釋辰量の芸能・音楽の50!

あっしことデハ712こと釋辰量が主に芸能・音楽についていろいろと書き殴っております。


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大曲を振り満都の喝采を浴びる大指揮者。「巨匠」などと呼ばれる人々は、それぞれ得意な曲があります。ある者はベートーヴェン、ある者はブルックナー、またある者はマーラー…


しかし、そんな偉大な音楽家にも、意外なネタ、というか「ウラ十八番」が存在します。メインのレパートリーが大曲であればあるほどそのギャップが大きく、聴くものを驚かせます。


そんな巨匠たちの「ウラ十八番」をいくつかご紹介しましょう。


レパートリーが非常に広くほとんどが「表十八番」の感があるヘルベルト・フォン・カラヤン。ベートーヴェンやブラームス、ブルックナーやチャイコフスキーの大曲に混じって、ドイツの軍楽隊に伝わる分列行進曲のアルバムをつくっています。ドイツの行進曲は高く脚を上げて重々しく歩く歩様に合わせてかなりゆっくりしたテンポと「ズシン」という肌合いの重いリズムが特徴ですが、カラヤンはその伝統に則って普段の流麗な芸風を封印。実に重厚な行進曲に仕上げていてかなりサマになっています。これがもとでクロード・ルルーシュに映画「愛と哀しみのボレロ」でカラヤンをモデルにした指揮者に軍楽隊を振らせて皮肉られています。

コンサート・レパートリーとしては以前ご紹介したヨーゼフ・シュトラウスの「うわごと」が「ウラ十八番」としてつとに有名です。1987年にたった一度だけウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを指揮したときにも勿論「うわごと」を演奏しています。


マーラーを中心にドイツ音楽や近代音楽に独特の芸風を展開した巨匠オットー・クレンペラー。当時のドイツ系の指揮者の多くがそうであったように、作曲も能くしたのですが、その中に「メリー・ワルツ」という作品があります。しかめっ面が似合う謹厳そうな風貌のクレンペラーからは想像もつかない愛らしいワルツで、晩年まで愛奏していました。録音も残っています。


カラヤンと同い年の我らが御大朝比奈隆。晩年はブルックナーとブラームスとベートーヴェンばっか振ってた印象がありますが、御大にもウラ十八番があります。

それはロシアの作曲家リャードフの「八つのロシア民謡」。中でも第3曲の「悲歌」は、アンコールとして最晩年まで愛奏していました。

朝比奈御大は京大のオーケストラで当時革命を避けて日本に亡命していたロシアの指揮者メッテルから指揮の手ほどきを受けました。そのときレッスンの「教材」として使われたのが「八つのロシア民謡」だったのです。恩師メッテル直伝のこの曲を御大は生涯にわたって大事にしたのですね。


今日ご紹介する中で唯一ご健在な小澤征爾。トロント、サンフランシスコ、ボストンと北米での活躍が長かったこの人のウラ十八番はなんとルロイ・アンダーソンの「フィドル・ファドル」。あっしも生で何度か聴いていますが、まさか小澤で「フィドル・ファドル」を聴くとは思わず、大いにびっくりしたおぼえがあります。ガーシュインやバーンスタインをレパートリーにしていた小澤だけに、とてもノリが良くてかっこいいアンダーソンでした。


その小澤と「セイジ」「スラヴァ」と呼び合う仲だったムスティスラフ・ロストロポーヴィチ御大。ロシア-ソビエト音楽を中心に指揮者としても活躍しましたが、アンコールでよくやっていたのがヴィンセント・ユーマンスが書いたスタンダード・ナンバー「二人でお茶を」。

「え?なんで?」と思うかもしれませんが、実はこの曲を何とショスタコーヴィチがオーケストラにアレンジした「タヒチ・トロット」とい曲なんです。作ったのは1928年。日本で言うと昭和3年。革命から10年ほどたったころです。スターリンの圧制が始まる直前で、まだ革命による開放感が残っていたころでした。この数年後に例の「プラウダ批判」であわや「粛清」の憂き目に追い込まれることになるショスタコーヴィチですが、この頃はまだ20代。ソビエト・モダニズムの旗手として伸び伸びと曲を書いていた時代の最後の輝きでした。

ロストロポーヴィチ御大が「体制派」だったらこんな曲は絶対やらなかったはずで「祝典序曲」とかやっていたことでしょう。しかし平和を愛し、体制を嫌ってついには亡命した御大は、この時代の「タヒチ・トロット」を各地でアンコールとして演奏しました。それはエンターテインメントというより、御大一流の平和へのアピールであったのではないか…これも何度か生で聴いたあっしはそう思っています。


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寒いですね。


今年は久しぶりの大寒冬なんだそうで、日本海側は大雪、太平洋側は乾燥した酷寒で、日本中がガタガタ震えているかのようです。ついでに地面まで震えるようなことには今年はなってほしくないですね。


寒いときにはハイカロリーなアツい音楽が恋しくなる…というのは歳のせいでしょうか?真夏のような本当にアツい時期になると、暑苦しい音楽より涼しげな音楽がほしくなるというのもやはり歳のせいかな…


そこで冬になるとよく聴くのがロシアの音楽。


半年近くが冬のような寒いロシアは、あの手この手で暖かく過ごそうと努力しています。ロシア料理もロシアのお酒もハイカロリーで身体が内から温まるようなものが多いですね。


音楽も然り。ロシアの音楽は寒い冬をはねかえすようなハイカロリーでアツい曲が非常に多いです。


もともと19世紀のロマン主義音楽は、表現の振り幅が格段に広がり、当然曲の持つカロリーも高くなっていきました。ことにロシアでは民謡やロシア正教の聖歌など、民俗音楽的な素材が豊富であったので、親しみやすく暖かく(アツく)美しいメロディの宝庫であり、作曲家もそうした「素材」だけでなくそれをベースにしたオリジナルの骨太の美旋律を能く書きました。


一方、演奏する側も、その「アツさ」を余すところなく表現する「アツい」演奏者を輩出してきました。基本的にロシアの演奏家は音がデカくて強靭な張りのある人が多いですね。よく「鋼鉄の」とか言われます。


ロシアがソビエトになっても、その伝統は変わらず、圧倒的な音圧のソリストやオーケストラが優れた演奏を残しました。よく「食ってる物の違い」とか言われますが、本当にそうとしか言いようのないパワーとテンションを感じます。


それを代表する指揮者が、エフゲニー・スヴェトラーノフ。


1928年、日本で言えば昭和3年にモスクワに生を受けたスヴェトラーノフは、ロシア伝統のパワーとあふれる歌心をポテンシャル一杯に表現する「ロシアン・ロマンティシズム」の旗手として活躍しました。


恰幅のよい体躯に鼻が「あぐらをかいた」風貌…それはもう絵に描いたような「ロシアのおっさん」。その指揮は常にハイテンションでハイカロリー。おかげで本人も高血圧で、本番でも譜面台に扇風機を置いて頭を冷やしながら棒を振っていました。まさに「森のくまさん」が指揮台にいるようです。おっさん、がんばるなぁ。


