30.弟の家出 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

30.弟の家出

彼の事を四六時中考える毎日の中、彼を忘れることの出来る日がある。

彼を想う胸の痛みを忘れる時、別の痛みが私の胸をつき走る。


弟がいなくなった。

両親が離婚してから、非行にはしるようになった一番下の弟。

離婚が成立するまで彼は、彼なりに頑張っていた。

いい子にしていれば、母は戻る。

多分、そうなんじゃないかなって姉は思っている。

私もそうだったから。

だけど、「戻ってきて欲しい」こんな短い甘えの言葉を言えずに私たちは育った。

同じ様に育った。

不器用な表現しかできなかった。

迷惑がかからないように、気付いてくれるのを待ち続ける。


弟は気付いてた。

気付いていないように振舞わせたのは、私たち姉弟。

姉と一つ下の弟、彼にとっては兄だ。

弟は高校へ行きたくないと言い張った。

金が必要なのだと言う。

通帳を眺める父、キャバクラで働く姉、毎日のように掛かってくる借金の取立ての電話が彼に気付かせた。

それは、母へと直結する。

弟は金さえあれば、母が戻ると思ったのだと思う。

誰もそんな事言わずとも。

弟は働きたいと言う。

まだ、中学生だった彼がそう言う。

弟を説得して高校へ入学させ、母は戻ってこない事も言い聞かせた。


いい子にしてても帰ってこない。

お金があっても戻ってこない。

そう、人間が考える事なんて数少ない。

だったら悪い事をして気をひかせよう・・・。

それでも母からの連絡は彼には届かなかった。


そんなある日、弟はいなくなった。


弟が毎日付き合っている暴走族の子達も一緒になって必死に探してくれた。

こういう時暴走族という連絡網のすごさには感心する。

県を越えて目撃情報が上がっていった。

母だ。

地名を聞いて直感した。

だけど、こちらからは連絡がとれない。

無事、たどり着いていてくれればいいけれど。


数日後、母から父へ連絡が入った。

弟は母と一緒に暮らしたいと言っているそうだ。

嘘だ、そう思った。

何で、私よりも母なんだ。

私は知ってる。

母が一番下の弟の育児を放棄したことを。

私がずっと可愛がってきたんだ。

許せなかった、母を許せなかった。

何故、今になって弟を引き取ろうと思うのだろうか。

育てていけるお金だってないくせに。


私は父に詰め寄った。

弟を引き戻せと。

裁判になれば、絶対勝てるんだ。

取り戻したかった。


父と母の話し合いは続いている。

穏やかな父の話し合いは、歯痒かった。

ダンボールに詰められて、運送屋に運ばれてゆく弟の荷物を歯を食いしばり見ていることしかできない。

弟の意志が尊重されてるなんて認めたくなかった。

学校・・・どうするの?

ちゃんと授業料払い終わったんだよ・・・。


家の中では祖父母がうるさく喚いている。

感極まって泣き出してしまう祖母をみて、泣きたいのはこちらだとうざったかった。

「せのりちゃんがしっかりしないから」

そうさ、全ては私の所為なんだ。


バラバラになってゆく家族。

一つ下の弟は一人暮らしがしたいと言い出し出て行ってしまった。

私も・・・逃げ出したい。

どこか遠くへ、誰も知らない何処かへ。



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