御朱印と。(福岡編②)

テーマ:

 御朱印とわたしの話・福岡編第二弾でございます。 

 これで御朱印話はひと段落します。

 数えてみたら、全部で10か所回ったことになるのですね。

 

 今日は別々の日に行った神社を二つ紹介します。

 

 

 一つ目は福岡の代表的な繁華街・天神のど真ん中にある警固神社。

 祀られているのは、イザナギが黄泉の国から戻った時に身体についた垢を祓った際に生まれた、八十禍津日神 〈やそまがつひのかみ〉、そしてそのもたらす禍を正しく導く神として、神直日神〈かんなおびのかみ〉と□大直日神〈おおなおびのかみ)。
 過ちより起こりうる災いから守り、導いてくれるとされます。

 私が参拝した日は土曜日で結婚式が行われており、集団写真の撮影などでにぎわっていたので、お邪魔にならないよう横から入りました。

 それにしても寒の戻りであまりにも天候が悪く、画像を何一つ取らずに帰ってしまいました。


 

 本殿横の社務所で書いていただきました。

 ありがとうございます。

 

 次に訪れたのは櫛田神社。

 山笠で有名なので、外国人の観光客が多かったです。

 こういうのはなんですけど…。

 福岡は福岡大空襲のせいなのか、気質のせいなのか、短期滞在の観光として楽しめるようなものがあまりないのですよね。

 太宰府天満宮のほかは舞鶴城の跡地とこの小さな櫛田神社くらいしか、福岡の象徴になるものはないような。

 それでも、博多湾には超特大級の豪華客船が次々と停泊するので不思議でならない…。

 みなさん、ちゃんと楽しんで帰ってくださっているのだろうか。

 あ、唯一自慢できるのは食かな。

 食材が豊富で新鮮なことだけは誇れます。

 しかし福岡県民、熱しやすく冷めやすいから飲食店は新陳代謝が激し・・・(以下略)。

 

 余談はさておき。

 櫛田神社は大幡大神(櫛田大神)を中心に、天照皇大神、素盞嗚大神(祇園大神)がまつられています。

 正直、調べるまで櫛田神社はクシナダヒメだと思い込んでました。違った…。他の土地ならば、櫛田神社と言えば祀り神はおおむねそのようなのですけどね。
 そしてどうやら、大幡大神(イザナギ)が主神で、アマテラスオオミカミとスサノオノミコトが副神なのも、たいへん珍しいようです。

 天照大神の名前が出れば、たいてい主神。

 櫛田神社がイレギュラー。

 理由は古事記や古代における九州への大陸からの移民の話にまで及ぶので、今回は省略します・・・というか、調べれば調べるほど深い穴にもぐることになり、私の付け焼刃では到底太刀打ちできないのでここまでにさせてください。

 個人的な感想を言わせてもらうならば、私の下戸ぶりは遠い祖先に大陸の遺伝子が混じっているからだなと(一説では下戸はモンゴルの地において突然変異として生まれたとか)、常々思っていますが、まあそれも神様もすべてつながるんだなあということで。

 

 話を櫛田神社の現在に戻しましょう。

 7月の博多祇園山笠の時は、内外から多くの観光客が見物に押し寄せます。

 私自身、追い山を何度も観に行きました。

 山笠の魅力はたくさんあれど、締め込み姿が男たちを5割増しに格好よく見せる、恐ろしい祭りです・・・。

 あと10月に博多おくんちがあり、5月の連休中に行われる博多どんたくにも関りがあります(直接の祭事ではないけれど、出発地点なのだそうです)。

 

 

 こちらの画像は、御手水のところから写した本殿方面。

 考えたらお正月三が日と山笠以外の時期に来ることはめったにないので、なかなか貴重な一枚。

 いつもは人が多く行き交っています。

 正面から本殿へ行き参拝。

 右手のほうに『博多歴史館』と書かれた建物があり、そちらの社務所で御朱印が頂けます。

 私がお願いした時にまたもや後ろに列をなす現象が起きて、しばし待つことになりました。

 一部の方は東南アジアの言葉を話されていたので、観光としての御朱印巡りが海外にも知られてきているのだなと思いました。

 