その巨大なスケールの演奏はしばしば「爆演」と表現されます。しかしこれほどの誤解はありません。

なぜなら、ロシアン・ロマンティシズムにおいては、ダイナミック・レンジの振り幅や強烈なメリハリは「当たり前」なのです。


スヴェトラーノフは、そのスケールがとにかく大きいのです。常に最大音量に聴こえるフォルテも、実は繊細なピアノとの落差からそう思えるのです。そして濃厚な、と言うには手ぬるい強烈な歌心。


あっしはことにこの歌心に注目して、いろいろ聴いています。いや~濃い。滔々と流れるロシアの大河を一日眺めているような穏やかですがすがしい気分になります。


また、スヴェトラーノフは、ロシアのロマン主義音楽の流れを余すところなく膨大な録音を残してくれました。あっしは「爆演」よりむしろこちらをもっと評価してほしいと思うのです。ロシアン・ロマンティシズムの開祖と言っていいダルゴムシュスキーからシチェドリンに至る200年に喃々とするロシア音楽をこれほどたくさん、そして心のこもった素晴らしい演奏で残したことこそスヴェトラーノフの最大の功績であり魅力なのではないでしょうか。


「五人組」でもあまり聴かれることのない作品にまで光を当て、またカリンニコフやアレンスキーやリャードフやリャプーノフといった五人組やチャイコフスキーの陰に隠れた知られざる作曲家の佳品の貴重な録音を、非常に聴き栄えのする丁寧な造りで残してくれたのです。


ソビエトと言う特殊な体制の国家では、ことに音楽家はその「役割分担」が決まっていたようです。特にソビエトの「三大作曲家」であるプロコフィエフ・ショスタコーヴィチ・ハチャトゥリアンはそれぞれ「担当」が決まっていたように思います。プロコフィエフはゲンナジー・ロジェストヴェンスキー、ショスタコーヴィチはキリル・コンドラーシン、ハチャトゥリアンは自作自演…というように。御大エフゲニー・ムラヴィンスキーはショスタコーヴィチ担当でしたが、御大の場合ソビエト体制のなかでも孤高の存在であったのか、網羅的に録音を残すことはありませんでした。


そんな中、スヴェトラーノフの「担当」は、三大作曲家の影に隠れて27曲も交響曲を書いたにもかかわらず知名度は格段に低いニコライ・ヤコブレーヴィチ・ミャスコーフスキーでした。今のところ世界最初の、そして唯一の交響曲全集を作り上げたのです。プロコフィエフもショスタコーヴィチも結局あまり手がけなかったのを思えば、このあたりいかにもスヴェトラーノフらしいとも言えます。


あっしの今年の目下の目標はアレンスキーとミャスコーフスキーの制覇です。ミャスコーフスキーはすでに交響曲全集を購入済み。1曲ずつ丁寧に聴いていきたいです。


また、スヴェトラーノフはロシアで最初のマーラーの交響曲全集を作りました。ソビエト体制下では半ばタブー視されていたマーラーをペレストロイカの波に乗って一気に作り上げたのです。かつてキリル・コンドラーシンが「雪解け」時代に手がけたもののブレジネフ体制で再び封印の憂き目に会い、結局果たせなかった全集を成し遂げたのはひとえにスヴェトラーノフの執念と努力とペレストロイカの賜物でしょう。


そして、長年の手兵となったソビエト国立交響楽団の素晴らしさも書いておかなくてはならないでしょう。スヴェトラーノフの濃厚で巨大な振り幅の音楽性を120%表現し得た驚異的な上手さ。どんなにオーケストラを鳴らしまくってもアンサンブルにほとんど破綻がない。月並みな表現ですがやはり「食ってる物の違い」なんでしょうか…


おすすめCD

ソビエト崩壊で原版が四散しているらしく、スヴェトラーノフが残した貴重な録音は供給が不安定で、見つけたときにゲットしないとなかなか手に入れるのが難しくなります。あっしが持っているものの中には入手困難になっているものもあるようですが、根気よく探してもご損はないです。以下に挙げた10点は入門編とご理解ください。

リャードフ:管弦楽曲集

グラズノフ:交響曲全集

チャイコフスキー:マンフレッド交響曲(1967年録音盤)

リムスキー=コルサコフ:組曲「サルタン皇帝の物語」

ボロディン:交響曲第2番

カリンニコフ:交響曲第1番・第2番

チャイコフスキー:三大バレエ(全曲)

マーラー:交響曲全集

ラフマニノフ:交響曲第2番

ラフマニノフ:交響的舞曲

マーラー:交響曲全集


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「キラキラ」を降板されるそうですね。


http://www.oricon.co.jp/news/entertainment/91382/full/


去年の秋頃から、聴いていてなんとなく疲れているというか、語り口がちょっと投げやりな感じになっていて、そのころ毎日聴いていたあっしは「?」と思っていました。


暮れになって、レイティング週が終わったあと「子供と過ごす時間をとりたい」旨で一週残して年内の放送を休みましたよね。


しかし、12月28日、あなたは子供の許ではなく、スタジオアルタにいました。


自分の名前を冠した番組を休んでまで出る意味があったのでしょうか?


なるほど、この時点でもうやる気がなかったんですね。


あなたはリスナーにウソをついたのですよ。


報道では「自分で降板を申し出た」となっていますが、あなたの行動は「降板させられても」おかしくないのです。


結果、あなたは一人のリスナーを失いました。


今年に入ってから、あっしは「キラキラ」を聴いていません。今は文化放送を聴きながらクルマを走らせています。


40~50代の男性に共感を得られる番組作りを求められて「求める役割と私のできることは違う」ということですね。


あっしはその40代の自営業です。


あなたがこういうお考えなら、共感を得られないのは当たり前なのでしょうね。あなたにとっては「眼中にない」層の人間だから。


しかし、この時間帯にラジオを聴いている人たちって、仕事場やクルマの中で仕事をしながら聴いている人たちがコアなんじゃないでしょうか?


それを承知でこの時間帯の番組を始めたのではないんですか?


