当時まだ小学生だったその少年には、欲しいものがあった。
それは、
パンクしたり変速がうまく作動しないとき
いつも行っていた自転車屋さんにあったんだ。
そこの自転車屋のオヤジさんは、油で汚れた真っ黒い手で
いつも仕上げにたっぷりと油を注してくれたんだ。
チェーンやギアの動く部分、スタンド、レバーのあたり・・・
そのオイルは少しドロッとしていて、効き目がとても長持ちしたんだ。
油の色は真っ黒だった。
「その油が欲しい!」
仲間うちでも評判のその油は、いつしか「ブラックオイル」と呼ばれるようになった。
まさに、魔法の油だったんだ。
うちにあったのはさらさらしていてすぐに油切れしてしまったのに、ブラックオイルは全然違うんだ。
近所のホームセンターや工具のあるお店に入ると
いつでもそのブラックオイルがないかすぐに探した。
でも、見つからなかったんだ。
欲しくてしょうがなかった・・・・魔法の・・・ブラックオイル・・・。
結局、見つからなかったんだ。
時は経ち・・・
少年は大きくなり整備士になった。
バイク屋で修行させてもらい、しばらくしてお店を出した。
気がつけばあの時の自転車屋のオヤジさんと同じ、油で汚れた真っ黒い手になっていた。
そしてある日・・・ふと「ブラックオイル」のことを思い出したんだ。
実にあれから30年近い月日が経っていた。
そして気付いたんだ。
「あれって・・・」
「カブの廃油じゃね?」
では、また。