2013年はヴェルディとワーグナーの生誕200年ということで、オペラの引越し公演やガラ・コンサートなどが盛んに行われています。
そして、今年節目を迎えた作品が一つある。
1913年に初演されたストラヴィンスキーの「春の祭典」である。
今や世界中のオーケストラのレパートリーとして定着している「ハルサイ」だが、この曲の何がスゴいって、初演から100年、すでに古典曲と言っていいのに今もって世紀の問題作たり得ているところなのだ。
そんな「ハルサイ」の録音はSP時代から行われていたが、1950年代後半にステレオ録音が本格的になってから爆発的に増え、時代を代表する指揮者たちの多くが一度は採り上げるようになった。
そんな中で「ハルサイ」の各種の録音を聴いていくと、この曲ほど解釈が多様な曲も珍しい。
とはいえ、概ね2つの流れに大別されて、それがさらに細分化されているように思う。
まず大きな流れとして「統制派」と「野獣派」に分かれる。
「統制派」などと言うと戦前の日本陸軍みたいだが、要はアンサンブルをコントロールしてストラヴィンスキーの書いた譜面の緻密さを表現する。言わばモダン・ミュージックとして捉えるスタイルである。
統制派演奏はさらに3つに分かれる。「分析型」「スポーツ型」「進深化型」とでも言おうか。
まず「分析型」は、作曲家兼任の指揮者に多い。スコアを徹底的に読み込んで曲の「仕掛け」や「音響構成」を解き明かしていくような演奏である。「ハルサイ録音の黎明期であるアンセルメやモントゥーもここに入るだろう。そんな中で代表はマルケヴィチとブーレーズ。ブーレーズは現代音楽の泰斗として論文も書いているが、3度の録音はいずれもその研究の実践的証明になっている。このあたりは「指揮者」ブーレーズとしても面目躍如になっている。
「スポーツ型」は1970~80年代に爆発的に流行ったスタイルで、早めのテンポでオーケストラのポテンシャルの限界に挑むようなタイプである。この時期の録音のほとんどがこの型に入るといっても過言ではないだろう。ショルティ・アバド・小澤・ムーティ・デュトワetc...あっしもこの辺の録音で「ハルサイ」に親しんだものである。
しかし、90年代に入って音楽の潮流がポストモダンの方向に振れると、スポーツ型は急速に廃れていく。代わって統制派の主流になるのが「進深化型」である。スポーツ型がスピード感とリズムのキレでオーケストラのアンサンブルをまとめていたのに対して、進深化型は分析型との中間を行くというか、クラシック音楽の歴史に照らして、この100年間のオーケストラの「進化」と解釈の「深化」を表現するスタイルである。
この型はなぜかベルリン・フィルに縁が深い。世評は散々だが、カラヤンの演奏もどちらかといえばこの型に属する。ただ、カラヤンの録音が面白くないのは、この世紀の問題作を古典音楽の語法に無理くり当てはめようとしたアプローチの方向違いにあるのだ。
90年代以降になってベルリン・フィルは二人の指揮者によってようやく「ハルサイ」の潮流に乗ることができた。ベルナルト・ハイティンクとサイモン・ラトルである。ハイティンクはベルリンでストラヴィンスキーの「三大バレエ」を全曲録音しているが、この録音があってこそ目下最新のラトル盤は名盤になったと思う。アンサンブルの完成度はどちらもすばらしく、音楽的緊張感も最高である。
レナード・バーンスタインは都合3回「ハルサイ」を録音している。最初の録音はスポーツ型だったが、その後は「進深化型」に転じている。このように指揮者やオーケストラの成長や進化が見えるのも「ハルサイ」の魅力だと思う。
一方、野獣派である。これは演奏の緻密さより、スコア=曲の持つ原初的エネルギーを生々しく提示するスタイル。これも「土俗型」と「怪奇型」がある。
「土俗型」は地元ロシアの演奏に多い。とにかくアツい演奏スタイルで、ダイナミクスの振り幅がスゴい。この型の元祖はご存知スヴェトラーノフ。確かゾビエト(当時)初の「ハルサイ」録音だったと思うが、それが「問題作中の問題作」になったわけで、あっしもLP時代に初めて聴いたときには腰を抜かさんばかりに驚いたものである。
その正統的な後継者として今や世界一忙しい指揮者になったゲルギエフの演奏も衝撃的だ。こちらは野獣派でありながら進深化型的要素も加わっていて、「野獣も進化する」という証明になっている。
「怪奇型」はいささか特殊な型で、これはオーケストラのほうが主役になる。個性的で特異なサウンドを持つオーケストラが「ハルサイ」を手がけると、譜面の内容とオケのサウンドが相俟って一種「古怪」といえる不思議な演奏になる。
この代表は何と言ってもマゼール/ヴィーン・フィルである。勿論初にして目下唯一の録音である。マゼールは後年クリーヴランドで再録音しているが、こちらはスポーツ型に近いあっさりした演奏なので、このウィーンでの録音がウィーン・フィル主導の「ハルサイ」であったことがよくわかる。この録音のおかげで「マゼール=曲者」というイメージが定着してしまったのだからげにウィーン・フィルは恐ろしいオーケストラである。
もう一つ、怪奇型をご紹介しましょう。カレル・アンチェル指揮のチェコ・フィルの演奏です。アンチェル時代までのチェコ・フィルのサウンドは非常に個性的で、ベルリンやヴィーンに勝るとも劣らないオーケストラだったのです。アンチェルはそのサウンドはそのままに、プロコフィエフやストラヴィンスキーなどを積極的に録音して、名盤を多く世に出していますが、「ハルサイ」もその呪術てきな面を強調したアプローチと相俟って古怪な面白さにあふれています。
<おすすめCD>
「統制派分析型」
ピエール・ブーレーズ/クリーヴランド管弦楽団
ブーレーズの書いた論文が手に入るようなら読みながら聴くのも一興です。
「統制派スポーツ型」
リッカルド・ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団
スポーツ型のなかで多分「最速」の演奏。ここまでやってくれると爽快。オーケストラも驚異的に上手いです。
「統制派進深化型」
サイモン・ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
目下最新の「ハルサイ」。これのベースになったハイティンク盤もオススメ。
「野獣派土俗型」
エフゲニー・スヴェトラーノフ/ソビエト国立交響楽団
すべてはここから始まった。
ヴァレリー・ゲルギエフ/キーロフ管弦楽団
そして野獣も進化する。
「野獣派怪奇型」
ロリン・マゼール/ヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団
とにかく一聴を。面白いよ。