33.インドで変わる価値観
インドに着いたのは現地時間の夜10時。
色とりどりのターバンに鼻息を荒くした。
戻れない・・・。
どうしようか。
帰るにしても、航空チケットの日付変更に最低3日は滞在しなければならない。
とりあえずホテルを探さねば。
私は地球の歩き方を開き、空港ロビーのベンチに腰をおろした。
「助けて」私の心が呟く。
一人で生きてみよう、そう思ったのに早々助けを求めている自分。
駄目だな・・・私は。
そんな私に一人の男の子が声を掛けてくれた。
言葉が通じる。
日本人の同じ飛行機に乗っていた男の子。
「一人できたんですか?」
「うん、でもホテル予約してなくて」
「僕もです。大丈夫かなと思ってたんですが、来てみてやっぱり駄目だと思って。それで誰かと一緒にいたいと思って声を掛けたんです」
「とりあえず、市街地まで出なくちゃだよね?!」
「はい、一緒にタクシー乗りませんか?」
彼に誘われ、私はタクシーに同乗する。
日本ではありえない。
夜、男性に声を掛けられ一緒にタクシーに乗ってホテルへ。
場所が変われば言葉の意味も変わってくるな。
私たちは少し高めではあったがホテルを見つけ、明日を迎える準備ができた。
彼は結構場慣れしているようだった。
英語も話せて、ホテルのチェックインもスムーズだ。
私はというと、自分の名前は書けたけれど、チェックインに必要な項目を埋める事ができず、インド人に呆れられた。
「オゥー、ジャパニーズ、ライト」
ふざけた英語で誘導される。
思いっきり達筆に、日本語で住所や誕生日などを記入した。
全て、インド人のふざけた英単語誘導で。
私は数日の間、空港で会った彼と共にデリーを楽しんだ。
お互いの話をしたりして、日本と変わらない日々をすごす。
映画を見たり、ショッピングをしたり、一緒に食事をしたり。
彼は通訳の仕事でインドを訪れたという。
私は結局、彼に助けられていた。
彼くらいの人ならば、きっと一人でも行動できたはずだもの。
彼と一緒に過ごした数日間、インド慣れした私に、彼はエールを送ってくれた。
それからは一人、色んな都市を回り、世界文化遺産を見てまわる。
神聖な場に心が洗われるようだった。
うん、宗教なんてまったく解からないのだけど。
とりあえず、形だけは拝んで参った。
何を拝めばいいのか解からずに、「あん!」と言っておいた。
万国共通じゃないのか?
デリー、ジャイプール、アーグラ、カジュラホ、何とか私は旅を続けられている。
不思議と出てくる知らない英語。
人間の適応性ってすごいなって思う。
楽しいと思える日々、何故日本では出来なかったのだろうか。
何が邪魔しているんだろう。
人間にはこんなに素晴らしい機能が備わっているのに。
インドへ着てから2週間が過ぎた。
私は、バラナシへと旅をすすめている。
着てきた服は真っ黒でボロボロだ。
日本で言うと、膝丈ワンピースとパンツの組み合わせのような服だ。
それに、スカーフを肩に掛ける。
このスカーフは日本人の体には合わないとしみじみ感じる。
直ぐに肩からズリ落ちて、鬱陶しいったらありゃしない。
邪道ではあるが、スカーフを縫い付けてやった。
バレやしない。
サリーでも良かったのだけど、流石に一人で着ることは難しかった。
よくこんなの毎日着ているなと思う。
着物を毎日着ているようなもんだ。
バンジャビは楽でいい。
通気性もいいし、気持ちがいい。
ちょっとインドチックな気分も味わえる。
とても汚い川で、消えない泡が浮いている。
だけど、此処の水は病気を治すと言われている。
沐浴する人、洗濯をする人、偶に死体も流れてくる。
私も沐浴してみたかったが、ジャパニーソウルは捨てられなかった。
別にそんなに綺麗好きというわけでもないけれど。
なんだろうね、どれだけ見たってこの風景は変わらないけれど、私は毎日ガンジスを見に行った。
石段に座り、1日中川を眺めて過ごす。
もう此処に座り続けて3日になる。
結構、色んな事を冷静に考えさせてくれる場所なのかもしれない。
インドに来てから初めて日本での生活の事考えた。
今頃、みんな何してるのかな・・・。
