シモデ先生のまあじゃんうんちく version2

題名の通り、マージャンに関するうんちく話を、自分なりの観点で紹介しています。最近はあまり書いていませんが(笑)。


マージャン強くなりたい、という人にはあまり役に立たない話ばかりかも(笑)。


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個人の気まぐれで書いている、ブログなんかは、

ギャラが出るわけではないので、

適当に書いていてもいいのですが。

いや、それなりに真面目には書いているつもりけどね(笑)。

 

「仕事」や「選手としての任務」として依頼された場合は、

そうもいきません。

 

「モノを書くためには、何も読まないわけにはいかない」

と思ったわけです。

 

しかし、元来「読書」というのが苦手な、しもでさん。

子供の頃から、活字を読むと眠くなるんですよね(笑)。

 

 

 

まずは、可能な限り、タイトル戦や公式戦の観戦記を読みました。

その場で起こった事を淡々と綴ったもの、

文芸作品みたいな表現で書かれたもの、などなど。

 

さらにぶっちゃけて言えば、

面白いものもあれば、つまらないものもありました(笑)。

 

 

 

あとは、主にスポーツノンフィクションもの。

競技そのものの魅力、試合の流れ、

選手の心理状態、選手やその周りの人の人物像、

そういったものを、映像や写真がなくとも、

文章だけで伝える事ができたら、と思ったのが、その理由です。

 

当時よく読んだのが、山際淳司さん(故人)、金子達仁さん。

 

山際淳司さんは、「スローカーブをもう1球」「江夏の21球」などに代表されるように、

野球を題材とした作品が多いのですが、

マイナースポーツもよく題材に取り上げていました。

棒高跳び、スカッシュ、ボート、登山、などなど。

 

あと、一流選手だけではなく、

二流のプロボクサー、名門ではない高校野球のチームなども、

題材になったのがありましたね~。

 

 

金子達仁さんは、学生時代はサッカー部で、

しかもサッカー専門誌の出身という事もあり、

文章から、サッカーに対する愛情が溢れていましたね。

他のスポーツを題材にした作品もありましたが、

やはり、金子さんといえばサッカーという印象が強いですね。

 

金子さんの本を読んで、

「私も、マージャン愛が伝わる文章を書ければ」

と思ったわけです。

 

 

 

他にも色々読みました。

 

鷺沢萠さん(故人)のエッセイ集。

日常のつぶやきも面白いのですが、

マージャンのネタが、これまた面白かったです。

 

競技選手の視点とはまた違った、マージャンの観点。

あと、マージャンをそこまで突き詰めて打っていないはずなのに、

マージャンの魅力がとても伝わってきました。

「マージャン強くならないと、マージャンの事を書けない」

と思い込んでいた私にとっては、目からウロコでした。

 

 

将棋棋士の先崎学さんの将棋エッセイ。

厳しい世界に身を置きながら、

少年時代の破天荒なエピソード、

先輩後輩棋士とのオモシロ交遊録、

将棋棋士という立場の厳しさ、

といった、将棋界のあらゆる面を、軽妙な文章で綴っています。

 

私も、

「競技マージャンの世界を、面白おかしく、

その一方、この世界の厳しい面を伝えられれば」

と思ったものです。

 

 

 

他にも、何冊か読みましたが、

当時読んだものは、血肉となったと言っても過言ではないと思います。

 

 

 

今回の話は、ひとまずここまで。

 

意外と長くなりましたね~。

「私が勝てなかった間にやってきた事シリーズ」は、

もう少し続きます。

 

ではまた~。

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「私が勝てなかった間にやってきた事シリーズ」

今回は第3弾、「観戦記者」です。

 

私がデビューした1997年あたりは、

「月刊プロ麻雀」という、麻雀専門誌がありまして。

麻将連合に限らず、公式戦の観戦記が掲載されていました。

 

当時新人の私は、

「とにかく公式戦でいい成績を挙げたい」

「いい成績を挙げ続ければ、いろんな仕事が回ってくる」

と信じて疑いませんでした。

 

それゆえ、麻雀を打つ活動以外には興味が無かった、

という感じでしたね~。

 

今の時代なら「バカじゃなかろうか」と思われそうですが、

当時は、そういう選手が少なくなかったと思います。

 

