久保田たちを見つけたのは、学校の近所にある河原だった。
まだ昼休みの時間だというのに校外へと出ていった久保田たちは、どうやらすぐに集会をするようだ。なぜ集会なのか分かったかというと、河原で行われている異様な光景が物語っているからだった。
「な、何をしているのでしょうか……?」
草陰に隠れて河原の様子を窺っていた幸は、不思議な表情でそう呟いた。
そこには久保田と先ほどの不良たちに加え、校外の仲間らしき10人近くの男性たちが居る……のだが。
全体的に不良っぽい奴らではあるが、それだけでは異様な光景とは言えない。
では、なぜ異様なのかというと、そこに居る久保田以外の人間は普通の服の上に黒のマントを羽織っているからなのだ。まるで魔導師か何かかと思ってしまうような格好である。
そんな中でも、わりと普通の学生服姿をしている久保田が急に拳を天へと上げた。
「ヤロウどもっ! 今回の獲物は、我が中学校に居る可哀相な羊どもだ! 明日は俺様の指示通りに、全員を皆殺しにしろっ!!」
「「うおおおおおおおおおっ!!」」
久保田の言葉に対し、他の不良どもは咆哮を上げて返事をした。各々が血に飢えた野獣のような目をしており、これから繰り広げる狩りに興奮しているようである。
その様子を見ていた幸は、すでにパニック状態。こんなのが学校で暴れれば、どれだけ被害が出るか分かったものではない。久保田は「明日に決行する」と言っているが、こんな状態で明日まで『おあずけ』できるとは幸にはとても思えなかった。
そう思えてしまうほどに、目の前の野獣たちは血走っているのだ。
携帯電話は持っていないので近燐の住宅で電話を借りて警察に電話すればいいのだが、すでに1分でもこの危険な連中から目を話せないと幸は判断した。
そこで何を思ったのか幸は勢いよく久保田たちの方へと走って行ってしまったのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
幸の声に反応して、その場に居る全ての不良が幸の方を振り向いた。その恐ろしい剣幕に驚いてしまった幸は、ビクっとして途中で急停止する。
「なんじゃああああ、くそアマっ!!」
「わしらの集会を覗き見して、生きて帰れると思っとんのかいっ!」
「殺すぞオラアアアアアアアッ!!」
まさに不良らしい口調である。さすがの幸も足を震わせて黙りこくってしまった。
「まあ、落ち着け。この女は俺様に用があるんだろうよ」
食い殺さんばかりの勢いで乱入者に吠える不良たちを久保田が手で制し、こんな猛獣ばかりの所にのこのこと来て震え上がっている幸の方へと歩んでいった。
「何しに来た?」
「あ、あの……。わ、私の……命を捧げるので……クラスメイトの方々を……見逃してください!」
「……はいっ?」
幸はなんとか喉から声を絞り出し、同時にその場で土下座をした。
無関係な人たちを巻き込んでしまうよりは、自分1人で被害を食い止めようと考えたのだ。これが幸なりの決死の覚悟なのであった。
「ぷっ……ふは、ふはははははははははははっ!!」
「「ギャーハッハッハッハッハッ!!」」
幸が想像していた反応とは大きく異なり、久保田を含める全ての不良たちが一斉に爆笑し始めたのだった。
何が起こったのか幸には理解出来ず、土下座の態勢のまま顔だけを上げて呆然としてしまう。
「テメエは本当にヴァカだな。これから一生、テメエは俺様の下僕だよ。ただ、クラスメイト達は全員殺すけどな」
「そ、そんな……!?」
「ククク、こんな上玉を俺様がみすみす殺す訳ねえだろ。クラスメイトを皆殺しにするのは、テメエへの見せしめだよ! 俺様に絶対服従する為、恐怖によってテメエを支配してやるわっ!」
久保田は悪魔ような表情で悪魔のような事を言い放ってきた。
そこで幸は自分の考えが浅かった事を再確認した。この手段は人間にしか通用しないのだ。悪魔に通用するはずがない
すでに万策尽きた幸を絶望感が支配し、その目からは自然と涙が零れ落ちてきた。
「カカ、泣いたって誰も助けになんか来ねえよ。友達なんか1人も居ねえからな。テメエはずっと俺様の物だ!」
四つん這いになって泣き続ける幸に向かって、久保田は勝ち誇った顔でそう告げた。久保田にとって幸に人権など存在していない。自分の所有物としての扱いでしかなかった。
圧倒的な力を振われ、友達が居ないという事実を突き付けられた幸には、もう気力など残ってはいなかった。
そう……ですよね……。友達も居ない私には、何も出来ないですよね……。
「さあ、奴隷1号。忠誠心を見せる為に俺様の靴を舐め……」
「どっせえええええええええええいっ!!」
突如、その場に謎の雄叫びが轟き、同時に幸の後方から飛び出してきた何者かが久保田の顔面を殴りつけた。久保田はそのまま後ろにふっ飛んでいき、殴った人物は鼻息を荒くさせながら幸の前で仁王立ちした。
四つん這いで俯いていた幸はゆっくりと顔を上げ、そして見た。風に舞うショートヘヤーとミニスカートを。その小柄な体形に似合わない溢れんばかりの覇気を。ここに居るはずがない人物を……。
「遅くなってごめん」
すると幸の横から別の声が聞こえ、後ろ振り返って更に目を見開いた。そこには何の変哲もない学ランを着た少年が立っていた。だが、その表情は若干の恐怖を感じるほどの怒りが浮かんでいる。
「な、なんで……?」
唖然とした顔をしつつ、幸は目の前に居るポリンと祐二にそう呟いた。