10月を夏休みにしたり、会ったこともない人と夏休みを過ごそうとすること自体、素敵なことではないか?


ボーっと生きてる日記


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10月に夏休みをとった。


失業者が、「毎日が日曜日」といった気分で、ボカディ-ジョ(フランスパンにおかずを挟んだサンドウィッチ)と折りたたみイスを持って、海で一日を過ごしたりする、「人生のやりすごしかた」がどうにも気に入っていた私だけど、バカンス中の人々と失業者が海へ出かける前に飲むコーヒーの朝から、彼らが海辺から帰ってきてジントニックを飲む夕方まで、私は8月休暇をとらずになんとなく働いていた。


私は、辛うじてちょっとだけ持ち合わせる自分の明晰さのすべてを傾けて、しかしながら漠然と、


「私は、みんなが海に行くのを寒がりはじめる10月に本を持ってどこかへ行こう」と密かに企んでいた。



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あの8月の夕べに人々は、私が両手一杯に握る、太陽をいっぱいに浴びたライムに一瞥を投げたものだ。


そして人々は、その固く淫猥な緑色の果実の麻薬のような香りが風に運ばれてマルバローサの海面を滑る瞬間を、生粋の地中海人のような顔で思い浮かべながら、


「それはきっと潮風と混じり合って、レモングラスのような香りになるのだろうなぁ」


と優雅に「かん違い」していた。


たとえばそんな「かん違い」や、先週の曇った日に唇と鼻先で味わい尽くした恋人の胸の汗のにおいを、8月の夕間暮れに恍惚と連想しながら


`¿Dònde estás?´`¿Qué haces?´ ( どこにいるの?何しているの?)


と携帯のタッチパネルに打ち込む時の右手の人差し指の美しい張り具合を自慢に思う気持ち、、、


そして口に含むハッカ味のモヒ-トを今夜好きなだけ飲んでも「まだ83ユーロもあまるや」と光のように思いあたる気持ち、、、、


それがあの人たちの夏休みだった。



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私の8月のささやかな喜びは、セミの抜け殻をいろいろな角度から写真に撮ったり、夏休みのシモンと朝ごはんを食べたり、それから、それから、それから、、太るのを恐れて一日に2匙のヨーグルトでモデル気分になっている若い女性客のモヒ-トに黒砂糖の量をひどく余分に入れてやったり、午後にお店を閉めてラムレーズンやラズベリーのアイスクリイムを2スク-プ注文して、サンダルが脱げかかりそうになりながら、市場の階段に腰掛けて、顔を空のほうに向けて、人の心を締めつける幸せの海のようなアイスクリイムに舌を差し込む瞬間だった。


「私は男の生温かい吐息はいらない」


と、私は冷たいアイスクリイムの幸福に震えながら思った。


そして、私の脳裏をひっきりなしに通過してゆく全ての文章の締めは、


「私の夏休みは10月にやってくる」


「私の夏休みは、この13年間続く蜃気楼のような8月の、怖いくらい何もないアトモスフィアをくぐり抜けて、

 あの一年で最も神々しい10月の光に向かって続いている」


という、とりわけくどい文章だった。



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何の屈託もなく2スク-プものアイスをたいらげてしまった後、私は家に帰り、冷たいシーツに足を入れて 「40分眠ってまた仕事に戻ろう」と思い軽く目を閉じた。


薄目を開けてしばらくベッドの砂丘を見つめていると、インクがたっぷり入った万年筆が滑らかなシーツの上を恐ろしい速さで滲んだ文字を残してゆく錯覚に襲われる。


「私の夏休みは、あの人々がモヒ-トの二日酔いを我慢しながらアスピリンを噛んで働いているであろう10月1日にはじまるのだ」


そうシーツに書きなぐられた横書きのインクの文字が、目を閉じた私の目蓋の裏の輪転機で次々と増刷されてゆく。



そうして私は34分間の深い眠りに墜落していった。



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夏が終わった。


10月1日に私は銀行へ行き、息子達のそれぞれの学費を一年分振り込んでから、
家出するみたいに荷物をまとめてタクシーを呼んだ。


しかし、どこに旅に出たわけでもなかった。
私は、世の中の皆が働いている間にコソコソと非現実空間をぶらぶら遊ぶために、
街の反対側の見知らぬ地区にアパ-トを借りていたのだった。