 

 

しかし、

「公式戦で好成績を挙げ続ける」

はずが、一向に成績が上がらないわけです。

 

前々回、前回でも述べましたが、

文章を書く事に徐々に慣れてきました。

 

そのうち、

「自分が一流の競技選手になれないなら、

せめて、競技マージャンの一流選手の戦いを伝えたい」

という気持ちが芽生えてきたのです。

 

 

 

最初に書いたのは、2004年度のμカップin東村山。

月刊プロ麻雀の2004年12月号に掲載されました。

麻将連合のホームページの「ダイアリー」を読んだ、

月刊プロ麻雀の編集の方から依頼されたのです。

 

久々に読んだのですが、ただのレポートに近いですね。

ただ、当時の私では、これが精一杯だったでしょうね。

 

 

 

月刊プロ麻雀が廃刊になった後、

麻将連合のホームページに、

μカップの観戦記が掲載されていた時期がありました。

2005~2006年あたりでしょうか。

 

その頃は、積極的に観戦記を書かせてもらいましたね~。

この1~2年で、確か3回くらい書いたんじゃないかな。

 

 

 

そして、麻将連合の機関紙「麻将新世紀」が、

2007年にリニューアル。

年2~3回のペースで、2013年まで発行されていました。

 

当時、観戦記者としての目標の1つだったのが、

「タイトル戦の観戦記を書く」という事。

2007年の「第10回BIG1カップ」で、念願を叶える事ができました。

 

ちなみにその時の決勝メンツは、

鈴木たろう選手(協会)

原浩明プロ

佐藤治史選手(当時、ツアー選手)

内田慶選手(現在は認定プロ)

という面々でした。

 

 

その後も、何度かタイトル戦や公式戦でも、

観戦記を書かせてもらいました。

 

そして、次の目標だった、

「麻将連合主催以外の大会の観戦記を書く」

というのは、2009年の「第3回・TwinCup」で達成。

掲載されていたサイトは閉鎖されましたが、

それでは勿体無いと思い、私のブログに再掲載しました。

お暇な方は、読んでみてくださいな。

 

 

3つ目の目標、

「他団体のタイトル戦で観戦記を書く」

というのも、2011年の「第6期最高位戦Classic」で達成しました。

こちらは、最高位戦のホームページに今も掲載されています。

 

 

その後、麻将新世紀の休刊もあり、

観戦記を書く機会は激減しました。

当時に比べると、教室の仕事が増えたから、

なかなか時間が取れなくなったけど、

機会があれば、またやってみたいなぁ、

とも思ったりして。

 

 

 

今回の話は、ひとまずここまで。

 

次回は、観戦記に限らず、

文章を書く勉強の為に読んだ本を紹介しようかなと思います。

 

ではまた~。

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東京に戻ってきても、

一向に成績が良くなる兆しがなかった、しもでさん。

 

そこで、考えたのは、

「競技の成績は時の運だけど、知識を増やすのは努力すれば出来る」

という事です。

 

「どうせ勝てないなら」っていう事で、開き直ったわけですね。

競技選手の姿勢としては、どうかと思いますが(笑)。

 

 

 

「私が勝てなかった間にやってきた事シリーズ」

その第2弾は「ブログ」です。

 

きっかけは、2004年くらいの事。

当時働いていた「シャングリラ下北沢」のホームページが開設されました。

その中の1つのコーナーとして、

マージャンに関するコラムを書く事になったのです。

 

月1回程度の更新でしたが、

当時は「文章を書く」という事に慣れていなかった事もあり、

何を書くか、毎月アタマを悩ませていました。

 

 

その翌年です。

このコーナーを「ブログ」にしよう、という事になりました。

「出来るだけたくさん更新してほしい」

という上司の指令が。

 

いやぁ、困った困った。

今でさえ、ネタを探すだけでも大変なのになぁ。

 

ただ、せめてもの救いは、

「ネタは何でもいいから」

と言われた事でした。

 

 

ならば、好き勝手書こうかな、と。

というわけで始まったのが、

「シモデ先生のまあじゃんうんちく」

 

最初の数回は、以前のコーナーの記事をそのまま掲載したもの。

第1回は、2005年の4月。

もう10年以上も前なんですね。

 

