“おニイさん、寄ってらっしゃいな。私のサービス、極上よ。
どんな男もたちまち虜になるんだから……”
たぶらかすような妖熟女の微笑みで、
テーブルクロス風大衆的ワンピースの裾もあらわな
逆半ケツの媚態は、まるで飛田新地の妖怪通り…………
去年の駄アルバム『Very Very』は、
そんな痴女風ワーストドレッサー賞ジャケットも、
タイトルやタイトル曲アレンジのたわけた安手の響きも
ファンをどん底まで萎えさせてくれたわ。
クラヴサン曲風のイントロのみ泣けるそのひと月前のシングル「涙のしずく」も、
寄る年波を人の夢とペンで書いて儚みうらぶれてるみたいな面持ちの
DVD付盤ジャケや
侘しさの極みの果ての明菜風バラードに難破船のように気が沈められるばかりで、
聖子の50代の展開に絶望したものよ……ババァ。
ところが、大つごもり恒例のお祭り騒ぎ風年跨ぎライブをお仕舞いにし、
数日繰り上げて開いた新種の年末公演”SEIKO Ballad”は
他にはひばりちゃんしか似合わぬようなぬめりをたたえて白光りするドレスで
大物オーラをより燦然と増幅させ、
齢相応ながら逆ブリッ子にも見えちゃう重鎮的偉容に
改めて畏れをいだいたわ。
ただ、DVDを見れば毎度のごとくとても神秘的。
「SWEET MEMORIES」「あなたに逢いたくて」みたいに
累々と歌い続け歌い慣れまくってるはずの
聖子スタンダードナンバーの歌唱にはハラハラさせられるのに、
「赤い靴のバレリーナ」「水色の朝」とか
アルバムお宝曲の方がスラスラ歌ってるんだもの。
それでもこのアダルト企画が大成功なのは、
ファンの半生の幾星霜をも慰安するようなSUPREMEな選曲。
恩寵かとひざまずきたくなるほどで、五十路聖子も一転楽しみになったのよ。
2000年代から唯一選んだのが
さよなら原田真二の2005年以降、ふたたびの自信満々自身全作詞時代には珍奇な、
母より作詞作曲才能ありげな沙也加による静謐な「bless you」ってのも乙。
さらに、「いそしぎの島」の下剋上が
夏の扉百枚開けたみたいに痛快でフレッシュだわ。
1984年夏のアルバム『Tinker Bell』収録の潮騒系バラード2曲のうち、
ベスト盤の定番で名曲扱いだった「Sleeping Beauty」を思わせぶりなインストのみであしらう一方、
長らく顧みられずも近年コンサートでまた歌うようになったこの曲を
昨年末に続きまたもしっぽり歌ってるのがうれしくって。
「Sleeping Beauty」は、午後の渚のきらめきが甘く溶け込んだボーカルが
冷えたマルガリータのようで、聖子の夏を彩る名バラードのひとつだけど
曲そのものはちょっと類型的ね。
雅やかな気品とドラマに満ちた「いそしぎの島」の方が曲のレベルは格段上なのに、って
29年来のモヤモヤがすっきり晴れ渡ったわ……
……1983年晩夏、森厳なバラード「ガラスの林檎」から仕掛けたつもりの
聖子大人化計画は、
そのB面「SWEET MEMORIES」の瓢簞から駒風国民皆感服的大ヒットと
晩秋~年末に切なく酔わせた「瞳はダイアモンド」のつややかな歌唱で極まり、
ファンもアルバム『Canary』で、突然の成熟or夢幻楽曲&練達歌唱の「Misty」
「Wing」「Party's Queen」「Silvery Moonlight」で驚嘆させられ、
そんなハイグレード路線は翌84年の「夏服のイヴ」や
「いそしぎの島」「ピンクのモーツァルト」へと流麗に展開したわね。
聖子No.1かつ日本のpop music指折りの別格ハイグレード楽曲
「SWEET MEMORIES」には適わずとも
「いそしぎの島」は、タイトルに負けず名画のワンシーンにうっとり見とれるような