三週間分の家賃を受け取った家主がドアを閉めて出てゆく。


私はドアの内側で耳を澄ませて、家主がエレベーターに乗って下降してゆくのを確かめてから、

「まんまとしてやった、、」という気持ちで満足だった。


それから鍵と財布だけを持ち、酒と氷を買いにスーパーへ出かけた。


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そこに日本からの来客がひっそりとやってきた。


アメブロの相互読者norさんだ。今回初めて実際にお会いすることになった。


norさんは私が去年の冬に書いた「冥土への放浪者」を読んで読者登録をしてくださったが、それ以来、常に真剣にコメントをしてくれたり、また毎晩の夕食の画像を個人的に送り続けてくださった。


スーパーで時間が経つと半額になるお弁当とか、韓国製の辛いラーメンを土鍋で煮込んでいる写真を見て私は実にそれを食べてみたくなった。


「norさん、私、日本に行って半額になったおにぎりとか納豆とごはんをぐるぐるに混ぜたものとかnorさんと食べてみたい。10月の夏休みに日本に行くからスーパー付き合って」


「僕はルスさんのブログにでてくる風景をぜひ見てみたい」


「ホント?じゃあ来る? じゃあ、納豆持ってきて。フェンダーも。それから週間新潮とか週刊文春とか『柿の

 種』とかさ。私アパ-ト借りるからそこに来ればいいよ。飲もう、飲もう。そして70年代の音楽の話しを聞

 かせて」


と、私ははしゃいだ。


これは私としてはひどく異常な展開だ。


あり得ないことだ。


というのも、実は私は、ブログ友達とは実際にはお会いしたくないというのが全く本当のところだ。


それは、私があまりに自分の個人生活や心情を赤裸々にブログに記しているので、それをすでに知っている誰かの前に無防備に身をさらすのはあまりにもきまりが悪いのである。


しかしnorさんほど変わっている人なら安心だ。


お金がないのにドライマティーニの朝酒を楽しんだり、電車賃がなくて仕事場から家まで6時間も歩いたり、集団行動が苦手だったり、自分がヘマをするくせに体制に反抗的だったり。


急にフェイスブックやブログから消えたり。


norさんのように浮世離れしたヘンな人なら、気が楽ではないか。


「探ってやろう」と私は思った。


「あの人のブログに書いてあることが本当かどうかじっくり探ってやろう」と私は思った。



相手は私のことを「ブログでどんなことを書いていても実はそこそこに礼儀正しい常識人なんだろう」とたかをくくっているに決まっている。


まず向こうを丸裸にしてから、私がどんなに意地悪で残酷な人間かを思い知らせてやろう。


弱音を吐いたら叱ってあげよう。


私は誰もいない清潔なアパートの台所でウィスキーのオンザロックをつくった。


わざと高い位置から氷の塊にぶつけるようにウィスキーを注ぎ入れて人差し指でそれを掻き混ぜた。


そして「あの人は、今にもグシャッと潰れそうな旅客機の中で今ごろ機内食や別注文のワインをiPhoneで撮影でもしているのだろう、、」と思って少し笑った。


「少なくとも成田で自分撮り5枚、シャルル・ド・ゴールでは8枚ほど自分撮りするのだろう」と思って携帯をチェックしたらまさに成田から送られていたnor写真を発見。


思わずふき出しそうになった。


もうすぐあの人はバレンシアの蜘蛛の糸めがけて低空飛行で飛び込んでくるのだ、、。


「飛んで火に入る夏の虫」だ。



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「気負って生きた若い日々は無駄でした。一生懸命やったのに何もなりませんでした。開き直って自由に生きます。 初老を眼前に迎えながら十代の日々にもどって夢を追います」
( norさん ブログのメッセ-ジボードより )


