昨年十二月に、清浄華院の「御身拭式」というご法要に参加させていただきました。法然上人様の坐像の一年間のほこりを、みなさま方とご一緒に払わせていただきながら、新たな一年をお迎えするにあたり、とても清々しい気持ちでおりました。

 

 ところが新年早々、そうした気持ちが雲りそうになる出来事がありました。当てていない「交通事故」の「加害者」となったのです。マイカーで直線道路を運転中、目の前に来た交差点を、青信号で左に曲がろうとしました。左手の横断歩道をこちら側に向かって渡って来る一台の自転車がありました。

 お母さんが荷台にチャイルドシートを付けそこにお子さんを乗せていました。重そうな自転車を引いて歩いて来ます。

 私は、横断歩道の手前で緩やかに車を停車させ、お母さんが渡り切るのを待ち始めたところで、その自転車がよろめいて目の前で転んでしまったのです。

 「えっ? 当ててないよね!?」

 一瞬驚きましたが、その場で車をとめ助けに向かいました。私が自転車をひき、親子を歩道まで誘導した後、車を安全なところへ寄せました。

 お母さんもお子さんもお怪我もなく、かすり傷さえありません。「大丈夫ですから」と言われ、これで一件落着かと思いきや、事態は一変したのです。

 そばで見ていた中年男性が、警察に通報し、そのお母さんに救急車を呼んだ方がいいと言い始めました。

 十数名の警察官がぞろぞろとやって来る頃には、お二人ともその場からいなくなっていました。お母さんとお子さんは結局、救急車に乗り病院に運ばれました。

 「加害者」となった私は、ものものしい雰囲気の中、一人で現場検証に立ち会うことになったのです。

 まるで狐につままれたような気持ちでいました。

 

 「転重軽受」(てんじゅきょうじゅ)という法然上人様のご法語があります。因果応報、過去に行った行為の結果が今に現れる、これが仏教の考え方です。起こったそのこと自体はないようにすることはできません。ですが、それをどう受け止め、解釈するかは自分次第です。目の前に起きた「厄災」を自分の心の中で軽くすることはできる、と上人はおっしゃっているのです。 念佛を唱えればお浄土に誰もが行けると言った上人は、時の権力者により島流しに遭いましたが、そうした中であっても逆にそれを幸いなこと、ととらえました。島でお念佛の教えが広められることを喜びとしたのです。

 しばらくこの「当てていない交通事故」の件は腑に落ちないでいたのですが、ある日、私はそのことを思い出しました。

 人間は生きている限り、思いもよらぬ辛いこと、苦しいこと、嫌なことに出会います。そうしたことを避けたりなくしたりすることはできませんが、軽くして受け止めることはできるのです。

 

 お陰さまで「災い転じて福となす!」、これが私の今年のテーマとなりそうです。曇りがちだった心も晴れ、いよいよこの三月二十八日から六日間、画僧としての集大成となる個展「凛として在りたい」を東京の青山で迎えます。一年の初めにこのようなことに出会え、上人のお言葉や生き方を思い起こせられたことに深く感謝し、これからの励みとしたく思います。

 
 

神奈川教区 桂林寺

永田英司

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法然上人様の一つの足跡

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 先般、香川県宇多津町在住の友人のお見舞いに行った時の事です。

 JR四国予讃線「宇多津駅」に降り立ち、お迎えの車を待っておりました。待ち合わせに時間がありましたから、普段は駅前に設置してある周辺案内図を見ないのですが、初めての駅であったので、ふらりと何気なく見ていました。

 “何と”その看板の名所旧跡に「法然上人杖堀の井戸」と記載されていたのです。まことに迂闊な話ですが、私はこれまで、法然上人四国流罪のことは十分に承知しておりますものの、「杖堀の井戸」というものが香川県にあることを知らなかったのです。

 偶然の案内図でしたが、お見舞いに来た所に法然上人様の足跡に出会えたのは、とてもありがたい不思議な思いを持ったものです。

 参拝しますと、一帯は公園の様に立派に整備されてあり、感激しました。杖で水源を当てるという行為は、古くは行基菩薩様や弘法大師様の逸話に出てきますが、我らが法然上人にもあったことはとても嬉しく思ったものです。入口の石柱には「法然上人御旧蹟杖堀の井戸」と大書され、奥の石碑には次のように記されております。(長文のため要約)

