むかで | 不思議なことはあったほうがいい

 藤原秀郷が若いとき、瀬田の唐橋を渡りかかると、なんと巨大なが橋上にねそべっている。キモのすわった秀郷、ズンズンととおりすぎていった、すると蛇は老人となって(あるいは美女となって)「私はじつは竜王の使いです。ここで剛の方を探していたのです。仲間が襲われてこまっております。どうか助太刀してくだしゃんせ」。その敵とは、三上山の大ムカデ! 

 「湖水の汀にうち望みて、三上の山をながむれば、稲光することしりなり……松明二三千余り炊き上げて、三上の動くごとくに動揺して来ることあり。山を動かし谷を響かす音は、百千万の雷もかくやらん!」(『俵藤太物語』) 

 おお、バケモンの登場はこうでなくては!

 秀郷はやじりにおのれのツバキをはきかけ、みごと鉄の装甲ぶちやぶって、ムカデの眉間を打ち抜いた! この活躍のご褒美をいろいろもらったなかに、打ち出の小槌みたいな、米の永遠にでる俵があって、以降、「俵藤太」のリングネームを名乗ることになるのだった! そしてのちに魔人・将門の眉間をつらぬくのも彼である。……時代下って豊臣秀吉に念願の嫡子が誕生したおり、秀郷の子孫であるという蒲生家がムカデを退治した矢の根を奉った云々。また、江戸時代には蒲生家のお姫様が、そのムカデの祟りで怪奇な死に様をみせ、その墓もムカデがわいてたいへんこまった…という話が盛岡にあるらしい。

 ボクは、野生のオオムカデというのを見たことがなかった。

 アカヅムカデというのが日本では一番大きい部類で、約13センチくらいあるという。刺されるとスゲー痛いらしいが、俵藤太とたたかったやつにくらべりゃカワイイもんだ‥‥などととおもっておったが、先日の「連理の枝」を偶然みつけた公園で、このアカヅムカデを見ちゃいました(死骸だったが……)。

 いざ実物を見ると‥‥おお恐ワー!! (((゜д゜;)))

 頭の赤と体の黒がまさに水の精霊・蛇の対抗、火とか、土とか……地獄的でかんじでてます。


 手足なくツルリとして丸呑み系の蛇VS手足だらけでガチガチして齧り系のムカデ、両者は宿命のライバルである!

 「日光山縁起絵巻」では、二荒山の有宇大将と上野国赤城山の神様が湖水をめぐって戦争、前者が蛇で後者がムカデ。助太刀した「猿丸太夫」という弓の名人がムカデの眼を射抜き、蛇が勝つ。猿丸は日光をもらうことになる。かわいそうなので(?)群馬県館林の赤城神社にはムカデの絵馬が奉納されている。

 「今昔物語」では、舞台は日本海。加賀の七人組の漁師が、謎の島にながされて、島民に歓待をうける。隣の島から侵略者がくるので、助太刀してくれ、というので待っていたらこれまた10丈の大ムカデ。島の神様である大蛇と「ちみどろ」にひしひし食い合いの結果、漁師たちの放った矢でムカデは倒された。漁民たちは家族で島に領地をもらい繁栄する。(この話でムカデが海から来るってのはおかしいが、これはゴカイを誤解したんだろ……というようなことを南方熊楠がどっかで書いていた)


 助っ人、弓矢、ご褒美。これらが有名な蛇対ムカデ話に共通する。

 っていうか、この三話はもともと同じものだったんじゃろうというのが定説になっているようだ。総称「神を助けた話」。だがこのパターンの話では、神様は赤蛇対青蛇であったり、ともに龍体であったりする。「俵藤太」ものでも、「蛇対ムカデ」といっておきながら、絵巻の絵が龍どうしの戦いになっていたりするものもある。「ムカデ」は後づけなのだ。

