しゅく、ひとりじゃあそべない-2013053106300000.jpg

昨日はちょっぴり特別な日だったのだヒヨコ晴れ

時間が経つのはゆ~っくりなのに、目まぐるしい程に変わっていく景色。

浅草に通うようになって四年半経ちましたよ。

何故浅草に通うようになったのか・・思い出します。

日本を元気にしたいんだ。戦後の六区のように、またこの道に劇場が並び、人で溢れ、東京にもこんなブロードウェイみたいな場所があるんだ!!

そんな風に浅草を活気付けたいという想いに共感したのです。

私はいままで小さい時から歌や躍りやお芝居を身近に感じて育ちました。

それは好きなので続けてきたこと なわけで、

人の為に役立てよう!
なんて若かりし頃の私には考えつきませんでした。

少しづつ成長した私は上京し、ある節目を迎えます。
長く連れ添ったユニットの解散です。

自分達の未來を考え、若いながらに出した決断でした。

それでも私は自分の信じる道を歩き続けました。

信じる道とは、名ばかりでただ自分で選択した道という意味です。

私は、ちょっとした壁にぶち当たります。
そこには道はないのです。

ただ雑草が生えているだだっ広い野原。

可能性といえばかっこつきますが、

当日の私は


これからどうしようかな。
とまぁ、こんな気持ちでした。


でも続けてみよう。

それしかできないのが

いざわしゅくという人間です。

そして私はこの何もない危険な大草原にワクワクすら感じてしまう

危ないヤツなのです。

仲間同士で自主製作した舞台を公演しました。
スーツをきて、パンフレットの広告をとりに行ったり、懐かしい話しです。

それからすぐ浅草の話をききミュージアムのお話をいただき、青森へ飛び立つわけです。

これからどうしよう。から、数ヶ月で私の人生は激変!


はた織りや茶道をマスターして、大和魂を取り戻して帰ってきたのです!


やや大袈裟ですが(笑)



それから一年、ミュージアムというアウェイな空間で働かせていただきました。

着物を来て働くことも、
美術館で働くことも、


過去からは想像できない姿です。



ところがどっこい、人生というものは無駄がないのですね。 全ての経験が今の自分を支えて自信を与えてくれます。


素敵。



今やミュージアムは私のホーム家晴れ


そして今は


舞台人。

芸人。

として浅草に通っています。

不思議と

いつの間にか幼き頃の私に戻っているのです。

舞台に支えられて来たというほうが正しいのかもしれません。

おかげさまで浅草での一座の公演が千回を迎えました。