晴れ「他人に軽く扱われない技法」内藤誼人著より。チョキ

確かに、ある試験の結果が98点の人と95点の人ではほとんど差がない。本の売れ行きでも3万部売れた作家と3万5千部売れた作家では、大きな差とは考えられない。それが100万部ともなればすごい差である。

また営業マンの月の契約数が平均5件なら、それが8件だったとしても、誰も見向きもしてくれない。それが常に平均の5倍から10倍の契約を数年にわたって継続できていれば、周囲の見る目も変わってくるだろう。

注目され尊敬されるなら、圧倒的な差がなければならなかったのだ。外見の体格や強さならプロレスラーの体格と一般人ではまるで違っている。やはりプロの世界で生きている人は一見して違いがわかるものだ。

仕事では、まずは自分の得意な分野をつくることが第一で、そこに全精力を注ぐことがスタートとなる。あとは、どれだけ長く継続して努力を続けられるかだろう。筆者は心理学に詳しい。その能力を伸ばす努力をずっと続けているからこそ、評価されているわけだった。
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くもり「他人に軽く扱われない技法」内藤誼人著より。もみじ

筆者によれば「やさしい人」であることを自認する人は、たいていただ単に「気弱な人」であるだけの場合が多いようだ。そういえば、私もとくに若い頃は気が弱かったため、それがやさしさかと勘違いしていた。

やさしいと思われるよりも、むしろしっかりしていると思われたほうがトクするような気もする。みんなに愛されても仕事の成績がイマイチであれば頼りない結果になってしまう。

多少はわがままでも仕事では常にいい成績を残してる方が信頼されそうだ。社会人は結果を出せる人間が一番強いと思われる。ここに名言があった。(英国のものだろうか)

「クリケットの試合は得点で決まるのであって、品の良さで勝てるのではない」。サッカーでもある程度はラフなプレーは許される。イエローカードをもらっても、得点を入れるほどの積極性こそが評価される。

一般的には、強気になれるかどうかは、演技力によって決まる、と内藤氏はいう。人は内面より外面で評価するものだから、それらしい演技をしていればいいらしい。時には強気の姿勢を見せるものも有益なようだ。
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晴れ「他人に軽く扱われない技法」内藤誼人著より。アップ

(前日のつづき)
これもやや前日の内容と似ているが気になることだった。企業によってはいろいろな仕事をさせて総合的な力をつけさせようというところもあるらしい。しかし、場合によっては本人には迷惑なこともあるだろう。

むしろ誰にも絶対に負けないようなスペシャリストに徹するというのも、有益だった。自分らしさを出しながら仕事ができれば最高だとも思える。

スペシャリストとして誇るものがあれば強い。営業なら誰にも負けないというのも特技といえるだろう。とくに営業では結果こそが問われるから常にトップクラスにいることが条件だろうが。

入試にも一芸入試や特技による推薦入試はあるが、多芸入試はなかった。いずれにしても、スペシャリストになるためには、長年の努力の蓄積が必要になる。しかも常に人より優れていなければならないのはハードルが高い。
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くもり「他人に軽く扱われない技法」内藤誼人著より。もみじ

人に軽く扱われない方法の一つとして、誰もやっていない特殊技能を徹底的に伸ばすことがあるという。そして、自分という存在のブランドイメージが確立できればいいのだった。

たとえば、テレビでエジプト特集の番組が組まれると、必ずのように早稲田大学の吉村作治教授がゲストやコメンテイターとして呼ばれる。つまりエジプト=吉村作治というイメージがしっかりと確立されているからだ。

またおもちゃ博物館などを運営している、北原照久さんはおもちゃも収集歴が長く、世界的なおもちゃコレクターになっている。だから、おもちゃの鑑定というとしばしばテレビ出演している。

人があまり収集しないであろうものを長年にわたって継続していれば、それも特殊技能にもなりえるのだろう。「○○といえばあいつ!」といえるものがあればいいのだが。

晴れ「創造力なき日本」村上隆著より。走る人


実にシンプルだが、力強いワンセンテンスだ。アスリートという言葉がインパクトを与えている。この本の第一章は「アート業界で生きていくということ」とあったが、その最後の部分で目にしたフレーズだった。

このフレーズは20年間、世界でさまざまな経験を重ねてきた筆者が確信を持って言えることらしい。芸術家もまたアスリートだったというのは新鮮でもあった。

アスリートなら最高のパフォーマンスをするためには、つねに自己管理と鍛練を徹底してくり返さねばならない。勝つための段取りも大事なのだろう。

しかも、いつチャンスがやってくるかもわからないので、長年にわたって鍛錬を継続していくことが必要だった。決して思いつきやラッキーだけでは勝てない(生きていけない)世界だと思わせられる。