 

 社務所向かって左のほうにお稲荷さんがあるのでそちらを参拝したり、境内の花を愛でたりしていました。

 

 

 その時、たぶん山笠関係者の方と思われる人々が「〇〇さんの道楽の花に、喜ぶ人がいるんやなあ」と話しながら通り過ぎていかれて、そうですよ私のようにね…と心の中で返事をば。

 もう藤が咲いている福岡・博多。

 ちょうど昨日のニュースでは北九州の藤の名所が開花して観光客でにぎわっていると報じられていました。

 今年はどの花も例年より開花が早く、駆け足です。

 

 

 そして、頂いた御朱印ですね。

 味のある筆遣いで、うれしいです。

 ありがとうございました。

 

 

 ちなみに、御朱印を書いていただいた時に墨移りしないようにどこでも必ず和紙を挟んでくださるのですが、櫛田神社はスタンプが押してある紙でした。可愛い。

 せっかくなので御朱印帳に糊で貼り付けています。

 

 

 こちらはええと、西側の門になるかな・・・。

 この後アジア美術館で開催されているパディントン展を観に行く予定だったので、ここから出ました。

 人気がなかったので記録として撮影。

 徒歩10分強でアジア美術館にたどり着きましたよ。

 

 これで、とりあえず私の御朱印記録は終了です。

 福岡市内はまだ東方面などに古い神社がありますし、ネットで見ていたら博多のお寺の多い地区の古刹がいくつかいただけるようなのでいずれは…。

 高校卒業の年から春と秋になればたいてい京都に出かけていて、十年かけてほぼ奈良京都の神社仏閣を制覇していたので、その時にこの楽しさを知っていれば…とちょっと残念に思いますが、この年になるまで楽しみを取っていたと思えば、それもまた良きかな・・・と(笑)。

 

 そもそも、私の御朱印の旅は『ぐうたらな生活を改めます』と神様と仏様に誓う旅でもあります。

 なので、このままでは各方面の皆さまから『お前、違うやろ』とおしかりを受ける可能性大なので、収集欲もほどほどにしないとですね・・・。

 

 では、次回は本の話でお会いしましょう。

 御朱印の旅・大宰府巡礼編第三弾。

 お待たせしてすみません。

 前回は、わたしのへっぽこぶりの告白で終わってしまいました。

 ですが、これからもやらかしますのでどうぞお楽しみに!←ヤケ

 

 この遠足シリーズのあらすじとしては以下の通り。

 

 (第一話)西鉄五条駅→ 観世音寺参拝→ 宝物殿と御朱印→ 戒壇院参拝と御朱印→ 庭の花に見とれて1時間に2本のバスを取り逃がす

 

 (第二話) バス停で30分待ってコミュニティバスに何とか乗る→ 内山(竈門神社)到着・参拝→ 天開稲荷へのショートカット到着をもくろむ ←今ここ

 

 

 さて。

 先に進みましょう。

 休憩から戻られた運転手さんを捕まえて、太宰府天満宮境内の地図を見せながら尋ねました。

「天開稲荷へ行きたいのですが、どこで降りたら良いですか?」

 すると、

「三つ先の菅谷だと思います。三つ目と四つ目の中間だけど、四つ目で降りたら登り坂だから」

 とのこと。

 だがしかし、前回の失敗ですっかり自分を信じられない私は念を押しました。

「天開稲荷への入り口って、道路沿いに歩いてすぐわかりますか?」

 降りてから気が付かずに通り過ぎるかもしれない。

 へっぼこな私のことだから。

「大丈夫だと思います。のぼりが見えますから」。

 この時のアドバイスは大変的確で助かりました。

 降りてみてしみじみ思いましたが、急ではないけれど自転車で登るには苦しいだらだら坂が続いていて、私のようなインドア派にはかなりつらいものでした。

 運転手さん、ありがとうございました。

 ところで、この菅谷。

 九州情報大学校門前ではありますが、平日の昼間は人気がなく寂しい道です。天開稲荷へ続く道も確かにすぐにわかりましたが、誰もいない。

 遠くから何か機械の作動している音が聞こえてくるけれど、人の気配は全くないのでかえって不気味でした。
 

 

