死んだ親父……つまり、お前の爺ちゃんにな。いっつも船に乗せてもらえなくてよぉ。
 あの手この手を使っては潜りこんだ。んで海に放られた。ははは……血は争えねぇなぁ。
 12歳の冬、ちょうど今頃だ。親父に叩き起こされてな。お前と同じように船に乗せられた。
 で、同じことを言われたんだ。なんで親父がそんなことをしたのか……当時はわかんなかったが。
 でもな、今ならわかる。わかっちまったんだ……お前の父親になった時になぁ」



それからは、親父の子供時代の話が淡々と続いた。
その語り口は、昔を懐かしむようであり、悔いているようでもあった。
ただ親父は今、大切なことを話している。その実感だけが話しに耳を傾けさせていた。



「でよ……お前、船、継ぐ気あるか?」



咄嗟に首を横に振っていた。それがその時の、自然と出た本音だった。



「そっかぁ」



親父は頭を抱えて、残念そうに息を漏らしながら、それでもホッとした笑顔で。



「よかったよぉ」



そう、呟いた。
話が終わると、親父はまたいつもの親父に戻って、ただ黙々と漁を続けていたのを覚えている。



時は過ぎて。
俺は、高校を卒業することになった。
親父は去年、漁のさなか、嵐に巻き込まれて死んでしまった。


決まっていた進学を蹴り、俺は漁師になることを決めた。
親父の遺志を継ぐとか、そんな大それた話じゃあないけれど。
きっとそうするべきなんだと、自然に思えたから……。


――――数年後、結婚をして子供を授かった。
元気な男の子だった。近いうちに船に乗せてやろう。きっと、喜ぶはずだ。
勿論、漁師になりたいだなんて言い出さないように。中学生になるまでは、誕生日だけだ。






FIN.

 



自分で朗読してみた

https://soundcloud.com/shun-tas-690251051/lu7ggbyxo8vi/s-0hGwW