斎藤元園長は地震発生直後、災害マニュアルを無視して津波の起きた市街ルートに

スを走らせ津波に巻き込まれる。
助かった運転手が幼稚園に知らせて斎藤園長が現場に急行して子供達の

泣き叫ぶ声を聞いたがそのまま何もせず帰宅。
警察や消防に救助も要請せず助けに行こうとした保護者にも自分が子供達を

見捨てた事が発覚するのを恐れてバスの場所を喋るのを拒んだ。
保護者が知ったのは子供達が亡くなった後だそうだ。
火災が起きるまで10時間以上、夜通し子供達の泣き叫ぶ声が聞こえていた。
近所の人達は子供達の声を聞いて助けようと思ったが場所が判らなかったそうだ。
翌日深夜の火災に巻き込まれて子供達はバスの中で焼死。
もし斎藤園長が火災が起きる前に救助を要請、保護者に場所を教えていれば

子供達は助かった可能性が高い。
斎藤園長は、救助しなかった理由を「頭が真っ白になった」と、弁明したが見殺しに

する理由にはならない。
これだけの事をしていて自分には何の責任も無いと和解すら拒否し

斎藤元園長は裁かれて当然だ。
ちなみに幼稚園は高台にあり被害は受けていない。
残り一人の遺族が訴えたくても訴えられないのはあの震災で全員亡くなられたからです。

斎藤元園長が余計な事をしなければ子供達は死なずにすんだ。

早く子供を迎えに行かなかったからだ、火災が起きるまで場所も

探せなかった遺族が悪い自業自得だ、金目当ての卑しい人間だと

書く連中もいるが俺は遺族を責める気にはなれない。