「さあ、ゲームをするの? それとも死ぬの?」
なんだその2択は。ゲームをやらなかっただけで僕は殺されるのか?
望美の無茶苦茶な問い掛けに、裕二は疲労しているのか激怒しているのか分からない複雑な表情となる。
そう、この通り望美はかなりのわがままなのだ。しかも決まって裕二のみに発動される。他の人間にはそれが嘘かのように、模範的な優等生を貫いている。言ってしまえば『猫被り』というヤツだ。
裕二も小学生の頃までは、自分にだけ本音を言ってくれるのだと思って嬉しかったのだが……。中学生になってからは、どうやら自分は顎に使われているだけなのかもしれないと思い始めた。いや、現に宿題を手伝わされたり買い物に行かされたりと……いわゆるパシリ扱いであった。
このゲームの件にしても前に聞いた時も、望美に「暇つぶしに決まってるでしょ」と簡単に言われた。
そう言われた事もあり、正直言って裕二は望美とゲームをしたいとは思っていなかった。望美のこの高飛車な態度が気に食わないし、貴重な休みなのだから望美のわがままに付き合いたくはない。
昔は可愛げがあったんだがな……。まあ、あくまで過去の話だけど。
小学生時代の頃を思い出しながら裕二が物思いにふけっていると、業を煮やしたのか望美が小さく舌打ちをしながら裕二の目の前へとズカズカ歩いてきた。その顔は不機嫌そのものである。
「早く答えなさいよっ! それとも死を選んで……」
「ゲームはやらないし僕は死なない」
「えっ……?」
ふいに裕二にそう言われ、望美は唐突にきょとんとした表情となった。それからすぐに悪鬼のごとく表情を歪めて両手をぶんぶん振り回しながら裕二に突っ込んできた。
「な、何言ってんのよバカ兄貴のくせにっ! 死ね死ねー!」
裕二はそう叫びながら腕をぶんぶん回す望美の頭を手で押さえた。すると望美の短い腕は裕二には届かず、ただ空を回るのみとなる。
それからしばらく腕をぐるぐる回していたのだが、疲れたのか望美は腕の回転を止めて踵を返した。
「死ねばいいのに! 3回死ねっ!」
3個も心臓は持ち合わしてねえよと思う裕二を置いて、望美はさっさと部屋を出て行ってしまった。だが裕二は別にそれを追いかけようとはせず、すぐベッドの上に寝転んだ。
「……ま、望美のこの『キャラ』にはこういう対応が一番効果的だしね」
裕二が不思議な事を呟いていると、それから少ししてから部屋の扉が静かに開いた。裕二がゆっくりと顔を扉の方へ向けると、少しだけ開いた扉の隙間から望美が顔を覗かしていた。
その表情は先ほどと打って変わってションボリとしており、裕二は密かに自分の作戦が成功した事を実感した。
すると望美は扉の隙間から1本のゲームソフトを覗かせてきた。見るとそれは望美が最近ハマっているゲームようである。
「こ、このゲームね……2人プレイで進められるモードがあるんだよ? 格闘ゲームの要素を残しつつ横スクロールが出来るなんて画期的だし、キャラもすごく可愛いし……」
「つまり、何が言いたいんだ?」
「一緒にゲームやろうよ、あんちん」
やれやれ、最初からそうやって素直に頼めばいいものを。世話が焼ける妹な事で。
ちなみに望美が言っている「あんちん」というのは、一般的に言う「お兄ちゃん」の独特な言い方である。
「……わかったよ。じゃあ、お前はゲームの準備をしろ」
「ふえ……う、うんっ!」
ようやく裕二が承諾したのを見て、望美はパアっと表情を明るくさせてそそくさとゲームの準備を始めた。
裕二は裕二でようやく1つの『キャラ』の攻略方が分かり、安堵の溜息をついた。
この望美という妹は、本当は極度の引っ込み思案の妹なのだ。その性格を隠す為、望美は『高飛車』や『優等生』といった5つの性格を使い分けていた。つまり偽りの『キャラ』を演じ続けるという、一種の癖のようなモノを持つ少女なのだ。
ワガママなのは元々からだが、望美の『キャラ』だけには裕二も相当困り果てていた。
自分の弱い部分を隠して生きる……。そんな事を家族にやってるんじゃ問題だよなぁ。
「私のキャラは近接型だから、兄貴は遠距離型を選びなさい。ふふん、私の邪魔だけはしないでよ?」
「はいはい……」
キャラを選びながら『キャラ』を演じる望美に適当に返事をしながら、裕二は自分の操るキャラを選んだ。そのキャラの設定欄には「女として育てられたが、男として生きる為に賞金を稼ぐ少年」と書いてあった。
偽りの仮面を剥がす努力……か。こんな風に望美にも自分を見詰めてほしいもんだ。
そう思って裕二は苦笑した。当の本人の望美はそんな事露知らず、楽しそうにステージ選択をしていた。