改めて読んでみたのですが、

「うんちく」と銘打ったせいか、

とにかく、マージャンに関する知識をひけらかそうと必死なのがわかります(笑)。

 

ただ、当時の自分なりに一生懸命書いたんだなぁ、

と、感慨深くもありますね。

 

 

あと、ブログのネタを増やすための勉強だったはずが、

結果として、専門家としての知識を増やす事にも繋がり、

以後の活動にも、色々役立ちました。

 

どのように役に立ったかは、後日書こうと思います。

 

 

 

今回の話は、ひとまずここまで。

 

今でこそ、競技選手のブログはずいぶん増えましたが、

2000年代前半の頃は、まだまだ少なかったです。

 

個人的に楽しく読ませてもらったのは、

とある、女子選手のブログ(現在は閉鎖されています)。

現在は選手活動をしていませんが、

現役時代は、若くして、実力を評価されていました。

 

記事の内容は、酒とかパチンコが中心でしたが、

まぁ、なんというか、奔放でしたね。

今の時代だと、イメージ悪くなるから書くのやめろって言われるでしょう(笑)。

 

今は故郷に帰っているそうですが、元気にしてるかなぁ。

 

 

そして現在。

今、個人的に一番楽しく読ませてもらっているのが、

武中進さん(プロ協会)のブログ

 

こちらは前述の某女子選手とは違って、

真面目な話、感心します。

特に競技マージャンに対するアプローチが面白い。

興味のある方は、是非一読あれ。

さらに興味を持った方は、ブログ内の広告をクリックしてあげてください♪

 

ちなみに武中さんも、昔からブログをやっており、

当時の数少ない、競技選手ブロガーの一人。

実は旧ブログ時代から、時々目を通していました。

 

 

他にも、真面目で面白いブログを書く選手が増えました。

私も気がつけば、ブログ開設からもう11年半。

初代は2005~2008年、

現在の2代目は2008年から継続中です。

これからも当分はマイペースで書ければと思います。

 

ではまた~。

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競技選手デビューから数年経った、しもでさん。

対局では、相変わらず負け続けていました。

 

 

 

麻将連合のプロとして認定されるには、

「競技・タイトル戦での強さ」

「専門知識」

「マージャン活動による経済基盤」

の3条件が求められます。

 

麻将連合のツアー選手というのは、

マージャンのプロを目指す立場です。

 

マージャンのプロを目指している者が、

マージャンが弱かったら、お話になりません。

 

ツアー選手という立場に甘えているつもりはなかったのですが、

競技の成績がともなわなくては、

そう思われても仕方ないでしょう。

 

このままロクに成績を挙げられないなら、

いずれは、選手としての活動を辞める時期が来る。

そう思っていました。

 

 

となると、辞める時期が来る前に、

自分が競技選手として生きてきた証を残そう。

そう思い、自分なりに色々やりました。

 

 

 

さて、長い前置きになりましたが、

数回に渡って、やってきた事を書いてみようと思います。

 

まずは、当時の麻将連合の名物コーナーだった、

「ダイアリー」です。

残念ながら、現在は見る事は出来ませんが、

確か2002~2008年くらいまで続いたのかな。

 

これは、麻将連合所属の選手が、

日替わりで書いていくコラム。

テーマは自由でした。

 

最初の頃は、無難な事しか書いていませんでしたが、

「せっかくだから、自分の個性というか、売りをアピールしてみようかな」

と思い、書き始めたのが、

「負け犬日記」でした。

 

「自分の売りは?」と考えた結果、

「あ、オイラって未勝利じゃん」

と、負け続けているのを、逆手に取ったわけです。

これをきっかけに、「自虐キャラ」が一部で定着し始めたのです。

 

一部の先輩からは、

「競技選手が負けを売りにするのはみっともないよ」

と言われた事もありました。

 

とはいえ、私自身も、

「競技の世界における自分の居場所」

を作るために、書き続けました。

 

ダイアリーで好き勝手書いた経験が、

その後の色んな活動に繋がったと思います。

 

 

 

 

今回の話は、ひとまずここまで。

 

「私が勝てなかったあいだにやってきた事シリーズ」

今回は第1回です。

 