 なので、ちょっと保険をかけました。

 一時間ほど前にLINEでやりとりした友人に、この画像を送ったのです。 「今からここを登ります」と。

 仕事中の友人が何かあった時に助けてくれるわけではないけれど、骨は探して拾ってくれるだろう…的な保険(笑)。

 昔、女性の友人と京都巡りをしていて夕方近くになって比叡山にたどり着いたことがありまして。何事もなかったけれど、あちこちに注意喚起の札が木から下がっていて怖かったなと思いだしたのです。その時の静寂と似ているような気がして、予防線を張らないとどうにも怖くてですねえ。

 まあ、この坂は画像に移っている部分を登り切ったら人の行きかう参道へつながっていたので、取り越し苦労だったのですが。

 ちなみに、不気味だ不気味だとおびえた機械音は、天開稲荷の隣にある大宰府園(大変小さな遊園地があります)の、『子供向けで大人が乗ると逆に怖いという噂のジェットコースター』の音でした。

 さもありなん・・・。

 

 

 この石段を登っていくとたどり着きます。

 雨の日はお勧めしません。

 多分、足元が滑ると思う…。

 側道が両脇にありますので、そちらからでも行き来ができます。

 それも結構急だから雨と雪の日は・・・以下略。

 御祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)だそうで、稲作に関わる神様のようです。

 参拝したときには作法を知らなかったのですが、どうやら手前の両脇に三つずつ下がっている鈴のうち自分の干支のものをまず鳴らしてから、真ん中のおお鈴を鳴らすのが決まりだそうで、次回はきちんと挨拶したいと思います。

 敷地内に小さな社務所がありますが、御朱印はここではなく太宰府天満宮で頂くようにと断り書きが貼られていました。

 

 では、降りて太宰府天満宮…の前に、腹ごしらえです。

 参道降りてすぐのところに『お石茶屋』があるので、そこで温かいうどんを食べました。わかめとかまぼことカツオ梅が載っていて、この梅が疲れた体にしみわたりました…。

 お店の写真を撮り損ねたのですが、近くにある旧坑道『お石トンネル』を。

 

 

 かの有名な麻生家が作ったもので、お石茶屋のお石さんとのロマンスなど噂されていますが、それは当人たちにしかわからないことで。

 ともあれ、こういう風情のあるものが残るのは良いですね。

 そもそも私はバスを乗り逃がした時に大宰府境内を通ってこのトンネルから竈門神社へ行くプランを考えていたのですよね。いかに無謀だったかしみじみ反省しました。

 写真を撮っている最中に宝満山を登山された方々が通られて、そんな体力のある人のためのトンネルだと、あらためて思った次第。 

 

 そして、ようやく大宰府天満宮参拝です。

 方角的に裏から入る形になってしまったのですが、まあ気持ちは同じだし!!と本殿にご挨拶して、社務所で御朱印をお願いしました。

『御朱印をお願いします。天開稲荷も一緒に…』

 だがしかし。

 私が宮司さんにお願いしている間に並ぶ人が増えて、焦った私は書いていただいた御朱印帳の中を確認せずにその場を立ち去りました。

 改めて中を開いたのは天満宮を出て、参道わきの光明禅寺に腰を落ち着けて、庭をながめながら荷物を整理していた時。

(臨済宗東福寺派の石庭の美しい庭です。入場料200円。諸事情で現在寺内撮影禁止)

 

「あ・・・」

 

 

 天開稲荷のみしか頂いていない。

 天満宮の御朱印をもらいにもう一度戻るしかありません。

 だけど何度も行ったり来たりする気になれなかったので、先に博物館の王義之展を観覧することに決めました。

 そして、階段が私を待っていた…。

 この、計画性のなさよ!