前番組「ストリーム」が終わったとき「あ~あ、次は小じゃれたおしゃべり番組か」と思っていたところへあまりに対照的な構成の番組に最初は驚きましたが、あなたの語り口が面白くてずっと聴いていました。


世間では「ラジオの女王」「AMの救世主」と称えられてました。あっしもそう思っていました。TBSさんも「ポスト永六輔」「ポスト大沢悠里」として期待していたのでしょう。あっしもそうなるものだと思っていました。


それがそんな腹で番組やっていたのだと知って、なんだか騙されたような悲しい気分です。


でもまあ、2年半ほどは楽しませてもらったのですから、そのことに文句は言いません。


お疲れ様でした。どうぞお元気でこれからもご活躍ください。そして二度とラジオの世界に戻ってこないでください。


釋辰量 拝


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古典歌舞伎の狂言名題は、原則として漢字だけ奇数文字で出来ています。今「歌舞伎十八番」として独立している「鳴神」や「毛抜」はもともとは「鳴神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら)」という長い狂言の一部だったのです。なぜ奇数文字かというと、四と六を忌んだためです。四は言うまでもなく「死」につながるからですが、六はというと「南無阿弥陀仏」が六文字ということから「お陀仏」に通じるということでこれまた縁起が悪いということになっています。現に縁起商売・客商売の世界では「おシャカ」と同じ意味で「六の字」という隠語があったりします。

そんなわけで狂言名題は原則五文字か七文字で、さらにその読みは七五調ないしは五七調になるというのが普通です。


今に残る古典歌舞伎の外題を声に出して読んでみると、非常に音(オン)が良くて気持ちいいことに気がつきます。ひところ「声に出して読みたい日本語」というのが流行りましたが、歌舞伎の狂言名題はその集大成といってもいいのではないでしょうか。なんといっても言葉の響きやリズムが心地よく、また美しい。よく「言霊」なんてことを言いますが、歌舞伎の狂言名題を音読してみると、本当に何かこう魂のようなものを感じますね。


私が好きな狂言名題をアトランダムに挙げておきます。みなさんもぜひ声に出して読んで見てください。


仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)
菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)
義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)

いわゆる「三大時代狂言」。このなかでは「菅原」が一番好きです。リズムが最高。


伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく)
夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)

伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)

双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)

上方味濃厚な義太夫狂言。外題の中に緊迫感が漲っています。「双蝶々」は江戸の人情噺にもありますが、全く別のお話。濡髪長五郎と放駒長吉という二人の若者が主人公なので「双(ふたつ)蝶々(長長)」というわけです。


桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)

艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)

恋飛脚大和往来(こいのたよりやまとおうらい)

人間模様と情念渦巻く心中物。外題も美しく、そして哀しく。


五大力恋緘(ごだいりきこいのふうじめ)

盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)

「五大力」は義太夫の傑作。「三五大切」はそれを基に忠臣蔵の世界に取り込んだ「書き替え狂言」。「五大力」のスケール感、「三五大切」の情感、とっちも素敵です。


一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)

壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)

近江源氏先陣館(おうみげんじせんじんやかた)

勇ましいだけに見える外題に戦の恐ろしさ、哀しさ、空しさ、すべてを内に秘められています。外題を音読するだけで熊谷の、阿古屋の、盛綱の苦悩と悲哀が偲ばれます。


鏡山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)

伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)

情念と陰謀渦巻く女の闘い。一文字一文字がものすごい重量感とインパクトを持っています。でも、それでいて華がある…不思議な雰囲気も帯びています。


桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)

妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)

鳴神不動北山桜(なるかみふどうきたやまざくら)

天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)

世話と時代、庶民と貴族を縦横無尽にクロスオーバーする壮大な大河ドラマたち。一文字一文字に重みがあります。「鳴神~」は「鳴神」「不動」「毛抜」「象引」「暫」と、その後「歌舞伎十八番」として独立する狂言が五つも含まれた「市川團十郎ワンマンショー」とでも言える一大スペクタクルです。


梶原平三誉石切(かじわらへいざほまれのいしきり)

助六所縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)

寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)

初芝居など春狂言の定番。音読しただけで向こう一年が明るくなるような「パワースポット外題」。あっしは特に「助六」が好きですね。市川宗家専用外題であり、それこそ目の前の災厄が吹き飛ぶような力強い呪文のようです。


與話情浮名横櫛(よはなさけうきなのよこぐし)

青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)
天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)

花街模様薊色縫(さともようあざみのいろぬい)
三人吉三廓初買(さんにんきちざくるわのはつかい)

爛熟した江戸末期を象徴するような「悪の花々」。それは毒々しいまでに紅い。


積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)

色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)

忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの)

京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)

春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)

舞踊の外題には何か共通した躍動感があります。「色彩~」は難読外題の代表格で「かさね」の別名で呼ばれますが、おどろおどろしい怪談噺とは裏腹に、外題は実はエロチックな意味を含んでます。詳しい解説はしませんので知りたい方は自分で調べてね。女形舞踊の双璧である「道成寺」「鏡獅子」の外題はどちらも華やかでいかにも踊りらしいリズム感にあふれています。

どれも実に語呂がよく気持ちの良い音使い(おんづかい)です。名狂言は外題から名狂言なんですね。また上手く5文字や7文字に当てはめてあるでしょう。かなり強引な当て字もありますが、使い方のセンスがいいですよね。


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昨年はあっしの「自分史」に影響を与えた方々が数多く鬼籍に入った年でした…五世中村富十郎丈・坂上二郎・小松左京・前田武彦・七世中村芝翫丈・柳ジョージ・北杜夫・内山まもる・三木稔・立川談志・金正日…北朝霞の将軍様はどうでもいいが…
そんな中、談志師匠に次いで衝撃が大きかったのがこの方であります。


脚本家の市川森一さん死去=70歳、「黄金の日日」「ウルトラマン」シリーズ

http://jp.wsj.com/Japan/node_358452

大河ドラマ「黄金の日日」や、特撮番組「ウルトラマン」シリーズなどの脚本を手掛けた市川森一(いちかわ・しんいち)さんが10日午前4時43分、肺がんのため東京都内で死去した。70歳だった。長崎県出身。葬儀の日取りは未定。喪主は妻美保子(みほこ)さん。

 1966年に「快獣ブースカ」で脚本家デビュー。「コメットさん」「ウルトラセブン」などの特撮番組や、「傷だらけの天使」などの人気ドラマを手掛け、78年のNHK大河ドラマ「黄金の日日」の脚本で高く評価された。

 83年に「淋しいのはお前だけじゃない」で第1回向田邦子賞受賞。映画の脚本も手掛け、「異人たちとの夏」(88年)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した。作家としても活動し、小説「蝶々さん」などの作品がある。

 日本放送作家協会で理事長や会長を務め、テレビコメンテーターとしても活躍した。2003年に紫綬褒章、11年に旭日小綬章。


「ウルトラセブン」では、ライター陣加入1作目「V3から来た男(第13話)」で、登場わずか3エピソードながら強烈な印象を与えたクラタ隊長を創造。最終回「史上最大の侵略(第48・49話)」はメインライター金城哲夫氏に譲るものの、もう1作のクラタ登場編「月世界の戦慄(第35話)」も担当しています。同期キリヤマとの友情や口は悪いが部下思いの人柄など魅力的で「男臭い」クラタをよく描いていました。きっとお気に入りのキャラクターだったんでしょう、後の「帰ってきたウルトラマン」の前半のハイライトである「ウルトラセブン参上!(第18話)」でも、ベムスターの最初の犠牲となる宇宙ステーションの隊長に、クラタとよく似たキャラクター(MAT加藤隊長の親友、という設定まで同じ)を書いています(演じたのも同じ故・南廣氏)。