贅沢な夢心地になれる曲で大好き。
詞は聖子全曲の中でも最高水準。松本隆作品としては数少ない失恋詞仏恥義理の最高峰。
イチャついてばかりのA面曲たちの裏で1982年には「マドラスチェックの恋人」、
翌83年には独演ミュージカル調の声量朗々たるバラード「レンガの小径」と
B面曲で失恋詞を試み、
同83年の至宝アルバム『ユートピア』中の躍動系夏歌最高傑作「マイアミ午前5時」で
ひと夏の恋の清算を綴っても依然定点観測に終始し、
A面曲初の失恋詞で当時話題を呼んだ「瞳はダイアモンド」では
さすがに全曲作詞がこたえてきたみたいに言葉遣いが粗めになり気遣わしかったけど、
「いそしぎの島」はアルバム曲だから気負いがないのか
それとも聖子楽曲初起用尾崎亜美のSlow Dancin'なメロディにビビビと来たのかしら。
冒頭の一句“♫柱の陰で”からただならぬ気配をさりげなく醸し出せば
聖子も共鳴したみたいに、
続く“♫あなたを見たのよ”の語尾で音を外し、
新しい女との姿を目撃した動揺を表現してる。
非シングル曲は明確なサビが求められないのか、
尾崎亜美はその創作上の自由を謳歌し
Aメロの後はワンフレーズためた後
さぁ、ここから抑えきれぬ恋情を吐露して下さいと言わんばかりの
不意に駆け出すようなメロディ。
“♫誰と踊ってもおこることも出来ない”
“♫薄いドレスへと風がじゃれて遊ぶ
きっと見せつけて嫉妬させる気なのよ”
…二題目の詞では自然現象さえ憎ませ、ラストでは
“♫Twilight 透明なメランコリー”
…翳りゆく光景と共に、尽きせぬ愛執を鎮める大人の女へと着地。
メロディと詞とアレンジの三位一体ハイグレードを
さらにキラキラきらめかせるのが
聖子全キャリア中、最も透明度の高いボーカル。
メロディと詞に感応したのかしら。
84年夏の「ピンクのモーツァルト」のB面「硝子のプリズム」では
ドライでハッピーエンド風の曲調に
堂々と明菜やみゆき的シチュエーションの嘆き節を乗せるなど、
せっかく失恋詞も冴えてきたっていうのに、
松本隆と聖子の蜜月時代は
この半年後の84年末のアルバム『Windy Shadow』で終わっちゃうの。
1986年『SUPREME』~88年『Citron』? あれはオマケでしょ。
先行シングル「ハートのイアリング」も失恋詞だけど、
かなしみ笑いしたくなるほどのバカ詞。
きっともう限界だったんでしょう。
ただ、『Windy Shadow』には
もう一つの失恋詞の佳編「今夜はソフィストケート」があるわ。
昔の男にメシに誘われ心揺れて酔っぱらって困らせ涙こらえて裸足で踊るという
女優にも演じきれぬような至難の筋書きに耳奪われ聖子ラジオドラマ気分で聞き入っちゃうけど、
佐野元春がいくら聖子の曲依頼に喜び勇んでHolland Roseなどとカッコつけようが
バカ詞のハートのナントカに引き続きトキメかないメロディなんぞつけやがって台無しだわ。
破局婚約休業結婚と前半生き急いで世間をぶったまげさせ続けた1985年の日本語シングル2作のA面が
共に尾崎亜美作詞作曲なのは、「いそしぎの島」がスタッフに評価されたからでしょうね。
類似の採用例は87年の「雛菊の地平線」→「Pearl-White Eve」の大江千里にも見られるわ。
一般的には前年までほどは評価されてないみたいだけど、私は1984年の聖子が一番好き。
実はボーカルも楽曲も、ルックスさえも一段と躍進した面もあるのに、もったいないわ。
曲に関しては仕方ないかしら。シングルA面曲からだけでは判らぬ躍進だったから。
良くも悪くも、この年の第1弾シングル
「Rock'n Rouge」が聖子のターニング・ポイント。