晴れ「創造力なき日本」村上隆著より。おとめ座

このあとには、“営業をしてでも、売らなければならないものです。”とあった。つまりその芸術作品には商品価値がなければ意味はないということでもある。

さらに「顧客に理解してもらう客観性が求められる」という表現もあった。そして、日本のアーティスト志向の人たちの意識からはこの部分が決定的に欠落していると村上氏は指摘している。

もっと現実的な言葉でも説明していた。つまりその作品にお金を出してくれる人がいて初めて現代美術を創作することができるということだった。

これは企業が資本を集めてスタートするのと同じことだということを意味していた。創作物が大きくなるほどその資金は膨大なものとなるようだ。だから、いつか自分の作品がわかってもらえればいい、などと考えていてもその日はまず来ないと考えたほうがいいようだ。

芸術作品といえども、まずは営業がうまくいかなければ、その後も創作を継続していいくことは難しそうだな。自己満足しているうちは、まだまだなのだろうな・・・
くもり「創造力なき日本」村上隆著より。ジーンズ

このあとには”デッサン力やセンスなどの技術ではなく「執念」です。”とあった。またサブタイトルには“アートの現場で蘇る「覚悟」と「継続」”ともある。

アーティストとして成功するための覚悟とは、何があってもやり通す覚悟という意味だった。また執念とは尋常ではないほどの執着力のことのようだ。

これらはビジネスで成功しようと思えば当然必要なことでもあった。つまりアートもビジネスも共通している部分も多いようだ。

ということは、アートの世界では、描きたいものを自由に描いているだけでは、その業界では生きていくことは難しいということだった。好きなだけで通用するのはしょせん趣味での創作活動に過ぎないようだ。

(先日この本を買った後で、昨日別の先日書店に行ってみたら、この本が大量に平積みされていた。数日後には筆者のサイン会があるらしい。かなり売れそうだな・・・)
「15分あれば喫茶店に入りなさい。」齋藤孝著より。

ここでのタイトルは“喫茶店で「雑談」のネタを仕込む”となっていた。たしかに、喫茶店は雑談を考えたりするにはいい場所だ。

話す相手によって、雑談の内容も異なるだろう。それを事前に準備することも大事なことだ。雑談は案外難しいらしい。それは慣れないと本当に雑になってしまうからだった。

内容が雑なものだったら、聞く方も楽しめないだろう。だから、つねにある程度のネタを用意しておかねばならなかった。映画を見た後、面白かっただけでは本当の良さは伝わらない。

仕事の雑談では、相手を楽しませれなければならない。もし、それ以前に二、三回話したことのある話題ならうまくいくらしい。15分でネタが一つ仕込めるだろうか・・・
雨「15分あれば喫茶店に入りなさい。」齋藤孝著より。温泉

ノートが土俵だというのは実に面白い表現だが、言われてみればその通りだと思える。かつてかわら版を書いていた頃、とにかく思いついたことなどをノートに書きだしていったものだ。

そこから、いくつかのキーワードを探して、本や辞書やネットで調べた知識をメモしたことを思いだす。そうして書いている間に何らかのアイデアが浮かんだこともあった。また芸人はみなネタ帳をもっているものだ。

齋藤氏は「喫茶店タクティクス」の七つ道具の一つとして、手帳、クリアファイル、三色ボールペン、A4用紙、ノート、電子手帳、時計(ストップウォッチ)をあげていた。

喫茶店に行くためにこれだけの準備をするのはやはりプロだからであろう。これでもかなり絞ったモノらしいが。ノートは自分の頭と緊張感を、現在進行形で最高度に保っておくためのツールだという。

やはりノートは主役なのだろう。たかがノート1冊でも、実に深い考えがあるものだと思った次第。ふだんほとんどノートを持ち歩いたことも使用することもないな。私などせいぜい折り畳んだ紙やメモ用紙を時どき持っている程度かも・・・。
晴れ「15分あれば喫茶店に入りなさい。」齋藤孝著より。もみじ

普段ほとんど垂直思考という言葉を使うことはない。これは水平思考に対する言葉で、自分のなかの深いところで思考を進めるというものだった。

もし、ネットサーフィンだけでものごとを見ようとしても、考えが次から次へスライドしていって、垂直に思考は深まることはないという。時間つぶしにはなるだろうが、そこからいいアイデアが浮かぶことはない。

考えを集中させるのに最適なのが喫茶店でもあるという。限られた時間だからこそ、有効に使おうという意識が働くのだろう。

齋藤氏はネット依存では思考は深まらないと語っていた。人間の頭も負荷をかけることで思考力は伸びるらしい。その場として氏には喫茶店は最適な場所だったようだ。