現在のように、SNSが身近なものではありませんでした。

情報の発信もまだまだ限られていました。

 

逆に現在は、情報発信が簡単に出来るだけに、

不特定多数の方々に伝わるような工夫が必要です。

しかも、使い方を間違えると、

自分のダメージになります。

 

昔も今も、それぞれ大変ですね。

 

ではまた~。

 

 

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そろそろ、当時の選手活動についても触れてみますかね。

 

1999年~2004年あたりは、

全くと言っていいほど、鳴かず飛ばずでした。

 

ランキング戦は、下位集団を低空飛行。

μカップ、その他タイトル戦でも、予選落ちばかり。

たまに本戦に進出しても、上位進出は全くなかったです。

 

まぁ、今思えば、凄く下手くそだったし、弱かったし、

好成績を挙げられないのは、仕方ないかと。

 

とはいえ、まだまだ若手と思っていましたから、

「力をつけてそのうち…」

とは、内心は思っていましたよ。

 

 

 

しかし、周囲や先輩方は、そうは思っていなかったのでしょうね。

 

「しもでくん、早いとこ辞めて、他の道に進んだ方がいいよ」

「まだ若いんだから、やり直しが効くうちに辞めた方がいいんじゃないかな」

「選手という立場にこだわらなくても、競技は打てるんだから」

 

1人や2人ではありません。

数人の方々にそう言われました。

 

 

口論や喧嘩みたいな感じで、

「お前なんか辞めちまえ!」

みたいに、感情的になっているような状態で言われたのなら、

「あぁ、この人は冷静じゃないんだな」

って、割り切って聞き流せるんですよ。

 

 

しかしその時は、

私の将来を思うかのように(実際に心配してくれたのでしょうが)、

諭すように言われました。

しかも、数人に同じように。

 

こうまで冷静に言われてしまうと、

「自分のようなヘボは、選手でいちゃいけないのかな」

って、思ってしまうのが普通だと思うのです。

 

 

 

 

まぁ、これには時代的な背景もありまして。

 

15年くらい前までの競技マージャンの世界は、

「プロはまず強くあるべき」

という思想ありきでした。

だから、強くない者、成長が見込めなさそうな者は、

居てもらったら困る、という雰囲気でした。

 

麻将連合の大会に参加してくれるファンの方々からは、

選手に対する尊敬や憧れも伝わってきましたし、

「そういう方々を幻滅させてはいけない」

という思いがあったと思います。

 

だから、色んな人に「辞めた方がいいよ」って言われても、

「まぁ、言われても仕方ないかな」と、納得したものです。

 

 

 

言われても仕方ない、と納得したからといって、

実際辞めるかというのは、話は別。

いや、別なのか?(笑)

 

マージャンで生きていこうと思っている身としては、

そう簡単に辞めるわけにはいかないわけで。

「リーグ戦陥落」とかみたいに、

団体のルールで辞めなくてはいけないのなら、

諦めがついたのでしょうが。

 

 

しかし、そういうところだけは諦めの悪い、しもでさん。

結局、辞めなかったわけですね。

 

とはいえ、団体のシステムが変わったら、

いつ辞めさせられるかわからない、

という不安はあったわけです。

 

そこで、

「このまま、選手としての結果が残せなかったとしても、

競技マージャンの世界でやってきた証を残しておきたい」

という気持ちが芽生えてきたのです。

 

 

 

 

今回の話は、ひとまずここまで。

 

誤解している人もいるかもしれないので、念のため。

当時「辞めたらどうだい」と言った方々に対して、

恨みとかは全くありません。

あくまで、「そういう時代だった」という事ですから。

 

改めて、当時を思い出しながら書いたわけですが、

我ながら、諦めが悪いですね(笑)。

 

 

ちなみに今の時代だと、そういう事は起こり得ないです。

まずは、麻将連合を選んでくれた選手に感謝ですよね。

そして、選手として入会した以上は、

適材適所で活躍してほしいですから。

あと、他団体に比べて、選手数が少ないので、

団体の将来を担うかもしれない人材は、

しっかり育てないといけませんし。

 

まぁ、時代は変わるものですね。

10年後はどうなっているのやら。

 

ではまた~。

 

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