前年末、これから大人の女性へとつやめいていく聖子を
思いめぐらせるような曲路線をしこたま仕込み
年明けに、新曲は聖子出演の化粧品CMのテーマソングってニュースに
なおさら期待高まったのは、今では尋常ながらも
当時は歌手本人が化粧品のCMに出るなんて未曾有の革新的祝事だったから。
ところが、英語ならともかく日本語をハメるには
ちょっとイジワルな試練風メロディにヤられ
詞が俗に流れて軽佻浮薄に成り下がってしまい、
啓蟄や春爛漫のピークに浮かれてサウンド総小躍り状態のはっちゃけたアレンジが
華やぎのベールでまとめてはいるものの、
一聴するとアッカンベーをかますみたいなチャラい春歌は意表を突きすぎ。
期待を裏切るにも程があったわ。
B面「Bon Voyage」の幼稚な曲調と唱法、白痴風の音程の外れっぷりにも唖然とさせられ、
前年末まで完璧に積み重ねてきた曲路線や品格、評価さえ引き潮の波みたいに消し去ってしまったよう。
その後、聖子がやや迷走したように見えたのは、
ここで裏切りすぎていろいろチグハグになっちゃったからじゃないかしら。
映画『夏服のイヴ』もガンだったかもね。
前年貫徹したヘンテツもないストレートショートヘアを
年末だけ「瞳はダイアモンド」に合わせて艶っぽくアレンジしたのに、
ガン映画は例の直毛短髪でキメるってことになってたのか
2~3月の撮影に合わせて髪型だけ後戻りしたの。きっと本人も飽き飽きだったんでしょう、
堰を切ったように直後から髪型やメイクもprogressiveにハジけ続けたのは良くても、
まず試みた爆発気味の髪型と不可逆的に滲み出ちゃう大人の女の色艶は
前年夏の「天国のキッス」よりノーテンキでガキっぽい「Rock'n Rouge」には最早似合わないのよ。
さらに知能退行著しく腑抜けちゃったような次の「時間の国のアリス」で
見るたび異なるエッジの効いたルックスを造形しても曲調との乖離甚だしく、
7月公開の『夏服のイヴ』の聖子は化石のように古めかしく見えたわ。
夏のアルバム『Tinker Bell』も3年ぶりに好評じゃなかったし。
1980年夏のデビュー作『SQUALL』をはじめ、
2作飛んで81年秋の『風立ちぬ』は後付け評価にしろ
83年冬の『Canary』までアルバムは出る度どれも名作の誉れ高く、
アイドル歌謡のアルバムが当時チャートを競い合ったユーミンやサザン、達郎などの
トップアーティスト作品と比べても遜色ない完成度を認められるなんて
日本のポップス史上革命的な出来事だったのに、
『Tinker Bell』の1曲目「真っ赤なロードスター」は
反核歌と知られずも世界的に大ヒットしたNENA「99 Luftballons」のパクリとそしられ、
“四次元の光に輝き 聖子、神秘的”ってLP帯のコピーが目指した不思議コンセプトも
取っ散らかりふぞろいのガラスみたいで、
アルバムに対する堅牢な信用もこわれてしまったよう。
クロスフェードするが如く明菜が風格を上げてきたから
表舞台では聖子の貫禄も痩せて見え始めたのよ。
それでも私はこの29年間、初婚前の他のアルバムと同じ頻度で
あの血塗られたような不気味ジャケを棚から引っ張り出し続けてきたわ。
「いそしぎの島」と、もう1曲「密林少女(ジャングル・ガール)」のせい。
例えば、真夏の日南海岸沿いに
永遠さえ感じるように青く色濃く深く果てなく広がるフィリピン海を眺めながら
「青い珊瑚礁」「SQUALL」「ロックンロール・デイドリーム」
「パイナップル・アイランド」「天国のキッス」「マイアミ午前5時」「密林少女」
「夏のジュエリー」「No.1」と、聖子超ハイテンションサマーソングを
大音量でぶっ続けて聴き倒す時には欠かせないのよ。