そして何といっても社会派作の傑作「ひとりぼっちの地球人(第29話)」と「盗まれたウルトラ・アイ(第37話)」。どちらも宇宙人と人間との関わり、使命と裏切りなど「子供向け」の概念を超えたドラマに仕上がっていました。特に「盗まれたウルトラ・アイ」での、結局地球破壊のための捨て石にされる宇宙人の工作員である美少女の悲しい末路とダンの悲しみを、緊迫感と情感あふれる一本に仕上げています。また「ひとりぼっちの地球人」では、先年惜しくも取り壊された学習院大学の「ピラミッド校舎」をの記録としても貴重なエピソードです。
「こんな狂った星、侵略する価値があると思って?」
「裏切られたんだよ、自分の星に…」
「僕だって同じ宇宙人じゃないか…」

「帰ってきたウルトラマン」では前述「ウルトラセブン参上!」のほか、ウルトラシリーズ初の隊長交代編「怪獣チャンネル(第21話)」「この怪獣は俺が殺る(第22話)」など節目に当たる作品を担当しています。「ウルトラセブン参上!」では
「ウルトラマンが帰ってきた」
という、作品全体を象徴する名セリフを書いています。

そして昭和ウルトラを代表する傑作「11月の傑作群」の中で「怪獣使いと少年(第33話)」と並ぶ最高傑作の声も高い「悪魔と天使の間に…(第31話)」を執筆しています。郷と伊吹の会話はアメリカ映画の一シーンのような重厚な「男のドラマ」になっています。このあたりは「ウルトラセブン」のクラタとキリヤマの会話でも見られて、氏の得意なスタイルなのでしょう。

そして、後にさまざまな研究本で論議になる「伊吹は郷の正体を知っていた」説の萌芽である
「正直言って、わたしはあの少年よりむしろ君の方が宇宙人じゃないのかという気になっているよ」
というセリフが登場します。この回とその2話後の 「怪獣使いと少年」を続けて見ると、氏のかけた「謎」に「帰ってきたウルトラマン」のメインライターである上原正三氏がある種の「解答」を示しているようにも感じます。

そして、郷・伊吹・伊吹の娘・少年(宇宙人)を巡る息詰まる展開。明るく結ばれているように見えて、実は極めてペシミスティックな後味…市川作品を論じるときに必ず登場するキリスト教との連関がここに現れています。長崎県出身の氏はクリスチャンとして、ときおりこうした重いテーマを書くことが多かったのですが、これはのちに「黄金の日日」で全面的に展開されることになります。思えば氏にこの仕事をさせた円谷プロ=円谷家は英二御大をはじめとして敬虔なクリスチャンでした…
「ウルトラマンがピンチになったら、あの少年を捕まえてください」
「人間の子は人間の子さ、天使を夢見させてはいかんよ」

ま た 一 人 ウ ル ト ラ の 星 に 帰 る 人

合掌。

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先年、蜷川幸雄が菊五郎劇団とのコラボで「NINAGAWA十二夜」を成功させました。シェイクスピアの傑作喜劇を日本を舞台に翻案、歌舞伎の仕掛けや衣装や約束事をベースにしながら大胆に演出した「21世紀歌舞伎」とでも言うような素晴らしい舞台になりました。

このように、海外の演劇作品、ことに歌舞伎との共通点も多いオペラとのコラボがあってもいいのではないかと思うのです。それを一つ実現したのが野田歌舞伎の第3弾である「愛佗姫」であったわけですが…


そこで「歌舞伎以外の名作を歌舞伎化してみる」第2弾は、


「歌劇歌舞伎」

早い話が古今東西のオペラの名作を片っ端から歌舞伎にしてしまえ!という大胆かつ無謀な企画であります。もちろん俳優祭企画なんかじゃない本公演ですよ。「野田版・愛佗姫」「NINAGAWA十二夜」あたりをベースにして考えてみます。なお、役名はすべて原作の役名です。

モーツァルト:フィガロの結婚
歌舞伎には喜劇が少ないので、モーツァルトのオペラはうまくすればいいレパートリーになるでしょう。
フィガロ:勘三郎 スザンナ:福助 アルマヴィーヴァ伯爵:仁左衛門 伯爵夫人:時蔵 ケルビーノ:七之助
平成中村座のようなアンサンブルがいいユニットでやったら絶対面白いと思います。伯爵を三津五郎にしても面白いかも。


モーツァルト:コジ・ファン・トゥッテ(女はみんなこうしたものさ)
仲の良い二人の士官がしめし合わせてお互いのフィアンセ(姉妹)の愛情を試すために変装して接近し浮気をそそのかす…というラブコメディ。若手を大胆に起用しましょう。
士官グリエルモ・許婚フィオルディリージ:橋之助・勘太郎 士官フェランド・許婚ドラベッラ:獅童・七之助
要は平成中村座の若手狂言としていろいろな組み合わせで楽しむという趣向で。


ロッシーニ:セヴィリアの理髪師
「フィガロの結婚」の前日談。「フィガロ」と組み合わせて通し狂言にするのも面白いかも。これも平成中村座のユニットで。
アルマヴィーヴァ伯爵:愛之助 フィガロ:勘太郎 ロジーナ(後の伯爵夫人):菊之助
ヴェルディ:椿姫
「愛佗姫」の次に実現できそうなのはこれではないかと思うのですが…「愛佗姫」はテイストとしては時代物なのでこちらは世話物で。考えてみればこれって「婦系図」の元ネタなんですよね…これは完全なヒロイン・オペラなので、ヴィオレッタを立女形にして「年上の女」にしてみました。アルフレート父子はホントの父子で。こういうことができるのが歌舞伎の強みでしょう。
ヴィオレッタ:玉三郎 アルフレート:染五郎 ジョルジュ(アルフレートの父):幸四郎

ヴェルディ:「オテロ」
シェイクスピアの「オセロ」のオペラ版だから、あまりヒネリはないのですが、時代物の約束事にハメればいけそうです。かつて日生劇場で二世松緑、初代辰之助、玉三郎で福田訳で「オセロ」をやりましたが、それとは一線を画して純歌舞伎として造ってほしいですね。
オテロ:幸四郎 デズデモナ:魁春 イヤーゴ:松緑 カッシオ:染五郎

プッチーニ:「トスカ」
これは講談・人情噺に元ネタ(サルドゥの原作から直接翻案)があるのですが、スカルピアを「金閣寺」の大膳みたいな国崩しにするか、「先代萩」の仁木みたいな実悪にすれば面白いでしょう。プッチーニは名アリアがたくさんありますが、竹本に知恵をもらって「クドキ」に仕立てるとイイでしょう。「歌に生き、恋に生き」なんかはいいクドキになりますよ。
トスカ:時蔵 カヴァラドッシ:海老蔵 スカルピア:左團次(国崩し)or段四郎(実悪)

プッチーニ:蝶々夫人
これは新派の「ふるあめりかに袖はぬらさじ」みたいに原作になるたけ忠実にしてみましょう。「愛の二重唱」は「入谷」みたいに清元の他所事浄瑠璃にして濡れ場に仕立てるといいかも。
蝶々さん:玉三郎 ピンカートン:幸四郎 スズキ:吉之丞