  

 

 人生と旅と財産管理は計画的に…。

 ・・・って、いつも思ってはいるんですけどね。

 実行されたためしがないので、いつも試練がやってくる。

 

 

 王義之展はたいへん参考になりました。

 学生時代に書道に少し触ったので、さすがに王義之と千字文はという単語は知っている。そして、書で名を成した人々の名前も少し。

 そして、平家納経。

 あの絢爛豪華な装丁の巻物で一字も間違えたりよろけたりせずに書けるなんて、神業か!!とガラス越しに羨望のまなざしを書くりました。

 自分がたいがい悪筆なので、綺麗な線を引ける人にはあこがれます。どんな筆記具を使っても、綺麗な字というのは変わらないものだと、私は思います。

 もちろん、芸として書と向き合うときには紙と墨の質は大切なんですけどね。

 昔、練習用の紙で書いた文字が気に入って表装しようと霧吹きかけたらトイレットペーパーのように溶けて行ったのを見た時はさすがに唖然とした・・・。

いまだに、あの紙は何だったんだろうと当時の仲間たちと話すことがあります。

 

 話がそれましたが、王義之展もなんとかクリアして、もう一度天満宮の境内へ戻りました。

 もう一度参拝し直してから社務所で事情を説明すると、その時に対応された宮司さんが

「なら、さきほど二つ分の御朱印のお金を納付されたってことですね。なら今はけっこうです」

 と言われたので(実は前回に600円納付しており、それを察してくださったということです)

「いや、そういうわけには…」と答えましたが、固辞されたのでお言葉に甘えさせていただきました。

 

 

 ありがとうございました。

 画像が斜めになり、申し訳ありません…。

 

 そんなこんなでなんとかミッション完了。

 最後に梅が枝餅を食べたい…と思ったのですが、いつも大宰府を訪れた時に立ち寄る店は満席。あきらめて別のお店でも…と思ったらもうどのお店も店じまいを始めていて焦りました。

 平日の五時半は、参道沿いのお餅屋さんとしては博物館も天満宮もしまえる時間なので終了なのですね…。

 一軒だけなんとか開いているのを見つけて、なんとかお餅とお茶を頂くことができました。

 次回はもっと計画性を・・・と、何度繰り返したかわからない反省を餅とともに噛み締めた夕方でした。

 

 これにて、大宰府巡礼編終了です。

 お付き合いありがとうございました。

 

 次回は、福岡編に戻ります。

 

 私のへっぽこ御朱印の旅へようこそ。

 大宰府巡礼編(いつの間にか題名も長くなっている)その②でございます。

 のろまな文章なりになんとか速度を上げるべく努力したいと思いますのでどうぞよろしくお願いします。

 

 前回のあらすじとしては、西鉄五条駅→観世音寺参拝→宝物殿と御朱印→戒壇院参拝と御朱印→庭の花に見とれてせっかく来たバスに気付かず置いて行かれる ←今ここです。

 