 そもそも、ムカデが蛇を襲うという話は大昔の中国の古典にいろいろ紹介されているそうだ。

「荘子」に「ムカデ、帯(子蛇)を甘んず、ムカデ好んでその眼を喰らう」

「抱朴子」に「ムカデ、蛇を見れば能く気をもってこれを禁ず。蛇すなわち死す」

「五雑俎」に「ムカデ、一尺以上あれば即ち能く飛び、龍これを恐れる」

 見た目的にも、ライバル的だったということか。オオムカデはじっさいにネズミくらいの動物なら襲って食うというから、小蛇くらいなら食われるシーンを見たひともあるんだろ。


 生命に貴賎などあってはならん! いつもムカデが悪者ではカワイソウ!

 と、思っていたら、ムカデがヒーローの話もちゃーんとあった。

  愛知県碧南の妙福寺には毘沙門天がマツラレているが、そこに残る昔話。ある男が大蛇に襲われてもはやこれまで!とおもったが、蛇はスゴスゴにげていった。実は男は偶然毘沙門さんのおみくじを拾って持っていたのだ。毘沙門の神使が「ムカデ」なのである。ムカデは足がいっぱいで「おあし」がいっぱい……というひっかけから、商売繁盛につなげても信仰された。

 仏教世界の聖地・須弥山を、仏敵から守護する戦闘集団・天部のうち、四方を守護する精鋭ユニット「四天王」。そのうちで、北を担当する多聞天が、ソロ活動するときの名前が「毘沙門」。

 その出自はインドのクベーラ神で、富と財宝の神。別名をヴィシュラバナといい、それを漢字に強引に書いたのが「毘沙門」ということらしい(なんかヤンキーの「愚霊屠!」みたいだな(^o^;)……クベーラはヤクシャ(夜叉)族の王様。異母兄弟であるラーヴァナ(羅刹族の王)とランカー島(スリランカ)の領有を争って、敗北。チベット仏教の聖地・カイラス山(リンガ)に逃げ込む。……このへんの話はよくわかんないや。でも、さっきまでの話と通じるところあるね。

 で、彼はかなりの小人で地下に眠る金銀財宝の支配者でもあった。『指輪物語』のドワーフとか「白雪姫」の小人とか「宇治拾遺物語」の銅の精のように、地下鉱脈にくわしい人々がいたのかもしれない。だから、蛇とムカデの対立は、川をさかのぼって鉱脈をさがす蛇族と、じっさい地にもぐってムカデのように多岐にわたる鉱脈を掘り進むムカデ族の対立というふうにも解釈される。

 でも、地下にもぐるんなら、モグラでもミミズでもアナグマでもアリンコでもいっぱいいるのに、なんで毘沙門のパートナーにムカデが選ばれたんだろ? いま流行りの武田軍団にもムカデの愛称をもつ穴掘り部隊があったそうだが……? ちなみに武田のライバル上杉は自称「毘沙門天の生まれ変わり」で旗に「毘」の字。ン??……このへんはむしろ毘沙門の強さのほうをかっているわけだな。


 さて、話をインド神話にもどすと、毘沙門の前身であるクベーラをやっつけた、ライバル・ラーヴァナはじつは10の頭と20の腕をもつムカデみたいなやつだった。彼は最高神ブラフマーから、神や悪魔に負けない強靭な肉体を授かったという。……なんか、ムカデっぽいのはこっちだな。で、かれらの力の象徴はプシュカタという巨大な「空飛ぶ戦車」であった。大ムカデは空を飛ぶとあったが、それか? この争いでプシュカタを手に入れたラーヴァナはのちにこのマシンで農耕の女神シータを誘拐する。シータの夫のラーマは妻を救出すべく、猿王たちの協力を借りて、強敵羅刹王ラーヴァナを苦闘の末たおすが、そのときラーマの必殺の武器は弓矢であった! ンンン! どこかでムカデと蛇と英雄の性格がこんがらがちゃったのかもしれないね。