この年、聖子の声質は水晶のように一層clear&lightになり、その影響か内面的変化かスタッフ指示か
「いそしぎの島」「硝子のプリズム」のように
ボーカルの洒脱な透明感際立つ曲もあれば、
「密林少女」「薔薇とピストル」は軽やかなのにグウの音も出ないパンチを効かせて
カラフルな表情も妖しいニュアンスも次々飛び出す
アトラクションばりのノリで楽しませ、
「ピンクのモーツァルト」では大人版ぶりっ子唱法をケロリと余裕でお披露目するなど、
曲調やフレーズにぴったりマッチし聴き手を虜にする声遣いを
電子頭脳的にたちまち選び、言葉や音符の隅々まで丹精を凝らし歌い込み尽くして唸らされるのは、
前年までと違いアイドル的な仕事をセーブしたことも関係してるかしら。
映画も2本撮ったし、ハワイ短期留学とかダブル恋愛とか
プライベートもお忙しかったはずなのにね。
「密林少女」は、重量感あるゴムマリ状にはずみまくる『SQUALL』の大爆唱
「ロックンロール・デイドリーム」と双璧をなす全開ノリノリ唱法の横綱。
その大爆唱に始まり「Rock'n'roll Good-bye」「ハートをRock」など“Rock”と付けば
プロらしく曲調と詞に合わせてぶりっ子は封印し、
竹を割ったような歌唱をカマしてくれたのに、
「Rock'n Rouge」はカネボウを意識したのかサビのぶりっ子詞に唱法も釣られちゃう。
ただ、サビまでの竹割りでは、初めて完全に男に対して上から目線の詞を
“本当のアタシってこんな感じ”と言わんばかりに開放的に気持ち良さげに歌ってらっしゃる。
83年は「天国のキッス」“♫誘惑されるポーズの裏で 誘惑してるちょっと悪い子”的姿勢をキープし
『Canary』の「LET'S BOYHUNT」もズル賢いぶりっ子に徹してたけど、
年が明けたら歌キャラを昇段させ、男より上位に立つ強さもバリバリ聴かせ倒していったのよ。
1976~78年の百恵の
「横須賀ストーリー」~「イミテイション・ゴールド」~「プレイバックpart2」に匹敵する、
スタッフと作詞家と歌手が一丸となり歌の女を年を追い強化させた鮮やかなプロのお手並み。
継続的作詞家を持たなかった明菜は、自らのパフォーマンスを強化表現していったわね。
「マイアミ午前5時」とかアップテンポな曲ではただ勢いに喉をまかせて歌っていた聖子が、
「密林少女」を最高潮テンションのノリを楽しむように歌い飛ばしまくったのは
ややファンタジー設定ではあっても、“♫私はジャングル”“♫力づくでつかまえていいのよ
たぶん無理ね あきらめなさい”“♫冒険する勇気がなければ 生きていても退屈なだけ”
“♫スリルが好き”とか、1年後に露になり、つい昨年の3度目の結婚まで世間を驚倒させ続けた
聖子の強く奔放な本性が意気投合する非ぶりっ子フレーズに溢れてるからに違いないわ。
男を手玉に取る超強気な気っ風の良さは半年後に『Windy Shadow』の
「マンハッタンでブレックファスト」「薔薇とピストル」「Dancing Cafe」で
たくましく続けざまに歌い極めた後、
希代の多情的実人生にもかかわらず再度お目にかかれたのが
2002年の英語盤『area62』の「chameleon」たった1曲だけなんて!永遠のぶりっ子め。
1984年のことばかり思い出したのは……
……ライブDVD『Seiko Ballad 2012』に続き、
今年リリースのアルバムタイトルが『A Girl in the Wonder Land』だったからよ。
ボケ気味だった「時間の国のアリス」や『Tinker Bell』のコンセプトを
29年経ってやり直す気かしら…50過ぎて何がガールよ…うまくいくもんか…うまくいった奇跡!