 やらかしてしまったのを認めたくない私は、何度も何度も振り返り振り返りながら、一つ先のバス停・大宰府市役所前まで歩きました。

 たどり着いてバスの時刻表を確認。

 ・・・コミュニティバスまほろば号・内山行は定刻到着・定刻発車だったと、認めます。

 さて、これからどうするか。

 歩いて五条駅から西鉄電車に乗り直し、太宰府駅から再スタートをするパターンと、このまま三十分次のバスを待つか・・・。

 西鉄バスもそこに停車することになっていたので、それを利用して太宰府駅まで行くことは可能です。

 だけどそこから竈門神社を徒歩で目指すのは、それなりの時間とかなりの体力を要すと、前日パソコンで確認済み。

 二つの時刻表を交互に眺めてぐるぐる考えていたら、地元の男性がバス亭にやってきました。どうやら彼も同じバスに乗ろうかなと思っていらした様子。

 話をしているうちに「どこに行くの」と尋ねられたので、

「本当はコミュニティバスに乗って内山(竈門神社)に行きたいです。でも次がずいぶん先だから大宰府にとりあえず出ようかと」

 と、答えたら

「うーん・・・。内山へ行くなら、もう次のバスを待ったほうが良いよ。たかだか20分くらいまてばいいんだし」

 そう言いおいて、彼は別ルートのバスに乗車して去って行かれました。

 『大宰府天満宮境内を通り抜けていく方法は確かにあるけれど、自分としてはお勧めしない。竈門神社へは行ったことは何度もあるけれどね』

 とのことだったので、待つことにしました。

 お名前は存じ上げませんが…。

 あの折はご忠告ありがとうございました。

 バスに乗ってようやく理解できましたが、太宰府天満宮を通り過ぎて二つ目のバス停を過ぎたあたりからけっこうな上り坂が続き、これを初夏並みの日差しの中歩いたら多分、私は目的地へたどり着くなり倒れていたことでしょう。

 そりゃそうだな。

 竈門神社のある宝満山はちょっとした登山をするのによく名前が挙がる場所。

 私の構想が安易過ぎました。

 どうか忠告してくださったあの方に、良いことがありますように。

 

 ところで、このコミュニティバス『まほろば号』ですが、大宰府に住む人々の生活を支えるために行政が運営しているものなので、普通のバスよりかなり小さく、席数も収容人数も少ないためあっという間に満杯になります。

 どこまで行っても100円とかなりお得ですし、なんといっても交通手段がこれ以外は徒歩か自家用車かタクシーということになるので、これを利用するほかに手立てはないのですが、一応、そのことを念頭に置いたほうが良いかもしれません。

 

 さて。

 そうこうしてたどり着いた内山バス停。

 下車するときに運転手さんが近々2本の帰りのバスの時刻をアナウンスしてくださり、本当にありがたい・・・。

 大体の目星をつけて行動できました。

 

 昼ごはん抜きで挑んだ竈門神社。

 腹減りだけど、その分達成感がありましたよ(笑)!!

 

 

 ちなみに、竈門神社は正式名称『宝満宮竈門神社』。

 玉依姫命をお祀りしている、縁結びの神様です。

 また、太宰府天満宮の鬼門にあたるので厄除と方除けもされています。

 境内にはとてもきれいな社務所があり、女子好みの『カワイイ』デザインで異色を放っている・・・と思います。大英断だな。

 綺麗な色遣いで可愛らしいお守りはついついほしくなるのですが…。実際、御朱印帳も御朱印袋も素敵だったんだけど、今回は我慢。

 男女間の縁結びだけではなく、仕事の縁結びのお守りもあるところが、正直、にくい(笑)。胸をえぐられましたわ。

 参拝を終えてから、社務所で御朱印をお願いしました。

 

 

 ありがとうございます。

 色々頑張るので、色々なご縁がありますようにお願いしました…。

 これを書いている時点の私はまだ結局なんにも頑張れていないところが、大変心苦しいのですが・・・。

 ど、努力します。

 はい。

 

 ところでバスの発車予定時刻の五分前には神社から降りてきたのですが、すでに車内は参拝を終えたお客さんで満杯になっていました。

 なのでとりあえず乗車口でICカード読み込ませて、運転手席側の出口から乗り込みました。

 なぜならば。

 次の天開稲荷へ行くために、私なりの策を練ったからです(笑)。

 まあ、要するに途中下車する気満々だったというだけですが。

 この時点で13時50分。

 ・・・お腹がとてもとても空いていました。

 身から出た錆ですねえ。

 本当に、行き当たりばったりすぎて反省することの多い旅だったな…。

 

 そんなこんなで・・・。

 大宰府の旅の続きは、次回にまたもや持ち越しです。

 次で完結したいなと思ってはいます。

 ではでは、また来週。