こんなnorさんの文章を読んで私は以前言ったものだ。


「norさん、私よりもたったの10個くらいしか年上ではないのに、初老なんて言ったらだめだよ」と。



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norさんは着いた。

私は空港で、まるで見知らぬ日本人を拉致するかのように、norさんをぶっきら棒にタクシーに押し込んでアパートに連れて帰ってきたのだった。




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(このアパートにはやがて数日後、酒瓶がゴロゴロするようになる)


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「norさん、私たちのサラダの作り方全然ちがうね。なにしろnorさんはナチュラルハイジ-ンですからね」


nor
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一日中、音楽かけどおし。


「Beep-Beep-Beep-Beep-Yeah!!」

「 Get back, get back
  Get back to where you once belonged 」


口をモグモグ動かしながら、身体も音楽のリズムに合わせているのって楽しい。


子供の頃に叱られて出来なかったことが「10月の夏休み」に出来て私はすごく嬉しかった。


非常識な時間に、非常識な音楽を口ずさみながら、非常識に酒を飲むのはやっぱり楽しい。


実に愉快だ。


今まで一度も会ったことのない人と実際に会ったらとても気が合って、毎日のんびりと酒を飲んだり歌を歌ったりする休暇って、すばらしく理想的な『非日常』ではないか?


それこそが「休暇」にふさわしい「非日常」ではないか?


渋谷「ジァンジァン」の入り口の行列で知り合った誰かと、次は銀座の画廊に行ったり、


セビリアの塔の前で出会った誰かと、次は江古田の大衆酒場で焼酎を酌み交わしたり、



一連のそんな、見知らぬ人々との出逢いの情景が、絵葉書綴りのように私の心に届いた。


私は今ふたたび新しく刷られた絵葉書の続きを、心の郵便受けにみつける。


遊園地や映画館は日常の続きで、遊園地の公衆トイレの裏に、実は「非日常」の隠れたドアーがある。


出逢いと思いつきと衝動と、そして少しの傷心と感謝。


そんな青春がまだまだ果てしない心の青空に、まっすぐな飛行機雲の線のようにどこまでも続いている。


私は嬉しくて、一人で自分の寝室のベッドの上を転げ回って大暴れしベッドを滅茶苦茶にしてしまった。


しかし、ベッドメイクをしないでいいのが非日常の休暇ではないのか、、。

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私はベッドに仰向けに横たわり、白い天井の無数の観客にむかって叫ぶ。

へーイ!みんな、きいてくれ!


私は自分のアイデアと実行力を自分で褒めたーい!( Yeah !! )


人生、決まった相手とだけ生真面目に夫婦なんか長年やってるのはロクなコトがナイことが多いー!      ( Yeah !! )


伴侶がいても別の相手とのんびり歌うたったり美味しいもの食べる休暇は精神衛生上いいコトだろー?(Yeaaaah!!)


みんなも、たまには10月に「夏休み」をとって、アヤシくて楽しいことしてみようぜー! 

( Yeaaaaaaaahhh !!! )



みんな、ゆうきだせ-! ( オウ! )



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私たちの酒の肴は、バ-ジンオリーブオイルとバルサミコ酢がドレッシングのサラダと60-70年代のロック。

なにしろ、私はnorさんがブログに書いてきたライナ-ノ-ツの楽曲全ての音源をPCに保存しているくらいモノスゴイ熱心な読者だったのである。


私はnorさんの文章の特徴をしっかり掴んでいるので、今回バレンシアで最終記事を代筆してあげたくらいである。(強引に、、)




次回またnorさんが訪ねてきたら、今度は「ボーっと生きてる日記」を代筆してもらうことになっている。

(私は厳しいチェックを入れると思う)

誰かにこんなに遊んでもらったのは何十年ぶりだろうか。


日本語でこんなに話すのは何十年ぶりだろうか。


日本語が上達してペラペラになってしまったほどだ。


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朝ごはんを食べないnorさんと午前中にアパ-トの近くをぶらぶら散歩していたら、norさんは

