器用貧乏の体育大生ブログ

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器用貧乏の僕が日々思うことを書いていきます

器用貧乏の現役体育大生がボーダーラインを超えるためにどうすれば良いのか考えています
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野球部を引退しまた新しい生活が始まりました。いろいろと悩むことをありました。でも悩んでいる時この言葉を思い出すと、こんな小さい悩みが何だ、あれだけ我慢してこれたんじゃないか、もっと努力すればいつか花が咲くはずだと思えるようになってきました。


僕は田舎の体育大学に受かり親元を離れて1人暮らしを始めました。大学に入り、僕はセパタクローというスポーツに出会いました。


セパタクローとは簡単にいうと足でやるバレーボールのようなスポーツです。バドミントンと同じ広さのコート、同じ高さのネットを使って33で行うスポーツで空中の格闘技とも呼ばれています。


タイとマレーシアでは盛んに行われていますが、日本ではまだまだ普及しておらず、大学から始める人がほとんどです。


大学でやっているところも少ないのですが、なぜかたまたまうちの大学にセパタクロー部があったんです。     ~つづく~

先ほどの闘将が書いた文章の中で、「この3年間は、将来いつ花開くかわからない!」という言葉があります。この言葉は高校を卒業してからの僕の支えになっていますね。辛い時悩んでいる時などは必ずこの言葉を思い出して頑張ろうと思います。


野球っていうスポーツは正直失敗することが多いスポーツだと思うんですよ。プロ野球などではバッターは3割打てば一流と言われます。3割ってことは10回打って3回ヒット打てばよいんですよ。残り7回は失敗しているんです。


もちろんその7回は無駄っていうことはなくてチーム貢献もしているんですが、それでも失敗したり、挫折したりして我慢することが多いんです。


僕もなかなか上手くならなくて失敗ばかりで悔しい思いばかりしましたが、それでも毎日練習をして上手くなろうと努力はしました。


それが良い結果に結びつかなかったのは残念だし、もっと努力すれば良かったと後悔もしました。               ~つづく~

 この文章読んだ時はこの人の下で野球をすることができて良かったなと思います。

 

 正直現役時代には野球部以外の生徒と僕たち野球部への態度が違いすぎて、「野球部以外の生徒に見せる優しさの1000分の1でも良いから俺たちに分けて欲しいよな。」なんて、よく野球部内で話した記憶があります。


 でもそれは僕たちと他の生徒とを良い意味で区別していたのだと思います。僕たちのためを思って厳しく指導してくれたんだと感謝していますね。「闘将」はホント野球中心の人でしたね。


 野球部の顧問以外の学校のこととかちゃんとやっているのかなって思うくらい野球に力入れていましたね。野球部は間違いなく他のどの部活より練習が多いんですよ。朝練もあるし休日などは夜遅くまで活動しているんですよ。夏休みとかも休みはホント3日もなかった気がしますね。


 それでも「闘将」は朝練のときは部員より早く学校に来ていたし、夜僕たちが遅くまで自主練をしていても最後まで残って僕たちのことを見守ってくれていましたね。自分の時間を犠牲にしてまでも野球部に打ち込んでくれていました。「


 闘将」のもとで野球をできたことは貴重な経験だったと思います。この3年間がゴールではない、この人の下で学んだことを活かして、これから先成長していかなければならないと感じましたね。 ~つづく~