 『承元元年(1207年)に四国に配流の身となりしが、御高齢をもおいとなく仏法弘通の御足労。数多の奇端を顕され、おりしもこの山に御巡錫の砌、大干ばつに見舞われ、土地の人大いに嘆かれるを上人非常に憐れみ給い御自ら杖を持って岩間に挿し給えば、不思議なるかな清水湧き出し、干天続くも涸れる事なし。源空上人の御遺徳を偲び、杖堀の井戸と称して崇敬の念今に耐えざる也

 井戸には落ち葉等が入らないように蓋がされており、清水が湧き出ておりました。傍には遺徳を偲ぶ短歌が詠まれておりましたので、これも紹介したいと思います。

 『御佛の 身を持ちながら 法然の ここに傳える 杖堀の井戸

 『井戸の水 佛々と湧く 八功徳水 末の世に傳え 残さん御名号

 二句とも秀逸であり、とてもありがたく受け止めさせて頂きました。

 法然上人様により開かれた浄土宗は、平成36年に「開宗850年」を迎えます。多くの企画が予定される中、ここ「法然上人御旧蹟杖堀の井戸」の前でもお念仏の声が高らかに唱和されることを願って止みません。

 混迷の時代に身を置く私たちも、極楽往生できるという確かな信仰を堅持し、お念仏を中心とした日々の生活を心がけて、共に実践して参りましょう。

 

合掌

 

滋賀教区 西福寺 黒川 英正

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愛犬トムのこと

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 十九歳になる愛犬トムが四年前の正月八日突然姿を消しました。犬年齢の一九歳は、人間の九〇歳くらいに相当すると言われています。老犬とはいっても、トムは案外元気で、階段の上り下りもできるし、毎日の散歩も欠かしません。下の失敗もほとんど無く、本当に賢く可愛い私と妻の最愛の家族の一員でした。

 トムの最期は、私たちが世話をし、見守り、安らかな最期であるようにと念じておりました。トムにも私たちの思いが通じていると信じていました。

  トムと過ごした年月は、いろんな思い出に彩られ、様々なエピソードも数えきれないほど有ります。幼い孫のしつこい愛撫にも嫌な顔一つしなかった事。九〇歳を超える先代住職夫人の散歩のお伴。数を数えて(?)近所の小学生の讃嘆をあびた事。先代住職夫人が、大腸がんの診断で近所の町医者に入院した時、明日は、手術のため大病院への転院が決まっており、当分会えないだろうとの思いで、トムを連れて励ましのお見舞いに行きました。さて、そのあくる日、法務で忙しかった私たちのすきをぬって、トムは自分からお婆ちゃんに会いに行き、私たちがさんざん探し回って見つけ出すまでの数時間を町医者の入り口で、出てくるはずのないお婆ちゃんを待っていたのです。幸い、お婆ちゃんは、手術も成功して、それから一〇年余り長生きしたのですが、そのお婆ちゃんが亡くなるときにも不思議なことが有りました。転んで脳内出血をおこしたお婆ちゃんが、病院に運ばれ、長期入院を覚悟した私たちは、入院準備の為、いったん家に戻りました。その夜、無駄吠えなどしたことの無いトムが、突然、遠吠えをしたのです。そして、その直後、病院から電話でお婆ちゃんが亡くなったことを知ったのです。

 みんなに愛された心優しい愛犬トムは、自らの死を覚って、私たちの思いも知らずに、冬の寒いある日、何の前触れもなく姿を消したのです。残された私たちは、いまだにトムがどこかに生きているのではないかと、未練が捨てきれません。

 人は、周りに迷惑をかけたくないと。ぽっくり死ぬことを願いがちです。また、頭では死を理解しているつもりでも、心がそれを受け入れるには、なかなか難しいものが有ります。動物はその点、本能に導かれるままに、生き死にを受け入れているように思えます。

 私たちは、過去を振り返り、未来に思いをはせて生きています。動物とは違って、死んだ後の事を考えます。幸い、法然上人のお念仏の教えに出会わさせて頂いた私たちは、極楽への往生を信じて、亡き人との再会を願い死を受容することができます。私も年を経るごとに口から自然とお念仏が漏れ、自称若いと思っているらしい妻から、随分と年寄扱いされています。亡くなるときは、家人に未練が残らぬように、ぽっくり死には、なるたけ避けて世話になろうと思っています。

 

福井教区 専安寺 吉水 正善

 

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