珍しい病気、MSBP(再掲) | 精神分析学講座 (nakamoto-masatoshi.com)

珍しい病気、MSBP(再掲)

 珍しい病気 MSBP

皆さんは、母親が子供を病気にする、という病気(母親側の)をご存知ですか?私は7-8年前、確か週刊朝日から取材を受け、この病気について軽い説明をしました。以後どういうわけか私がこの病気の専門家になったと勘違いした、一部のマスコミから電話で取材を受けます。一々説明するのも面倒なのと、こういう妙な病気の存在を多くの人が知っていてもいいだろうと思い、若干の参考文献を引用しつつ、解説してみようと思います。

 MSbPとはMunchausen syndrome by proxyの略です。邦訳すれば「(子供を)代理としたミュンヒハウゼン症候群」となります。本来のミュンヒハウゼン症候群とは自分の身体状態を大げさに言い、病気だと言いふらして歩く人々を指します。「ミュンヒハウゼン」は、ドイツの逸話の中のほらふき男爵ミュンヒハウゼンの名前から来ました。では代理とはなんでしょうか?自分自身が病気であると言うのではなく、病気になる代理を作ることです。代理は多くの場合子供です。だから犯人患者は母親になります。

 MSbPは、母親が、実際は子供が病気でないのに病気であると言い張り、医療を受けさせる、という形の精神疾患です。児童虐待の一型でもあります。単に子供が病気であると主張するのみならず、実際諸種の薬物や異物を用いて、子供の症状を作ってしまいます。不必要な検査をされ、不必要な薬物(それも大量の)を投与され、時に手術なども受けますから、子供が実際に病気になる事もあります。

 この種の母親の態度は特徴的です。子供の症状を言い立てます。子供から離れません。採尿や服薬あるいは体温測定などの処置も、この子は私でないとだめなんです、と言い張り、極力自分でしようとします。ナースなどの他人は排除します。症状は綿々と述べますが、仔細に聴くと症状のつじつまが合いません。本当の疾患なら必ず症状や予後にそれなりの一貫性があるのですが、MSbPでは症状は人為的に作られますから、病気のつじつまが合わなくなります。さらに母親はこと自分の子の病気については嘘を平然とつきますから、診断はいよいよ混乱し、医師は滅多にない病気を想定してしまいます。医師が母親の陳述に疑惑を抱いて、問い詰めると、母親は医師を変えます。新しい医師のもとで、同じサイクルが繰り返されます。

 医師を始めとする医療スタッフが騙されやすいのは、こういう母親に限って、スタッフと仲がよく、他の点では協力的で、スタッフが事実に気がつくまで、騙されてしまうからです。事態を複雑にするのは、本来被害者である子供が、母親に協力する事です。子供は母親が主張するような症状に合わせて陳述します。母親は子供の病気を看病する優しい愛情に満ちた母親役を演じる事で自らの役割達成感と自己同一性の発見を満たしているのですから、この気分は子供にも容易に伝染します。子供は母親を信じ、愛に満ちた存在と認識し、母親に同調します。結果として共謀になり、医療スタッフは騙されます。他の家族は気がつきません。客観的な証拠を突きつけられて、びっくり仰天。しかしこういう親子をめぐる家族関係は複雑なのが通例ですから、家族の協力もあまり期待できません。

 果たして母親が本当に、自分の子の病気を信じているのか、それとも虚言を意識しているのかは、解りません。子供の側になれば、多分自分は病気だと信じきっているのでしょう。そうなると本当に症状が出てくるものです。

 子供はどういう症状があると言われるのでしょうか?あるいは作り出されるのでしょうか?ある文献によりますと、117例中、

出血(44%)

痙攣(42%)

中枢神経系の抑制(19%)

無呼吸(15%)

下痢(11%)

嘔吐(10%)

発熱(10%)

発疹(9%)

となります。以上が多発する症状です。これらの症状は容易に作り出せます。軽い傷を負わせてる、母親自身の血を混ぜる(特に月経血など)、首をしめる、異物・薬物を飲ませる、などいろんな手があります。発熱などはそう母親が主張し、体温計を暖めればすむ事です。

 MSbPはどうやって見破ればいいのでしょうか?医師の(特に小児科医の)立場からすると以下の事に気をつけるべきです。

 理論的に説明困難な症状の持続や反復

 病歴・検査所見と全身状態の不一致

 経験した事のない稀な疾患、と診断せざるをえない

 母親が子供の側から離れない

 母親が付き添っている時のみ症状が起こる

 子供を母親から切り離すと症状は消える

 子供はしばしば治療を受け入れる事ができない

 母親は病気に関してそれほど心配していない

 症状が適切な治療に反応しない

 過去に不自然な乳児の突然死がある

 母親が医療や看護経験者であるか自身豊富な疾病体験がある

こういう場合はMSbPを疑うべきです。

 MSbPの主役となる母親は一体どんな母親あるいは人格なのでしょうか?はっきりした事は解りませんが、他の虐待の場合と同じのようです。

母子相互の共生(共依存)関係

 父母の結婚生活上の葛藤

 ヒステリ-傾向

うつ病傾向

 境界性人格障害

などの要因があります。要は母親自身が自らの存在に満足できず、子供と同一化し、子供になり、子供に依存し、子供を利用して、自分の存在感を確認しているようです。いわばたちの悪いままごととも言えます。

こういうわけですからこの種の病気はなかなか発見されません。早い場合は1ヶ月、長ければ21歳という報告があります。犠牲になる子供の男女比はほぼ1対1です。子供の死亡率は決して低くはありません。5-10%、報告によれば22%というのもあります。この疾患は、あくまで母親の側の疾患ですが、虚偽性障害として分類されています。1977年Meadowにより2例報告されMSbPと命名されました。1例は子供の尿に自分の血液を混入しようとした母親、もう1例は乳児に胃チュ-ブで大量の食塩水を投与し高ナトリウム血症を起こさせようとした母親です。以下わが国での例を1つ挙げます。

症例

 6歳男児。事態発見までに計23回の入院暦。主訴は下痢。輸液や食事療法にも関わらず下痢は改善せず。血性嘔吐あり、高熱。血液培養にてカンディダ敗血症と診断。絶食中にもかかわらず白色の沈殿を胃液に認める。監視カメラで母親が子供の口に何かを押し込むのを発見。MSbPと診断。母子を分離、症状は劇的に改善。母親との面接を禁止し子供に聴くと、4-5歳ごろから通常の10倍量の下剤を投与されていた事、使用済みの注射器で唾液や便を静脈から投与されていた事、が解る。諸種の異物投与や、それにより起こされる症状の治療のために、腎細尿管障害や巨大脾腫を起こし、脾臓摘出の手術を行う。大量の輸血によるらしい二次的ヘモシデロ-シス(血中鉄量の増加)があり、3年間入院。

この母親の病気は本来精神科領域に属するものです。しかし母親が自ら精神科を受信する事はまずありません。被害者である子供を扱う小児科医の方がこの疾患を発見しやすい立場にあります。よく治療法を聞かれます。しかしそれは無い、と言うべきです。母親は意識して嘘をつきます。これでは精神療法やカウンセリングの対象にはなりません。

参考文献

 小児内科、小児科診療、小児科臨床、日本医師会雑誌、など諸雑誌