37.過喚起症候群 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

37.過喚起症候群

弟は翌日目を覚まし、家に帰ってきた。

ぼーっと部屋で座り込んだまま、弟は数日を過ごした。


沢山の相談に乗ってきたし、沢山の事を考えて生きてきたけれど、自殺に失敗した者に触れるのは初めてだ。

どうしていいのか解からない。

そして、目の前にいる者もまた、初めての状況に戸惑っているのではなかろうか。

死のうと思って実行して、目を覚ました者は一体何を思うのだろうか。


不自然だった。

数日後、弟は生まれ変わったように笑顔だった。

よく話すし、よく笑う。

そんな弟に応えようとしてか、家族のみんなが笑顔を作り出していた。

テレビの話が主だった。

あの芸能人はどうだとか、あの番組はどうだとか。

私には気味が悪かった。

こんなにも簡単に過去は切り捨てられないのだ。

こんな薄っぺらいものを創り出しても、直ぐに壊れる時が来る。

壊れたとき、傷つくのは、弟なのだ。


だけど、私にもどうしていいのか解からない。

私も笑顔を作った。

「そういえば、あの芸能人、誰だっけ?あれ、あれ!あいつとあいつ付き合ってるらしいね」


そんな毎日も慣れることで自然に変わる。

悪い事をしようとしない弟は、気持ちを改めたと思ってもいいのだろうか。

でも、これだけは確実なのだ。

彼の傷は癒えていない。

こんなことで癒されるのなら、誰もが自殺を試みる。

そんな解決があってたまるか。


私は弟の家庭教師をかってでた。

今、私に出来る事はこのくらいのような気がした。

私にも苦手な教科はあるけれど、全教科の成績アップを狙った。

良くても20点しか取れない弟。

試験の度にドンドン点数が上がることに、共に喜んだ。

月並みのセリフだけれど「アナタはやれば出来る子なんだから」と私は言葉をこぼした。

弟が60点代を取るようになったころには、家族全員が教科書を持ち歩いてた。

一人じゃないんだよ。

そんな想いが溢れてたのだろうか。


弟は徐々に前にようにいろいろと話すようになってきた。

「お姉ちゃん?お姉ちゃん、もう勉強せぇへんの?学校諦めたん?」

「学校は諦めたというか、魅力を感じなくなったかな。でも夢はちゃんと持ってるよ」

「ふ~ん」

「あんたは、なりたいもんとかないの?」

「あるけど、学校いかなあかんから、またお金かかるやん」

「あのな!お金はもうあるんやで。お父さんの仕事、なめとったらあかんで」

「そうなんや。いいのかな?」

「何が?!」

「うーん」

「はっきり言わな解からん!」

「学校辞めて専門学校いったらあかんかな?」

「それは、お父さんに言わなあかん」

「お姉ちゃんから言うて」

「言うてもいいけど、そんなんじゃ試験には受からんよ。人の手借りてるようじゃ、夢は叶わん」

「考えとく」


何となくだけど、前進してるような気にはなった。

やっぱり鍵は両親なのだろうけれど、うまくいけば良いなと願った。


だけど、そんな弟に暴走族たちからの連絡はしきりに掛かってきていた。

しばらくは断っていたようだけど、誘惑と呼んでもいいのだろうか、弟は誘いに乗って夜家をあけることが多くなっていった。

父とはまだ話をしていないようだ。

私が父に告げたとき、「初耳だ」と言われてしまった。

早まった・・・。

聞かなかった事にしろと口止めしたけれど、弟はどうするつもりなのだろうか。

父と話したくないという思いが、非行へ走らせるのだろうか。

また、振出へ戻る。


今夜も弟は帰ってこない。

毎日、父と深夜番組を見ながら弟の帰りを待っていたけれど、帰ってこない。

テレビ番組はおもしろく、待つという事に苦痛などはなかった。

毎日の事で不安などもそうない。

また何処かで騒いでるんだろう。

そんな軽い気持ちで待っていた。

だけど、この日何故か私は落ち着かなかった。

虫の知らせとかそんなものでもなかった。

体の動きが少し鈍いようなそんなダルさ。

疲れてるのかな、そんな風に思っていた。

だけど、何だかおかしいそんな違和感。

次第に手足がしびれだし、呼吸が難しいと感じた。

息が吸えない。

吸えないというよりも、肺に空気が入らないような感じ。

このままじゃ死んでしまう。

沢山の空気を吸おうと深呼吸をした。

そしたら頭痛と共に意識が薄れ始める。

私、どうしちゃったんだろう。

異変を感じた父が、救急で病院へ連れて行ってくれた。


診断の結果は、過喚起症候群だった。

悩みやストレスによる、呼吸障害だ。

ビックリした時など、呼吸が早くなったりするのと同じ様に、不安に感じたりストレスを感じた時に過呼吸状態になる。

「解決されない深い悩みなどはありませんか?」

医師にそういわれ、私はないと答えていた。


ストレスだとは認めたくなかった。

認めてしまったらこの医者はなんて言う?

ストレスの元を断とうとするだろう。

それだけは絶対にだめなのだ。

不安に思ったり、悩んだりしたって放棄してはならない。

私は発作をおこしたとしても、その悩みの種を摘み取らねばならない。

そしたら、発作も起こらなくなるわけだし。

発作が起こった際の処置法を聞いて家に帰った。


寝てれば治る。

昔の人はよくいったものだ。

私は眠ることでうまく呼吸ができた。

思い込み、思い込み。

こんなに気持ちよく眠れるのだから。



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