プッチーニ:「ラ・ボエーム」
これは絶対イイ生世話物になりますよ。ただ、救いようのない話なので若干脚色が必要ですが… プッチーニのオペラは時々「西洋新派」とか言われることがありますが、たしかにこれなんかは新派系の演出の方が感じが出るかもしれませんね。
ミミ:芝雀 ロドルフォ:染五郎 ムゼッタ:七之助 マルチェッロ:市蔵

プッチーニ:「トゥーランドット」
これは王代物にしてはどうかと思います。公卿荒れのウケを絶世のお姫さまに変えて「妹背山」の御殿みたいにする…あれ?そういえば妹背山の世界って「トゥーランドット」にちょっと似てますね。海老反りもなんだかイナバウアーみたいで…(笑)これに限り配役はあっしの趣味です。悪しからず…
カラフ:海老蔵 トゥーランドット姫:時蔵 リュー:菊之助 ティムール:團十郎 アルトゥム皇帝:段四郎 ピン・パン・ポン(3人の宰相):東蔵・團蔵・亀蔵


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今日のお題は「歌舞伎以外の名作を歌舞伎化してみる」です。

歌舞伎は伝統芸能であると同時に、他の芸能をよく吸収し、レパートリーを拡大してきました。今、後継者がいないなど将来への伝承が危ういものを歌舞伎に取り込んでしまい、演劇として新たに息を吹き込んでは?と思うのです。

「婦系図」
ご存知新派の名狂言。しかしながら新派が水谷良重(二代目八重子認めません)と波野久里子の後に続くスターが一向に育たず、また主税役をはじめとする花形男優が払底状態にある現状を考えれば、スター不在で倒産・崩壊した新国劇の二の舞になる恐れが充分にあるので、今の内に歌舞伎にしてしまった方がいいと思います。実際、演舞場での本公演では歌舞伎の役者を「参加」という形でしのいでおり、そろそろ歌舞伎に差し上げてしまってもよいのでは?と思います。まぁ、良重・久里子健在のうちは無理でしょうが…
お蔦:時蔵 主税:三津五郎 酒井俊蔵(真砂町の先生):團十郎
小芳:勘三郎 酒井妙子:七之助 めの惣:市蔵 河野英臣:弥十郎 河野富子:歌江
ね、新派の公演とあまり変わらないでしょ。いかに新派が危機的状況かわかりますね。悔しかったら新派よ、奮起せよ!


お蔦は玉三郎でも福助でも可。小芳も立女形クラスならOK。主税は勘三郎、團十郎、仁左衛門でも可。今後を考えると橋之助、亀治郎、獅堂など花形クラスとか、市川右近、春猿、笑也、猿弥、段治郎など21世紀歌舞伎組のユニットにしてもいいかも。玉三郎指導の「天守物語」「夜叉ヶ池」など鏡花物で実績もあるし、猿之助休養中で立場が微妙になっている21世紀歌舞伎組の重要なレパートリーになればいいと思います。

「極付 国定忠治」
で、こちらは今は亡き新国劇の看板狂言。女形不在の無人(ぶにん)一座などでやってもいいと思います。新国劇OBが健在なうちにぜひ伝承を。
国定忠治:仁左衛門 日光の円蔵:彦三郎 清水の巌鉄:團蔵 山形屋:権十郎
忠治は吉右衛門、幸四郎でも可。花形なら橋之助が似合いそうだけど、ちょっと行儀が良すぎるかなぁ…

「次郎長三国志」
なぜ歌舞伎がこれを正面切ってやらないのか謎ですねぇ。明治以降の高尚趣味の名残で、ヤクザ礼賛的な芝居は控えていたのかもしれませんが「荒川の佐吉」「刺青奇偶」「一本刀土俵入」といった所謂「三尺物」が名狂言として定着していることを思えば、日本人のメンタリティの表現として歌舞伎にしてもいいと思いますよ。三谷とか野田とかの本で、「元禄忠臣蔵」みたいに連作狂言にしたらいいと思うのですが…

『次郎長売り出す(秋葉の火祭り)』
次郎長が東海道を代表する侠客に成長するまでを代表的な出入りである秋葉の火祭りを中心に。
清水次郎長:橋之助 お蝶:七之助 桶屋の鬼吉:勘太郎 法印大五郎:秀調
黒駒の勝蔵:獅堂 相撲常:弥十郎

『お蝶の死』
前半の山場である保下田の久六との戦いと恋女房お蝶の死。
清水次郎長:吉右衛門 お蝶:時蔵 保下田の久六:左團次 大政:海老蔵
森の石松:勘三郎

『石松代参~閻魔堂の騙し討ち』
ご存知森の石松編。代参への旅立ちから都鳥に騙されての壮絶な最期、次郎長一家総出の敵討ちまで。
清水次郎長:吉右衛門 森の石松:勘三郎 船中の江戸っ子:三津五郎
大野の鶴吉:梅玉 お民:魁春 都鳥の吉兵衛:権十郎 大政:海老蔵

石松は海老蔵でも可。その場合は勘三郎を船中の江戸っ子でご馳走に。

『血煙荒神山』
後半の最大の山場。むしろ仁吉の話が中心。売り出し時代からの子分で石松と並ぶ名物男の法印大五郎の最期。
清水次郎長:吉右衛門 吉良の仁吉:染五郎 お菊:菊之助 穴太徳:彦三郎
神戸の長吉:三津五郎 法印大五郎:秀調

『次郎長と鉄舟』
次郎長版「それからの武蔵」鉄舟と出会い、世のため人のために余生を送る次郎長。旧悪を暴いて陥れようとする宿敵黒駒との最後の戦いと、哀れな黒駒の最期。
清水次郎長:吉右衛門 黒駒の勝蔵:幸四郎 山岡鉄舟:三津五郎 お蝶(二代目):福助

その他子分衆や敵役は個性に合わせて脇役陣、市蔵・亀蔵・弥十郎・幸右衛門・錦吾など。

こんな感じでしょうか。通し狂言にしてもよし、バラバラに上演してもまたよし、21世紀の歌舞伎最大の財産になること請け合いです。


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年の瀬が近づくと、紅白の出場者の発表とともに来年のNHK.大河ドラマの予告編が流れ始めます。その時、音楽の担当が発表されて、テーマ音楽がチラリと流れます。


大河ドラマは、キャスティングと同じくらい「音楽は誰?」「テーマ曲を誰が振る?」というのが興味の対象です。これはひとえにテーマ音楽をNHK交響楽団が演奏する。という一点によるわけで、ことに指揮は第1回放送までわからないので、思わぬ組み合わせに驚くこともありますね。

