Romance In February 12 | ショート・ショート・ストーリィ

Romance In February 12

同性にも好意的に見える笑顔をさらりと作り上げる。
それは亜子にとって造作のないことのひとつだ。
実際比奈子は彼女の微笑む様を見、小さくほうと溜息を洩らした。

「はっ。亜子のファン? こいつは外面は良いがな、事務所内では魔女だぜ? 自分の仕事に有益になると思えば上司をも巻き込んで、強引に事を推し進める」
「魔女だなんて心外だわね。そういうのはプロフェッショナルと言うのよ」
「随分と良いように言ったな」
「豊、あなた今日傘は持ってきたの?」
「……傘?」

突然話題を転換されて豊が訝しげな顔をする。
丁度その時エレベーターが扉を開けたので、3人は会話を続けながら乗り込んだ。

「そう傘。午後から雪は雨に変わるみたいよ。でもその様子じゃあロッカーにも傘のストックが無さそうねえ。あーらら、可哀想に。こないだは件の魔女が傘を恵んであげたらしいけど、今回はどうかしらね。巷じゃあインフルも随分流行しているようだし?」
「……正真正銘の魔女め」

比奈子はふたりの遣り取りを背後に感じながら、自分のフロアに降り立つ。
ドアが閉められるまで、彼女はふたりに手を振っていた。

「……いい子じゃない」
「……ああ」

嫌悪感を押し込めたような笑顔ではなく、上の者を立てるそれを見届けたあと、豊と亜子は狭い箱の中で言葉を交わす。
それ以上の会話は得られなかったので、亜子は押し黙った豊を盗み見た。

「おい亜子、雨降ったら傘貸せよ」

表示板を見つめていた目が彼女を捉えて、ほんの僅かに細められた。
その冷たい輝きに自分が映し出されていることを認めると、亜子はこの時にはっきりと認識した。

自分はこの男を誰にも渡したくないのだ、と。



  Romance In February 13



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