「腹が減ってるんだよ~!ワイン一杯どこかで飲ませてくれよ~!」


とか言い出す。

「何言ってんのよ!腹が減ってるなら、なにか食べなさいよ!まるでアル中じゃないの!」

「俺はワインで栄養補給するんだから~!」


「黙ってついて来なさいよ!ちゃんと歩きなさい!子供みたいなこと言わないで!」



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「だめよ!舗道スレスレのところ歩いていたら!車にひかれてnorさんが死んだら私、大迷惑ですから

 ね!、、、あ!また、舗道からはずれて車道歩いてる!一体何考えてるのよ。死にたいわけ?」


「むこうから来る人とぶつかるよりはマシだろう、、!」



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「だめでしょ!後ろポケットに貴重品入れて歩いてたら~!スリに身ぐるみ剥がされたら、 私、メンドウみ

 ないからね。ヒッチハイクしてバルセロナの領事館まで行って日本に帰してもらってよね、、」


「 お! おなじみのルス画像にオレが写っている!」

「 そう、norさんはベンジャミンのようにフォトジェニック。 ほら、いつも、このデジカメで撮ってるんだよ 」



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norさんはアイリッシュパブでなにやら店員に注文している。

「Bowmoreないのか、、。だったらお奨めのsherry finishのスコッチにして欲しい」

なんて流暢な英語で注文するものだから店員からも丁寧に扱われ始めている。

しかし、これ一杯いくらするんだろ、、(汗)

おいおい、、。


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しかし、こんな記事を日本の恋人にみられたら大変なことに、、、。


修復不可能なことに、、、、。


でも、まあ、去る者は追わず、ということで。


「オンナよりもうまい酒とうまい音楽をとることの出来る男がホネのある大人の人間であり、本当のブルースの苦味を歌えるオトコである」 ( ルス )


( ↑ワハ♪ ひとつ格言が出来ちゃった♪ )



↓そしてそれをオトコが理解し、過去のオンナを振り切れた時、別のいいオンナが寄ってくるものである!


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またある時は湖をクル-ジング
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湖畔のボートを、非常識な時間に非常識に借り切って、野放図な野鳥が群れをなしている空をボーっと眺めていると、北海道出身のnorさんの叔父さんはこことソックリのところでカヌーを貸して生活していると、norさんが故郷を懐かしがりはじめる。



非常識な時間に湖畔のレストランでパエリアを注文したら、norさんはパエリアをたいそう気に入ってくれたので、私も非常識な時間に非常識なアパ-トでパエリアを再現してあげた。


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                            ルス

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「どうしてヒゲ剃らないの?この辺、私の知っている人に会っちゃうかもしれないんだから無精ヒゲで歩かな

 いでよ、、、。え?シェーバーも歯ブラシも持ってきてないって、、?ふつうは持ってくるよね、、、、(汗)」


norさんはTシャツ3枚とジーンズ2本だけで渡西した。


「norさんてアメ-バピグみたいだね、、、、、」


私は自分の長袖シャツとTシャツをnorさんにあげた。




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norさんが言う。


「優雅なネコだなァ」


私は答える。


「norさんの前世は、新撰組でもなんでもなくて、バレンシアの野良猫なんだよ」


「そうだな、俺はここの人間なんだ。ここを故郷と思うことにしよう。日本には出稼ぎに行って、ここに帰って

 くることにしよう」


「なんでnorさんは自分をここの人間だと思うの?」


「楽しいから、、」


そうそう、どんな格言よりも、どんな宗教よりも、楽しい時間を信用するべき。


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「楽しい日々には、人生に信頼を寄せると、人生のほうでもちゃんと応えずにはいられなくなるのね」


( アルベール・カミュ 『幸福な死』 )


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「ルスちゃんの残した野菜サンド食べていい?」


「うん!もちろん。どうぞ」


「おれ、今かかっているこういう音楽嫌いなんだよ。このどうでもいいような単調なリズムとメロディが」



「norさん、どうしてnorさんの楽器持ってきてくれなかったの?norさんのギタ-欲しかったのに。でもね、

 楽器を弾ける人はそれだけで幸せの特権を持っているのよ。音楽をやめたら駄目よ」



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ベジタリアンのnorさんは玄米を炊いたり、野菜だけのカレーをつくってくれた。


