わたしとしたことが、時々やって来るあいつの
5日前の誕生日をすっかり忘れていて、祝う言葉も送っていませんでした。

自分では気付かないくらい、ただ日々に追われていたのでしょう。


正直に謝って、遅れ馳せながらのメッセージを送ろうと
ケイタイを手に取ったその時、あいつからメールが入りました。


「オナカスイタ。事務所にいる。」

訳すと、
事務所で朝までが締め切りの原稿を書いているが
腹が減ったからどこかに連れていってくれ。

ということです。
(あいつはフリーの放送作家です)

煮詰まって、息抜きでもしたかったのでしょう。
タイミングの良い男です。


そこで、深夜営業しているカフェで飯を食べさせ、
セブンスターふた箱を差し出し
誕生日を忘れていたことを謝罪すると
「アッハッハッハッ!俺も忘れてたよ」と
笑って許してくれました。

9月のわたしの誕生日には、
何か旨いものを食わせに行くなどと、
らしくないことまで言うので、
何だか胸の辺りがギュッとしました。

たぶん誕生日ディナーなど実現することはないけれど、
今夜のあいつが、わたしにそうしてやりたいと
思っているということだけで充分でした。


酔っていない時のあいつは、
とても穏やかで女にもモテる
愉快でやさしい男です。

たくさんの酒を飲み、
うわ言で心の闇を吐露する姿とのコントラストが、
切なく、腹立たしく、愛しく思えるのです。


カフェを後にしたわたしたちは、目黒川沿いのベンチに腰をおろし
パピコを吸い、煙草を吸い、蚊に血を吸われながら
他愛もないおしゃべりをして、
あいつは仕事に戻って行きました。

別れ際、静かに抱きよせてやさしいキスをしたあいつの、
煙草の匂いと、汗ばんだシャツの感触が、
わたしを少し混乱させました。


熱帯夜が続き、なかなか夏が終わりません。