作曲家・指揮者とも日本を代表する人たちはほとんどといっていいほど関わっていますね。
作曲家では芥川也寸志(赤穂浪士)、入野良朗(太閤記)、武満徹(源義経)、間宮芳生(竜馬が行く)、三善晃(春の坂道)、湯浅譲二(元禄太平記・草燃える・徳川慶喜)、一柳慧(翔ぶが如く)、三枝成彰(太平記・花の乱)、果てはエンニオ・モリコーネ(MUSASHI)に至るまで。近年は渡辺俊幸、大島ミチルといった映画・放送音楽畑の作曲家も登場が目立つようになりました。
指揮者では岩城宏之、外山雄三、森正のN響正指揮者を筆頭に、山田一雄(花神で一度だけ担当)、若杉弘(元禄太平記で一度だけ)、なんとシャルル・デュトワ(葵 徳川三代で一度だけ。音楽監督就任直後だった)や現N響音楽監督のウラディーミル・アシュケナージまで(デュトワよりギャラが安いせいか「義経」「功名が辻」今年の「江」とここまで3度も担当)。「風と雲と虹と」と「武田信玄」で音楽を担当した山本直純は、自分で指揮してましたね。

こうしてみると、作曲家で関わらなかったのは伊福部昭、黛敏郎、團伊玖磨くらい。指揮者では朝比奈隆と小沢征爾くらいでしょうか?未登場だった大物クラスで近年になって登場したのは広上淳一と井上道義。

今年、1996年の「秀吉」時以来15年ぶりに大河ドラマテーマ音楽のアンソロジーがリリースされました。97年以降も傑作テーマ曲が多かっただけに、待望のリリースになったわけですが、これを聴きながらふと考えたのは、


「テーマ曲の出来とドラマの出来は必ずしも比例しない」


とういうこと。テーマ曲は立派なのに内容は地味。とか、逆にテーマ曲は「?」な出来なのにドラマは傑作。というのが多いような気がします。


では、聴き進みながらあっしの琴線にふれたテーマ曲を挙げていきましょう。


源義経(S41・武満徹)

武満が当時最も前衛的で最先端な作曲家として活躍していたころ、たった一度だけ担当した傑作。チェンバロの使用など、やはり音楽を担当した映画「砂の女」との共通点が多い。そういえば「源義経」も「砂の女」も主演二人のそも馴れ初めになってますな。


樅ノ木は残った(S45・依田光正)

万博の年、あっしは5歳でした。このあたりからリアルタイムでテーマ、本編とも憶えています。伊達騒動の首謀者としてそれまでは悪役一辺倒だった原田甲斐を史実を忠実に追うことで再評価したドラマは傑作でした。最終回で平幹二郎の原田甲斐が惨殺されるシーンはいまでも記憶に残っています。また、テーマ曲も緊迫感あふれる名作でしたが、タイトルバックに流れる能面が5歳のあっしにとっては怖くてコワくて、長いこと能面がトラウマにもなりました。その後、チャンバラトリオがこのテーマをよく「つかみ」に使っていましたねえ。


春の坂道(S46・三善晃)
初代中村錦之助初の大河ドラマ登場ということで鳴り物入りだったわりには地味なドラマだったけど、テーマ曲は超傑作。放送用ということでの「作風の妥協」が全くないハードな曲が最高!

新・平家物語(S47・冨田勲)
和物系テーマ曲ではコレが一番カッコイイと思います。これはドラマも傑作

勝海舟(S49・富田勲)
冨田勲担当のテーマ曲では一番カッコイイ。岩城さんの指揮も冴えてます。ドラマは主役交代(渡哲也→松方弘樹)やらそれを完全に食った二代目尾上松緑の勝小吉などすったもんだのわりに印象が散漫…

春の波濤(S60・佐藤勝)

黒澤映画の音楽でも知られ、映画音楽のスペシャリストとして世界にその名をとどろかせている佐藤勝がたった一度だけ担当した傑作。ところが肝心のドラマが…ネェ。


いのち(S61・坂田晃一)
NHKにおける「橋田壽賀子専属作曲家」の坂田晃一(民放ではご存知羽田健太郎)渾身の一曲。ドラマがすごく地味だった(現代劇路線でおまけに有名な人物が出てこない)ので憶えてない人もいるかもですが、いい曲です。 あっしの大河テーマベスト3に入ります。坂田晃一担当はこのほか「おんな太閤記」「春日局」がありますが、いずれもメロディがグッとくる傑作です。

独眼竜政宗(S62・池辺晋一郎)
全大河ドラマを代表する名曲です。バンドジャーナルの付録だった吹奏楽版の譜面、流行りましたねぇ。実はオンド・マルトノが使われてたり、結構手が込んでるんですね。今回のアンソロジーで初めてオンド・マルトノ奏者(原田節)の名前がクレジットされました。

太平記(H3・三枝成彰)
花の乱(H6・三枝成彰)
三枝成彰担当の2曲はいずれも傑作ですが、実は私は「花の乱」の方が好きです。ピアノ独奏からひたひたと盛り上がってゆく展開は何度聴いてもゾクゾクします。

徳川慶喜(H10・湯浅譲二)
湯浅譲二の大河テーマはカッコイイ曲が多いですが、これはかなりハードな曲調でインパクト絶大。ドラマの出来が「?」って感じだったので、ちょっと気の毒。

北条時宗(H13・栗山和樹)
渡辺謙(西明寺入道時頼)の銀粉ショー以外見どころが薄かったドラマにはもったいない雄大なテーマ。どうも大河ドラマって、テーマがカッコイイと内容が地味になるような傾向があるような…


毛利元就(H14・渡辺俊幸)

利家とまつ(H14・渡辺俊幸)
渡辺俊幸担当の2本。「毛利元就」は所謂「ローカル英雄路線」の走りで地味、でもテーマは重厚感たっぷりでカッコよさ抜群。「利家とまつ」は思い切った若手俳優の起用で「トレンディ大河」だの「戦国ラブコメディ」だのといろいろ言われましたが(結局天海祐希の「桃太郎コスプレ」しか印象にない)、テーマ曲はキレイでした。前代未聞のオーケストラ・アンサンブル金沢との合同オーケストラでの演奏、岩城さんの最後の「大河」指揮になりました。

新選組!(H16・服部隆之)

思い切った キャスティングでドラマもヒット。「歌ものはウケない」のジンクスを打ち破った近年の傑作テーマ。ところが歌ったジョン・健・ヌッツォはその後クスリで挙げられて未だに復活できず…


篤姫(H20・吉俣良)

大河テーマ史に残る傑作。これも吹奏楽版流行りましたねぇ。史上最も優しく美しいテーマ曲でしょう。これを振ったのが井上道義ってところがミソ。ロマンチスト井上の真骨頂。


天地人(H21・大島ミチル)

大島作品って、シンプルな美しさが魅力ですが、ここでは大島には珍しくバイタルで壮大な曲を書いています。これも吹奏楽版流行りました。聴いても吹いてもなんだか血が騒いできますよ。内容はローカル英雄もので地味。トレンディ常連をズラッと揃えたキャスティングでそこそこ数字は取ったみたいですが…


(2012.1.8追記)

そして、今年…

平清盛(H24・吉松隆)