先行シングル「LuLu!!」だって、
50過ぎて何がルルよ…何年惰性でシングル買ってるとお思い?…
聴いてみれば、あら、2005年の「永遠さえ感じた夜」以来のいい曲。
アップテンポなら……1988年の「Marrakech~マラケッシュ~」以来、四半世紀ぶりの感激。
筋金入りの執拗な少女性で通じ合うCharaに曲依頼なんて
誰の名案かしら。
竹内まりや作の「特別な恋人」がつまんなかったのは、
常識人の社交辞令的な曲だから。
聖子と同じ熟少女でも奇人変人の類いのCharaは
もちろん変化球メロディをこさえ、
尋常では済まぬ期待を裏切らないの。
まずこの期に及んではにかむ風のメロディを、リズムに乗せずに溜めて
熟少女の共犯のように焦らし
その分サビでは「Rock'n Rouge」と拮抗するほど一気に満開に華やぎ、
しかもはしゃぎっぱなしじゃなく華を収めてサビを締める巧緻な音符のタペストリー。
時空を超えそうな魔力含みのメロディに聖子は常習的語彙のみで詞を仕上げられず、
どこぞの地域の訛り風の発音も怪しげなフランス語混じりでお茶を濁すしかなかったせいで
珍名曲ぶりがなお一層あざやかに。
DVDを見て覚えた簡単すぎる振り付けを
この夏、電車の待ち時間なんかに何度こっそりやったことでしょう…ルル楽しかったわ。
全身運動で人目につく明菜の振りとは違い、
「夏の扉」「天国のキッス」「ピンクのモーツァルト」とか聖子のサビの振り付けは所詮腕先だけだから、
カバンを持ち替えるフリで人知れずデキちゃう。
29年ぶりにレパートリーが増えるなんて、長生きもいいものね。
本物の少女では出せない高品位を熟少女二人が醸成した「LuLu!!」はアレンジも高品位。
クレジットを見れば、あらまぁ?去年の駄アルバムと同じメンツ。
人間、やればできるのね。
アルバム『A Girl in the Wonder Land』も、
歳のせいで涙腺が弛みそうな歓喜を噛み締めて聴いてるわ。
聖子のアルバムを買って繰り返し聴くのなんて、
1996年の『WAS IT THE FUTURE?』以来17年ぶり。
何が歓喜って、初婚前のアルバムたちと同じように
輝くSeikolandへ連れてってくれるのよ!
ジャケット写真だってDVD付のは人類の奇跡に挑むが如き
まぶしいビキニ姿でまさにタイトルの体現。
驚喜させられるのは、Charaと久保田利伸による3曲以外は
相も変わらず聖子と小倉良+αの制作だってのに、
去年の救いのないババ臭さから
精神まるごと悔い改めたかのように
気合い入りまくりの意欲作ってこと。
四半世紀弱の長きにわたってほんの数曲を除き
陳腐を極め尽くし続けたメロディとアレンジが、
ここでは別天地で作り上げたみたいに
活き活きと潤い、微笑み、飛び跳ね、飽きさせないの。
冒頭タイトル曲がOlivia Newton-John「Xanadu」のまんまパクリなのはヤだけど、
70年代~80年代初頭のアメリカンポップスサウンドのきらめく風が、懐かしさ、心地よさと共に
お互い重ねた歳月なんぞ忘れさせ、wonderlandへと手を取り招き入れてくれるわ。
「LuLu!!」を経て、田園風景的になごむ「Fairytale」までの3曲の流れは上出来。
全編完璧な『Pineapple』『Candy』や、後半まで完璧な『SQUALL』『ユートピア』には適わないけど、
『Windy Shadow』以来、これも29年ぶりの興奮だわ。
詞はまぁいつも通りでも、音像世界に魅惑されて幸いにもちっとも耳に入ってこないの。
聖子の作曲って、ひたすら拙く浅くバカっぽく聴くに耐えなかった90年代に比べ、
あばよ真二の2005年以降は曲調に余裕やバラエティが出てなぜかいささかアップグレードしたのよ。
