今年も行ってきましたよ。


 

野球のない日は本を読もう。-お父さん




 ヤフードーム!



 今年は、時間だけはたくさんあるので。

 友人にも会いたくて、三泊四日で福岡に突撃してまいりました。

 福岡の駅ビルも新しくなりましたしね。


 友人から聞いていた通り、駅だけで全部用事すませられちゃうって感じです。

 キャナルシティも行ってみたのですが(このブログ書いている人はキャナルシティすら行ったことがなかった……!)、がらがらでしたもん。おかげでがっつり買い物する予定だったお店で、店員さんにしっかり時間とってもらえましたが……。


 駅ビルに矢場とんが入っているので、さっそくれつごー。

 そう、このブログを書いている人は、去年名古屋に三回も行っておきながらまだ味噌カツをちゃんと口にしたことがなかったのです!(ちなみにひつまぶしも食べていない)



野球のない日は本を読もう。


 もっとこってりかと思っていましたが、 あっさり。味噌ー! って感じでもなかったです。

 ここ最近、寄る年波のせいか、食欲が落ちてあぶらっこいものをうけつけなくなっていたんですが、これはよかった。

 ちなみに料理の写真がないのは……カウンター席で恥ずかしかったのと、あまりにおなかがすいていたためです。orz

 

 


 そして今回のお宿。

 ザ・ビー 博多

 去年、ファン感に行ったとき、名古屋のザ・ビーに宿泊したのですが、そのときとてもよいイメージがあったので、こちらを選びました。

 名古屋のザ・ビーでは、最初、禁煙のお部屋は用意できそうにないけど、ファブリ●ズ等をお部屋に準備しておきます、とのことだったのですが、結果的に禁煙のお部屋を準備してくださったし、スタッフさんの対応がすごくよくて。

 それで今回もこちらを選んだのですが……。

 うーん……ちょっと残念だったかも……。

 でも、こちらから聞いてみるべきだったのかもなあ、という部分もあるので(今回はインターネット予約で、こちらの希望をほとんど出していなかったし)、また宿泊する機会があったら、そのときはお願いできるようならお願いしてみようかと思います。

 朝食も、今度はホテルでとらずに駅の中とかカフェとか、いろいろ冒険してみようっと。

 来年はー……去年宿泊したところにしようかな。



 では次回はヤフードーム編。

AD

一段落。

テーマ:

 資格試験、終わりました。

 結果が出るのは今月末。

 それまでは忘れておこうと思います。


 これからまたちょっとやることがあるのですが、これまでよりは時間がとれそうです。

 またぼちぼち読書感想文も書いていきます。

 まずは先月末の、野球観戦旅行・福岡三泊四日の旅レポを書かねばだっ。

AD

取り急ぎ

テーマ:

 ここの管理人は、西日本の住民なので、元気にしています。

 震災の被害に遭われた皆様が一日も早く日常生活を取り戻せること、そしてお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りしております。


 今は資格取得に向けての勉強中で、働いて経済を回すことはできませんが、必死に勉強して社会に戻って、お金やサービスを生み出せるようがんばります。

AD

お知らせ

テーマ:

 しばらく更新していませんでしたが(いつものことですが)、本はちょこちょこと読んでいます。

 が、現在、資格試験のため、勉強に専念(というわけでもないんですが)しています。

 一区切りつく六月のなかばまで、おやすみをいただきたいと思います。


 ただ、そんな中でもシーズンがはじまれば野球観戦には出かけるつもりなので、球場でアドレナリン大放出したら、球場レポは書いているかもしれません。


 落ち着いたらまた、かならず戻ってきます。

 皆様、お身体には十分お気をつけて。

 

 なんとも怪しげなものを。

 と、自分でも思う。

 



あなたを成功と富と健康に導く ハワイの秘法/ジョー・ヴィターリ

¥1,470
Amazon.co.jp

ハワイに伝わる癒しの秘法 みんなが幸せになるホ・オポノポノ 神聖なる知能が導く、心の平和のため.../イハレアカラ・ヒューレン
¥1,575
Amazon.co.jp