今日始まったばかりですが、早くもここ10年の大河テーマ中の最高傑作だと言い切ってしまっていいと思います。吉松氏は今まで起用されなかったのが不思議だったので、まさに満を持しての登場です。動と静が交錯するドラマティックで重厚、そしてなにより三善晃の「春の坂道」同様作風に妥協がないのが最高です。指揮は吉松作品の演奏には定評あるわれらがミッチー(井上道義)。ルーティンワークでない心の通った演奏でこれまた最高です。そして特筆すべきは本編音楽も専門の放送音楽屋ではなく東フィルが務めているということ。初回の音楽を聴いただけですが、やはりグランド・オーケストラの響きは違います。これはサントラ買ってご損はないですよ。本編もなかなか重厚なドラマでここ10年「軟派化」著しかった中一石を投ずる久しぶりの「大河らしい大河」になりそうで、「平清盛」は「毛利元就」以来10年ぶりに一年付き合うことにしたいと思います。


(2012.2.4追記)

それから約1ヶ月、ついにサントラが出ました。


第1回放送直後の追記にも書きましたが、ここ10年の大河ドラマの中で屈指の、いや半世紀の歴史の中で1・2を争う傑作です。今回は本編音楽もフル・オーケストラ(東フィル)が担当しており、またテーマの指揮は吉松氏の出世作「朱鷺に寄せる哀歌」に名演を残している井上道義、本編音楽は吉松作品の「スペシャリスト」藤岡幸夫が担当、ピアノはテーマ、本編とも舘野泉が担当と、テレビドラマの音楽としては破格の陣容です。
クラシック畑の作曲家が放送音楽をというと、得てして聴きやすい耳当りのよい曲ばかりの「妥協の産物」になりがちですが、今回の吉松氏の音楽はそれが全く感じられません。すべて本意気の「吉松ワールド」になっているのです。
そして舘野さんの左手一本で弾いているとは思えないみずみずしいピアノを始め、演奏者もテーマ、本編とも本意気で演奏しています。また、曲の並びが動と静が交錯する絶妙な構成で(多分吉松氏のプロデュースによると思います)、これはもう「ドラマのサントラ」を飛び越えて「組曲・平清盛」というオリジナル作品と言ってしまっていいと思います。
何度も書きますが買ってご損はありません。強力にオススメします。


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日本で「ニューイヤーコンサート」となるというと、多いのが「ウィンナ・ワルツと新世界」というプログラム。ヨハン・シュトラウスⅡ世の作品の多くは、世界中のオーケストラの「持ちネタ」になっており、また、ドヴォルザークの「新世界より」も然り。特殊楽器もいらず、楽員の編成も効率的な上に名曲、ということでプロ・アマを問わず定番といっていいですね。
しかし、ウィンナ・ワルツはともかく、ドヴォルザークはどうでしょう…「新世界より」というサブタイトルがなんとなく「年明け」というイメージになるのでしょうが、曲の中身はドヴォルザークが辺境の地アメリカでのホームシックの体験を綴ったもので、あまり前向きな曲とは言えないだけに、新春コンサートのプログラムを見るたびに複雑な心境になるのは私だけでしょうか?

私が年明けに聴くにふさわしいと思う曲があります。祝祭的な気分があって、しかも穏やかな曲…それはシベリウスの交響曲第5番と第7番です。穏やかな年明けをしみじみと寿ぐ。というならば、こんなにふさわしい音楽はありません。

シベリウスの交響曲には、その解釈に二つの大きな潮流があります。

一つは、雄大で豪快な行き方、もう一つは繊細で爽快な行き方です。現在、その二つの潮流の代表たる交響曲全集があります。



「雄大派」の代表は、レイフ・セーゲルスタムがヘルシンキ・フィルハーモニーを指揮したもの。セーゲルスタムは、フィンランド出身の指揮者/作曲家で、大オーケストラのポテンシャルをフルに使った巨大な音楽造りがその特徴です。FM放送のエアチェックをよくやっていた方には、オーストリア放送交響楽団とのマーラー演奏を憶えておられるでしょう。そのころ自作自演も何曲か放送されましたが、不協和音が延々と続く絵に描いたような「ゲンダイオンガク」で、終演後はブーイングの嵐。マーラーのときの大喝采と対照的だったのを憶えています。
普通そういうタイプの作曲家だと、シベリウスにはあまり興味を示さないものですが、不思議なことに、というからしい、というかフィンランドの作曲家は自分の作風はどうあれシベリウスに対しては一定以上のリスペクトを示すことが多いのです。
セーゲルスタムも、自分の作品とは対照的なシベリウスの音楽には敬意以上の思いを持っているようです。彼は大柄な人が多いフィンランド人としても巨漢といってよく、その指揮姿はまさに「棒を振る白熊」。その体格に比例するかのように音楽も限りなく外へ外へと無限に広がって行くように感じます。シベリウスの自然な倍音を軸とした響きを目いっぱい解放する、あたかも大地の鼓動のようなまさに「大宇宙」です。マンガに例えると、「ぐおぉぉぉ」とか「ずおぉぉぉ」といった巨大なオーラを表すオノマトペを書き込みたくなります。


一方「繊細派」の代表選手はパーヴォ・ベルグルンド指揮の演奏です。ベルグルンドはフィンランドを代表する名指揮者で、特に若い頃からシベリウスのスペシャリストとしてつとに有名でした。最初期の大作「クレルヴォ交響曲」の復活再演を行い、その真価を世に知らしめました。そして番号付きの交響曲全集を現在まで3度録音するなど、シベリウスに生涯を捧げた指揮者人生です。ちなみに、指揮者としては大変珍しいサウスポー(普通左利きでも棒は右手で振りますが、ベルグルンドは左手で棒を振ります)です。
ベルグルンドの指揮するシベリウスは、当初はむしろ雄大派に近いものでした。しかし、演奏と録音を重ねるにつれて次第に音楽が内側へと収斂するような造りになっていきました。
ある線を半分に、それをさらに半分に、さらにさらに半分に…と切っていくと、限りなくゼロに近づくが、決してゼロにはならない。という数学の定理があります。ベルグルンドのシベリウスは、その定理を音楽で実践しているかのように、響きは内側へと細分化されていきます。しかし、けっして無音にはならない。
限りなく無音に近い調和した空気の揺らぎ…一本の木の一枚の葉の揺らぎが、果てしない森全体を震わすように。それがシベリウスのもう一つの宇宙…そう「小宇宙」です。マンガで言えば「しーん」あるいは「さわっ」という静寂のイメージが浮かびます。


新しい年の初めに、どちらの宇宙も私のこころを震わせてくれます。しかし、同じ作曲家の、同じ譜面を使っているのにこれほど対照的に響く音楽も珍しいと思います。宇宙の果てが見果てぬ夢の世界であるように、シベリウスの宇宙も果てしない「響きの深淵」なのかもしれません。


<おすすめCD>

セーゲルスタムもベルグルンドも全集が出ていますが、とりあえず5番と7番から聴いてみてください。ベルグルンドは3種出ていますが、最も小宇宙的なのは3度目のヨーロッパ室内管とのもの。管楽器はスコアの数通り(アシストを入れない)、弦は最小限の編成になっています。
片や「白熊」片や「サウスポー」…二人の異能指揮者の対照的な響きをぜひご堪能ください。

