日本一小さな美術館「串本応挙芦雪館」が串本無量寺(臨済宗)にある。

 江戸中期の画家 円山応挙と弟子長沢芦雪のふすま絵が所蔵され一般展示されています。

1707年 宝永4年11月 無量寺は大津波で流失 (現在地から少し離れた袋という小さな入り江の地区にあった)

1786年 天明6年 6月 愚海和尚により現在地に再建する。

なぜ応挙・芦雪の絵が串本に?

 愚海は若い頃、京都の本山、東福寺で修行中若き画家円山応挙と親しくなり「貴方が将来どこかの住職になった時、お祝いに絵を描きましょう」と約束を交わしていた。愚海は、本堂再建を機に応挙に絵をお願いした。応挙は、弟子の長沢芦雪に絵等を持たせた。派遣された芦雪は、無量寺の襖に絵を描く事になる。当時、成就寺(古座)・草堂寺(白浜)も新築落慶がなり、芦雪は足を運んでふすま絵を描いている。これらの絵は1979年国の重要文化財の指定を受けることになる。