 扱う内容が内容なので、このブログをはじめた当初、この本には触れないつもりでいた。

 だが、「こうなってほしい、ああなってほしいというのは自分の執着なので、それを手放してどっちでもいいというゼロの状態になったときに、本当に世の中にとって一番いい方向に物事が動きはじめるのです」――見つけてしまったその一文にふっと楽になったので、書いてみようと思う。


 2008年のわたしは、ほとんど鬱状態だった。

 薬こそ飲まなかったものの、病院にカウンセリングにも行ったし(当時のかかりつけのドクターが知り合いだったこともあって、「あなたのことを知ってるから、安易に薬を飲ませたくない」と言われていた)、

 あとから友人たちが話してくれたところによると、

「正直、ちょっと怖かった」

「痩せたっていうか、やつれてた。不健康だった」

「死ぬんじゃないかと思った」

「死ぬと思った」

 ……などなど、今でもあまり笑えないコメントが並ぶ。

 自分でもよく死ななかったな、と思う。

 

 当時は親元を離れていて、しかも海外にいたものだから、そのなんだかものすごいめちゃくちゃな精神状態の中でも生活のために働かなければならなかったし、身の回りのことは全部自分でする必要があった。

 あのころを振り返って、ほんと、よく生き延びたな、という感想しかない。


 そんな2008年もなんとか終わり、2009年がきた。

 ほんとうはずっとあの国に留まりたかったのだけども、まあいろいろあって日本に帰ることになり――日本に帰る少し前、ある友人が「ハワイの秘法」について、少し話してくれた。

 なんだかよくわからない名前の博士が、ハワイに昔からある問題解決の方法をもとに、精神疾患を患った罪人の収容所を変革させ、ついにはその収容所すら必要なくなった。ごめんなさい、許してください、ありがとう、愛しています、の四つの言葉で思考を清めるとかなんとか――こうしてそこそこ元気になった今でも思う、「なんだそりゃ」と。

 しかし友人は真顔で勧めるのだ、あなたに必要な本だと。日本に帰ったら探してみて、と。

 なかば無理矢理にその本の表紙のコピーを手渡され、そしてわたしは日本に帰った。


 日本に帰っても、ゆっくりする暇もなく(実際には一か月、仕事をはじめるまでに時間があったのだけど)仕事に就いて――四年半ぶりの日本での生活、慣習、常識にわたしはすっかり頭を悩ませることになる。しかも2008年に大いに苦しんだ悩みから完全に抜け出すこともできず……頭のどこかにひっかかっていたあの本を手にとったのは、確か2009年の七月ごろだったような気がする。

 そのとき、二冊同じものを注文していた。一冊は顔が思い浮かんだ友人のもとに送り、もう一冊は自分で読んだあと、悩んでいた友人に貸した。


 この本の中に書かれていることは、スピリチュアルなものを好まない人には受け入れがたいと思う。

 だからスピリチュアルな観点からではなく、わたしなりの解釈を記しておく。


 この問題解決の方法、ホ・オポノポノを語るとき、いくつかのキーワードがある。

 「起こることはすべて自分の責任である」、「記憶をクリーニングする」、「ゼロに戻す」――たぶん、多くの人はここでまず抵抗を感じると思う。わたしもそうだった。


 「起こることはすべて自分の責任である」――あの嫌な人が、自分に嫌がらせをしてくるのも自分のせいなのか。自分が何かしたわけでもないのに悪いことが起こる、物事がうまくいかない、これも自分のせいなのか、と。

 しかし考えてみてほしい。嫌な人、自分は特別何もしていないと「思う」「感じる」のは自分の心だ。自分の心という色眼鏡を用いて人は世界を見ているから。

 もしかしたらその人は厚意をもってしてくれているのかもしれない。自分も、もしかしたらこの現実を引き起こした原因となる行動をしていたのかもしれない――そんなことはない? では、そんなことはないといえる根拠は? だいたいその根拠になっているのは、自分の感情だということにお気づきだろうか。

 その感情を引き起こす「記憶をきれいに」し、プラスにもマイナスにも振れていない状態、「ゼロに戻す」。ありのままの世界を見つめ、受け入れ、愛する、それがホ・オポノポノであり、そのための「ごめんなさい、許してください、ありがとう、愛しています」なのだろう。

 この「ごめんなさい、許してください、ありがとう、愛しています」のおもしろいところは、別に気持ちがこもっていなくても機械的であろうと、「自分」に対して呟き続ければいい、というところにある。「相手」ではなく、自分の「記憶をきれいに」すれば、おのずと自分が変わり、周囲が自分の進みたい方向に向かって整理整頓されてくる――ホ・オポノポノの精神は、「他人のせいにしない」ことを大事にしている。何か問題が起こったときに、「これはあの人があんなことをしたから……」、「自分は自分の仕事をした。自分は悪くない」と、責任をとることから逃げてばかりいないだろうか?