そしてもう一つ、最晩年のバーンスタインがウィーンでライヴ録音した「5番&7番」。レニーのアツい思いのこもった渾身の指揮です。

ヤン・シベリウス:交響曲全集
レイフ・セーゲルスタム指揮/ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団
パーヴォ・ベルグルンド指揮/ヨーロッパ室内管弦楽団


ヤン・シベリウス:交響曲第5番変ホ長調Op.82&第7番ハ長調Op.105

レナード・バーンスタイン指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ユージン・オーマンディ指揮/フィラデルフィア管弦楽団


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いろいろなことがありすぎた2011年もあと3日で終わりです。


来る2012年こそは平和な年でありますように。


新年が明けますと、耳にすることが多いのがウィンナ・ワルツとポルカですね。といえばシュトラウス・ファミリーということになります。
今や「総本家」の感すらあるウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを筆頭に、世界中の新年のコンサートで、ヨハンⅠ世、Ⅱ世、ヨーゼフの父子の作品が一体何曲演奏されることでしょう。ちなみに2012年の元日のムジークフェラインの指揮台にはマリス・ヤンソンスが立つ予定になっています。


クラシック音楽のCDでも、多分最も売れているのではないでしょうか。そういえば2002年に小澤征爾が指揮したニューイヤーのライヴ盤はミリオンセラーになりましたっけ。クラシックに多少なりとも心を寄せている人なら大概1枚や2枚は持っているものです。「おいらゲンダイオンガクしか聴かんもんね。」というお方でも、シェーンベルクやヴェーベルン編曲の室内楽版くらいは持ってるでしょ…

一口に「ウィンナ・ワルツ」と言いますが、そもウィンナ・ワルツとは何か?広義にはオーストリア(ウィーン)で舞踏会で踊るために用いられる3拍子の舞曲、ということになりますが、狭義に、というよりイメージとしてはシュトラウス一族が作った作品をひっくるめて「ウィンナ・ワルツ」と呼んでいることが多いようです。

74歳という当時としては長寿を保ち、その生涯にオペレッタ、ワルツ、ポルカ、ギャロップ、オペラの補作(主に場面転換に用いるバレエシーン)など合わせて500を超える作品を残したヨハンⅡ世は、19世紀中盤から世紀末にかけてのウィーン最大の「流行作曲家」でした。


ワルツにしてもポルカにしても、当時のウィーンにおいてはその時どきの出来事に応じて作られる「機会音楽」または「流行音楽」であったのです。ハプスブルグ家の宮廷が最後の輝きを誇っていたころのこと、宮廷の慶事は勿論、王子・王女の誕生、各国の王族貴顕の訪問などの折々に、またウィーンの近代化を象徴する市民階級の発展による、新聞に代表されるジャーナリズム、鉄道の開通などの産業など、ウィーンのありとあらゆるものが「ネタ」になったのです。


ヨハンⅡ世は作品1を発表した1844年からの約55年間に約500曲ですから、単純計算でも年8曲以上、2ヶ月に1曲以上曲を発表したことになります。約30年間で600曲以上書いたモーツァルトほどではないにしても、恐らく世界で最も成功した流行作曲家であると言ってしまっていいと思います。
その作風は、はっきり言ってしまえば「バブリー」。恐らくヨハンⅡ世自身は、自分の作品が後世これほど聴き継がれ、名曲ともてはやされるとは思っていなかったのではないでしょうか。そこには底抜けなまでにひたすらな明るさ、極限まで煮詰まったウィーンの文化が投影されています。


しかしヨハンⅡ世は、ほとんど意識的に光のみを描き続けました。まるで「ウィーンには影などないもんね。」と言わんばかりに。


「光あるところに影がある」

ヨハンⅡ世が描かなかった「影」を描いたのが、2歳下の弟ヨーゼフでした。病弱で、兄より30年近くも早く世を去りましたが、それでも43年の生涯に300曲近く書いていますから、彼もまた流行作曲家としてはたいしたものだったと言えるでしょう。
ヨーゼフの作風は兄ヨハンⅡ世より地味といえば地味ですが、兄が底抜けな明るさとともに若干の野暮ったさを抱えていたのに対して、都会的な洗練された感性を感じ取ることができます。そして、陰影、というよりはっきり影と言っていいほの暗さがヨーゼフの作品にはあると思います。


ヨーゼフは兄より都会的と書きましたが、それは作品にも顕著に現れています。例えばワルツに「ディナミーデン(隠された引力)」とか「トランスアクツィオン(反作用)」といった科学用語をタイトルにしたり、「天体の音楽」のように壮大な世界をワルツにしたり…そんなヨーゼフの「影」がもっともよく現れたのが


ワルツ「うわごと」Op.212


です。「うわごと」などという不吉なタイトルもさることながら、ウィンナ・ワルツとは思えないような不気味な序奏、変化にとんだメロディと展開…兄にはないドラマ性に満ちた傑作です。


しかも、これはハプスブルグ家の王女が病気で危篤になったとき、悲しみに包まれたウィーンを描いた作品なのです。こんな題材は兄は絶対に曲にしなかったでしょう。そんな「影」の部分をも描こうとしたヨーゼフは、ある意味兄以上にウィーンを愛していたと言えるのではないでしょうか。

作曲家としてのセンスも兄に劣らず、というより兄より上ではないかと思います「ピツィカート・ポルカ」は兄との合作で、ポルカ主題を兄が、トリオとコーダをヨーゼフが書いたといわれていますが、ヨーゼフはもう一つ決定的な仕事をしています。

それは、スコアの弦楽器のパートに「Pizz.(ピツィカート)」と書き込むこと…この曲を「ピツィカート・ポルカ」にしたのはヨーゼフのアイディアだったのです。もしこの曲が「ピツィカート・ポルカ」でなかったら、ここまでの名曲になっていたでしょうか?また、兄は弟の死後「新・ピツィカート・ポルカ」を作っていますが、作品の出来の差は歴然で、却って弟との才能の差を思い知らされる結果になったのです。

そんなわけで、ヨーゼフの作品は大指揮者に愛されるました。ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを創設したクレメンス・クラウスが最も好きだったのはヨハンⅡ世の曲ではなく、ヨーゼフの「オーストリアの村つばめ」だったのです。また「うわごと」は、ヘルベルト・フォン・カラヤンの「裏十八番」としてつとに有名で、1987年、カラヤンがたった一度だけ元日のムジークフェラインのステージに立ったときも演奏されました。


<おすすめCD>

と、いうわけで、まずは1987年のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートのライヴ盤をどうぞ。ボスコフスキー没後にニューイヤーコンサートが有名指揮者の年替わり担当になって以後、もっともゴージャスでスタイリッシュな一枚です。「うわごと」は勿論「天体の音楽」「憂いもなく(ポルカ)」「ピツィカート・ポルカ」と、ヨーゼフの魅力が堪能できます。もちろん、ヨハンⅡ世の定番曲もたっぷり入っています。


ニューイヤー・コンサート1987:
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団/ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)

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