「コンニチワ」
インド少年に声を掛けられる。
「こんにちわ」
「アナタ、ココデ、ナニシテル」
「うんと・・・何してんだろう?」
「アハハハ、アナタ、モウスコシカンガエタホウガイイ」
「あんたに言われたかないよ」
「ハイハイ、ワタシ、ニホンゴワカラナイネ」
「調子いいね」
「ハイ、ゲンキデス」
「あっそ・・・」
気付けば私の周りには沢山のインドの子供たちが取り囲んでた。
どの子も日本語を話す。
5歳くらいの女の子も軽く日本語を話しているのに驚いた。
日本語ができないと、商売にならないらしい。
言葉も学ばず外国へ遊びに来るのは日本人くらいだと私が叱られてしまった。
何で私気に入られてるんだろう。
大勢でタムロっている所為か、インド人がやたらと商品を売りに来る。
その度に、子供達が追い払ってくれた。
私って何処へ行っても誰かに助けられるんだな。
こんな小さな子供たちまで私を守ろうとしている。
私ってそんな守ってオーラ出してんのかな。
その中の一つ年下の男の子が私を家に招待してくれた。
インド人が暮らす民家を見る事が出来るなんて願ったり叶ったりだ。
二つ返事で私は彼の家へ遊びに行く。
家の作りはイメージ通りだったが、意外にも電化製品の多さに少し驚いた。
のんびり彼の家で日本語と英語のミックスおしゃべり。
彼とは意気投合。
彼女が日本人だと言う彼と恋愛話に花咲いた。
そして、将来の夢や色んな事を語り合った。
彼と出会えて本当に良かったなって思う。
彼には自分の正直な心の探し方というものを学んだ。
本当の自分探しだ。
私には今一番必要だと思う。
どうなりたいかとかそんなんじゃない。
どうなりたいかくらい自分ではっきりと解かっている。
ただ、その事に対してどう思うべきなのか、自分に嘘をつかない方法。
私は純粋に彼に聞いた。
「パプーは、日本で暮らしたいと思ってるのに何で日本にこないの?」
「飛行機ノレナイカラ」
「お金借りて、日本で働けば直ぐ返せるでしょ」
「ソンナ簡単チガウ」
「なんで?彼女に会えなくて寂しいでしょ?」
「家族ハ大切。彼女トモ、コレカラ家族ニナル。家族守レナイ、恋愛デキナイ」
「恋愛犠牲にして、家族守ってっていう考え方に辛さはないの?」
「何辛イコト?セノリハ家族嫌イカ?」
「何で私がこんなことしなきゃいけないのよ!とかないの?」
「ヤリタイカラヤッテル。ソレニ辛イコトアルカ?」
「ううーん、彼女は辛いと思うけど」
「ソウカ?大丈夫イッテル」
「そんなの嘘じゃん」
「嘘?ヨクナイ」
「じゃなくて、困らせたくないからでしょ」
「私、困ラナイ」
「困るでしょ~、会いたいって言われたら」
「ジャァ、彼女来ル」
「馬鹿!来て欲しいに決まってるでしょ」
「ナンデ、会イタイ、来ル。オカシイ」
「ん?・・・・かもしれんよね?」
「ン?」
「日本人は嘘つきなのかもしれないわ」
「何?日本人悪イ人間カ?」
「いや、彼女はいい人だよ。でもね、必ず誰かの所為にしてしまうんだよ」
「チョット日本語ムズカシイ」
「ごめん、彼女は素敵な人だよ」
私は1週間、バラナシで過ごした。
毎日同じ石段に座りガンジスを見ながら、彼らと共に人生を語り合った。
尽きなかった。
私の価値観なんてものは、純粋な彼らには敵わなかった。
全てが根底から覆される。
どんなことでも聞きたかった。
「じゃぁじゃぁじゃぁ、これはどう思う?」
多分、ここに吐き出した全ては私の心の傷だったように思う。
日本では誰も答えてはくれなかった。
この事が全て日本の暮らしに通用するかと言えばNOだ。
だけど、心にそんな考え方を持てるという事は、私にとって大きなプラスだった。
そろそろ日本に帰ろうかな。
家に電話を入れる。
「もうすぐ帰るから」
電話の向こうでは父がわらをも縋るような声で応答してきた。
「できるだけ早く帰って来い。お婆ちゃんが倒れて、俺ら毎日ラーメン生活や」
両親の離婚から家事を全てやっていた祖母が倒れた。
田舎育ちの男たちは、何ひとつ家事をできないで1日を越してきたという。
早く、早く帰らねば。
私が家族を守るんだ。