 自分がしたことの責任を正しく自分がとる。そのまっすぐな佇まいは人間として大きく成長させるだろうし、その姿に周囲の人間も感銘を受けるものである。ホ・オポノポノによって引き起こされる「奇跡」の正体はこれではないのだろうか。スピリチュアルとかそんなものではなく、「自分のしたことは自分で責任をとる、という意識をみんながもてば、世の中よくなっていくよ」ということなのではないか、と。


 ――ただ。

 わたしがこの本を送った友人は、いくつか不思議な体験をしたそうだ。

 その話を聞いたのはもう一年ほど前なので、記憶がおぼろげになっているのだが、要約すると、彼女はその日、必死に「ごめんなさい、許してください、ありがとう、愛しています」を繰り返していたそうだ。

 すると、目の前に黒いもやのようなものが湧き上がってきて、これはなんだろうと思っていたら、青い光が現れて、そのもやを飲み込んだ、と。

「あの本を読んだ人以外には、理解してもらえないと思うけど……」

 彼女が付け加えたその一言は、あの本を読んだわたしにはよくわかる。


 本を貸した友人も、「あれのおかげでだいぶ楽になった」と言っていた。そしてずいぶん強くなった。

 わたしも、書いてみればどうということもないのだが――ちょっとだけ不思議な連鎖を体験をしたので、書きとめておく。


 「ハワイに伝わる癒しの秘法」――こっちのほうを図書館で見つけたのは、2011年がはじまって少ししたころだ。

 偶然、目に入ってきた。「ハワイの秘法」のほうをもう読んでいたし、その内容もだいたい頭に入っているから必要ないと思ったのだが、気づくと、手にとっていた。一度棚に戻した。結局、もう一度手を伸ばした。

 そのあと、別の棚を見ていたら、村上春樹の「Sydney!」を見つけた。わたしが暮らした街で開催されたオリンピックについて村上氏が書いたもので、昔読んだことはあったがまた読みたいなあと思っていた本だった。

 そしてまた別の棚を見ていたら、こちらも以前借りたのにまた読みたくて、しかし困ったことにタイトルが思い出せなかった本がちょこんと鎮座していた。

 その三冊を借りて、一週間ほどたって、「ハワイに伝わる癒しの秘法」をもって外に出た。

 「ハワイの秘法」よりは平易な文体で書かれているので(だから初めての人にはこちらを先に読むことをおすすめしておく)、自分がちょっと思い違いをしていた部分を修正することができた。「ハワイの秘法」を勧めてくれた友人に送ってあげようか、と考えた。

 そして家に帰ってきてみたら、連絡がほしいと思っていた友人から――わたしに「ハワイの秘法」を勧めた友人から、ほんとうにひさしぶりにメールがきていた。決してそんな内容じゃないのに、返信しながら、ここ一、二年、なかったような泣き方をした。返信したときにはすっと涙は引いていて、なんだかやけにすっきりしていた。


 どうということもない話である。

 普通の人からすれば、「だから?」と一蹴されてしまうに違いない。

 だがわたしにとっては、この一連の出来事はとても不思議な連鎖で、この先何が起こるんだろうとちょっとどきどきなんである(期待すらもクリーニングするように、と書いてあるので、とりあえず心から手離しておく)。

 

 と、ここまで長々と書いてきたが、このホ・オポノポノ、人生うまくいっている人には別に必要なかったりする(わたしに勧めてくれた友人も言っていた)。

 でももし、あなたが人生に絶望していて、それでもまだ何かを受け入れる余裕があるなら、読んでみてもいいかもしれない。

 本に書かれてあることを真正面から受け止められたら、生きるのがちょっと……いや、結構。楽になる。

 その証拠に、十三階から飛び降りることすら考えていたわたしはいま、野球に夢中になって生きててよかったと笑っている。