残ったカレーを鍋にして、そこにコリアンダーの葉っぱを入れて春菊のようにして食べたりした。


朝は私が起きてゆくと、そこにはきれいに切って並べられたフルーツの盛り合わせが用意されていた。


私がぐずぐずお化粧に時間をかけている間に、norさんは台所を片付けて、お昼用のお米を研いだりしている。



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しかし、せっかく楽しいのに、norさんはやがて日本に帰ってしまう。


もう私、スペイン語は喋りたくないのに、、、。




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ある夕方、突然、わけのわからない不安が襲ってきた。


そして私は突然まじめな顔で言い出した。



「norさん、ストッキング伝線しちゃった。買いにいって欲しい。お願い」

「え、、!ほかのものだったら何でもおつかいに行くけど、それだけはいやだ」


「 なんで!」


「変態だと思われるから」


「誰が何を思おうと気にしなければいいよ。 私、動きたくない。お願いだよ、買いに行って」


「やだ」


「やだなんて、やだ。norさん、私にギターくれるってゆって、結局持ってきてくれなかったじゃん」


「、、、、。それは君が持って来なくてもいいって言ったからだろう、、、」


「大変だったら持って来なくてもいい、、ってゆったんだもん。でも持ってきて欲しかったんだもん!」


(これがもしもストッキングではなくてタマゴ1ダースなどであれば話しはこじれなかったのだろうが、私の無意識の意地悪が「ストッキング」という名詞を掘り当てたのだろう)


norさんが行ってしまったら、私はまたスペイン語だけを喋って他人に親切にしてばかりいるのだろうか、、、。

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「ギタ-を持ってくるための300ユーロの輸送運賃をnorさんが払ったら、norさんが成田空港までの電車賃

 なくなっちゃうと思ったから、無理しないでいいってゆったんだもん、、、」


私はアパートの台所で泣き出した。


うそ泣きをして驚かしてやろうと思ったのが、本当になってしまったのだ(汗)(涙)

「 norさんはギター持ってきてくれなかった。だから、、お詫びにストッキング買ってきて 」


「 お詫びにって、、、、、おれは変態だと思われたくない、、どうしてもそれだけはできない、、」

私はしゃくりあげた。


が、それと同時に、実は顔を手で覆いながら、実は腹筋が痛くなるくらいに笑いがこみあげてきたのである。


このままでは引っ込みがつかないので泣き続けたかったのに、恐ろしい狂笑が身体の底から湧き上がって私を宙吊りにするかのようだ。


「 norさんのばか!変態だと思われたくないnorさんのばか!ギター持ってきてくれなかった

 norさんのばか!」


私はテーブルに突っ伏して大笑いしていた。


norさんは窓辺で思案にくれている。


泣くのと笑うのを同時にやると、だんだん涙が引いていって、その次に笑いが引いていって、最後に虚脱感だけが残るものだ。


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私は顔を洗ってメガネをかけてさっぱりした気持ちで言った。

「私、もうべつに日本には帰りたくない。でも今度生まれ変わったら、ちゃんと約束のギター持ってきてくれるような人と10月の夏休みを過ごすんだもん」




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                       Laurent Chehere [Flying House]


私の妄想列車が来世に向かって発車したところ



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                     Laurent Chehere [Flying House]


そんなふうにいつだって、私の夏休みはいつも誰にもアイスを買ってもらえないので、夏は自分でアイスを買って、秋は自分で夏休みをするんだ。


そんなふうに、いつも秋は、


そんなふうに、いつも秋は、


そんなふうに、いつも秋は、


いつだって、素晴らしかった。


それでね、、、


「ああ!わかったよ」と突然そこでnorさんが私に札入れを投げる。


「この金、全部君にあげる」


「 ほんとに?ほんとに、ほんとに、ほんとに、ほんとに全部もらっちゃうよ-!知らないよ-!」


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「私のことを覚えていてほしいの。私が存在し、こうしてあなたのとなりにいたことをずっと覚えていてくれ