40代ならではの熟女の艶を媚薬のようにふりかけた「瞳とじて」は初婚前の曲たちと同じぐらい大好き。
今回みたいに相当意気込めば名曲名作が生まれるのね……ごくまれに。
「花びら」だけに留めず懲りぬ自身同名異曲の「カリビアン ウインド」は
初婚直前の先代「Caribbean Wind」の諦観的名唱&楽曲の足元にも及ばず聴き流しても、
続く「Oh! Darling, Listen to me!!」でハネまくってノる気満々のサビのメロディに躍らされ、
ほんのりとした小倉良の作曲の才能さえwonderlandに思えるほどよ。
曲だけ提供の「LuLu!!」に比べ、詞曲共に手がけた6曲目「ひみつ」はChara色がどっぷりねっとり濃厚で
つんのめって時空からはみ出そうなテンポの中、爛熟した少女性は発酵し糸をひき合うようで
聖子もコシのある声で歌いねばって応え、奇怪千万摩訶不思議名曲を産んだわ。
2000年代前半の原田真二はまぁどうでもいいから除いて、
これまで詞曲同じ作家は尾崎亜美と矢野顕子、娘ぐらいよね。
アルバム曲ってこともあるだろうけど、こんなに他の作家色に潔く染まったのも初めて。
久保田利伸作曲「白い月」は感慨深いわ。
聖子とR&Bの邂逅……積極的に歌ってこなかったのは自身がR&B志向じゃないからかしら。
1991年の洋楽カバー集『Eternal』では2曲R&Bを取り上げてても、15年後の『Eternal ll』では皆無。
「SWEET MEMORIES」を聴けば、聖子とR&Bの相性の良さは判るはずなのに
名曲でも企画物だから特殊曲扱いできっと顧みられなかったのね。
中低音で伸ばす時、聖子の声は深い湖のように澄んでゆったり心地よく響き、
それはR&Bの揺れるメロディとリズム、ウェットな歌唱表現にぴったり。
「小麦色のマーメイド」だってR&B路線かつ揺れの極上歌唱なのに、地味曲扱いなのよね……。
だから私は、聖子唯一のR&Bアルバムで
英語盤の『WAS IT THE FUTURE?』が大好き。
黒人でなくR&B志向の白人Robbie Nevilプロデュースってのも、
R&Bとの距離感が良かったんでしょう。
特に中盤の性的にも謎めくような
「MISSING THE BEAT」「SHOW ME HOW IT FEELS」は
聖子の声のコケティッシュでウェットな響きを官能的に活かした
30代最高の名曲たちだと思うわ。
1989年以降、自作にこだわり始めて
砂漠のようなアルバムばかり聴くことを強いられてたから
甘い果実も豊かに実るオアシスに恵まれた気分で、
渇きを潤し感じながら濡れるように聴き続け聴き続けまだ飽きないわ。
だいたいオリジナル英語盤4作のうち3作がMadonna志向のdance popってのがヘンなのよ。
だってMadonnaとは違い聖子はダンスが下手だし、発音を追うのが精一杯でビートに乗れてないもの。
「白い月」の聖子は不思議の国の少女ではなく、いつしかもう大人になっていて
80年代のキラめきが彼方に滲むようなメロディとボーカルは歳を重ねた耳にはほろ苦い響き。
新鮮なのに懐かしく、胸ときめくのに胸震える……ここまで長々生きてこなければ出逢えなかった感懐。
若い女がテクや喉グセで歌うR&Bとは違い、声を張れる音域は狭まっても
重みを増したキャンディボイスは歳月の波瀾が彼方からうねり運ばれ寄せるようで、
このアルバムを単なる少女趣味で終わらせぬニクい意向に唸らされるばかり。
松田聖子51歳、見事なお仕事ぶりでございます。
『Count Down Live Party 2011~2012』(DVD)
「特別な恋人」(single)