 る?」


( 村上春樹 『ノルウエイの森』 )



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ふとしたパブで、ふとしたライブを観て、音楽を通じて、どんどん友達を増やしてゆく。


norさんはもう6年くらいバンドもやっていないしギタ-も弾いていないというが、ここで自然にミュ-ジシャンたちとお友達になっていった。


ライブ中に客席でnorさんが「Midnight Special」とか「All Right Now」などを声を張り上げて一緒に歌っているのを舞台から観ていたバンドメンバ-がライブ後に握手を求めてくるのだった。


音楽をやっている人たちが音楽を軸にして親しくなってゆくのは当然だが、このカンタンさはバレンシア人ゆえのことなのだろうか、、、(汗)。 それともnorさんの放つ独特の変わった雰囲気に彼らも共鳴してくるのだろうか。



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ある夜、アイリッシュパブでnorさんがお友達になった人のジャムセッションにでかけた。

norさんも私もタブラオフラメンコのディナーのワインですっかりほろ酔い気分だったし、ジャムの始まる前にカウンタ-でまた一杯やっている。

私達は二人ともすっかり出来上がっていた。






ライブがはじまってしばらくしたら、バンドリーダーのNano Bluesがステージの上から叫んだ。

「今夜はなんと日本からの新しいゲストがいます!norです!さあ、nor、舞台にあがって!」


norさんは何のためらいもなく、ずんずんと舞台へ上ってゆく。


そしてnorさんは重厚なイントロをこなして、歌いはじめた。


Have you ever loved a woman,

you know,, so much you tremble in pain


エリック・クラプトンだ。


いいかんじ、、、、。


この数年、全然弾いていないというのにこんなに突然弾けるものなの?


norさんは全然緊張などしていなくて、気持ちよさそうだ、、、、。


喋りも入れてるし、、、。



はぁ、、、と私は溜息をついた。



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http://www.youtube.com/watch?v=MflbzE1Y4Ss



( ↑ 私がこっそり携帯で録画したnorさん参加ジャムセッションのURLをコッソリ暴露 )



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「コードはずしちゃった」


とライブが終わってからnorさんは言う。


私は言った。


「それはオリンピックだったら減点になるかもしれないけれども、ジャムではnorさんのプレイは味があって 

 おもしろかった。最高だった!すごくいい味だしてた!私、norさんのこと好きになっちゃった!」




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「今度来る時は自分のギターでジャムセッションに出るよ」


そう言ってnorさんは日本へ帰って行く。


「そう、、。じゃあ、私、norさんに合わせてまた夏休みとるね。できるだけ、2月か10月か11月か、、そんな

 非常識な月に、、、、ねえ、本当にまた来る?」


「 うん、また来る 」



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今頃norさんは、またべジーなカレーを食べているのだろうか。


カレーを食べた後に、ちょっとだけギターを弾いてブルースのフレーズを口ずさんでいてくれていればいいな、と私は思った。


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私は空港までnorさんを見送りに行かなかった。


私は空港でのサヨナラは大嫌いだ。


そしてあんなに独りが好きな私なのに、誰もいなくなったアパートももうイヤになった。


私はアパートの鍵を早速さっさと大家さんに返して、norさんと行ったカフェに行ってみた。


10月末というのにまだ陽射しが暖かく、そこにいる人は、上着を腕に抱えて億劫そうに、サングラスのむこうから紅茶の湯気の彼方に視線を躍らせ放心している。



「 ねえ、本当にまた来る?」


norさんが座っていた空席に話しかけてみる。


もう返事はない。


「 ねえ、本当にまた来る? もう、いじめないよ。ねえ、本当にまた来る?」





私は、こんどは何月に「非常識な夏休み」をとろうか、、。


夏休みが終わったばかりなのに、私はもう次の「夏休み」に想いを躍らせている。


できるだけ非常識な自分だけの夏休みに、、、、、。



その夏休みに、私は冬の日向のなかで、また遠い街の見知らぬ部屋の鍵を回し、私だけにしかわからない不思議な空間を生きる。








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