正義の味方じゃない、「便利屋」
東京の郊外を駆ける男2人のドタバタ喜劇
東京の郊外、架空の街・まほろ市。
そこで多田は小さい便利屋を営んでいた。
たった1人で、家族すら持たずに。
ふとしたはずみで顔を合わせた男・行天。
高校時代には「言葉を発しない」変人だった男が、
恐ろしく冗舌になって多田の前に姿を現したのだ。
2人は一緒に便利屋としての仕事をこなしていく。
便利屋にしてはきな臭すぎる仕事の数々を。
喜劇と書いたけど、読み方によっては悲劇かもしれない。
「まほろ」というタイトルだけで敬遠する人もいそうだが、
それはもったいなさすぎる。中身は硬派もいいところだ。
一連のストーリーを貫く、「幸福とは?」というメッセージ。
それが、しつこくない程度の絶妙のバランスで盛り込まれている。
「幸福とはこうなんですよ、だからこれは不幸です、幸福です」というのではない。
「これは幸福なのか不幸なのか考えてみて」と常に問い掛けてくる感じ。
そして、それを問い掛けてくる主人公2人のコントラストが最高。
弟1章の「さあ帰ろう」、最終章の「さあ帰るぞ」。
ここにゾクッと来てほしい。俺が国語の先生ならそう思うだろう。
「この世界は・・・誰にも渡さない」
最速で最高の400mリレーを見せてやる!
中学時代をサッカー少年として過ごした神谷。
中2まで全国で戦った後、陸上界を去った一ノ瀬。
体育の授業中のほんのお遊びの50m走。
2人は気付いた。
俺もコイツも走るべきだ―
そこから陸上部に入部し、過酷な練習に身を投じる。
でも、それ以上に出会った仲間は最高だった。
「勝ちたい」、自分のために、仲間のために。
寄せ集めのチームだったはずの春高陸上部は進化を遂げた。
3年目の夏に奇跡を信じられるぐらいに。
感動青春小説ですか、と一括りに論じるのは簡単だが、
この小説はそんな次元じゃない。エネルギーに満ちている。
登場人物が多いが、誰もが繊細なタッチで描かれており、
台詞の中に端的に想いが表現されている。
マイペース、仲間想い、わがまま、内向的、負けず嫌い・・・
表現も若い。
BUMP OF CHICKENの「ダイヤモンド」を
レース日の朝にケータイのアラームとして使う場面など、
まるで高校生が乗り移って描いているかのような臨場感がある。
肝心の「走る」場面。
ムダな単語が1つもない。表現が速い。
手に汗を握る暇がない。気付いたら、喉が渇いている。
読みながら喉が渇く青春小説って、なかなかない。
不倫をする奴は馬鹿だ、
ただ、どうしようもない時もある―
主人公の渡部はごく平凡なサラリーマンだった。
妻と子供のために身を粉にして働き、
念願のマイホームを手に入れた。
仕事から帰宅したときに迎えてくれる愛娘の笑顔、
地味ながらも家庭を切り盛りしてくれる妻。
「自分は幸せだ」と信じていた。
秋葉に会うまでは。
派遣社員の秋葉と出会い、
ごく自然に一線を超えた。
背徳感と罪悪感に満ちた逢瀬を重ねる中、
「これこそが幸せなのだ」と確信した。
妻も娘も捨てる決意を堅くする中、
秋葉の一言が耳朶を打った。
「私は15年前に起きた殺人事件の容疑者なの」
片側に愛情が載せられ、振り切れんばかりだった天秤の逆側、
疑惑と不安がその重みを増して天秤を揺らし始めた・・・
ストーリーは東野作品の中では落ちる、
それはもう客観的に見てそう思うが、
主人公の心情描写が痛いぐらいにリアル。
徐々に不安に傾いていく様子などは本当に真に迫る。
不倫とまでは言わない、
浮気の経験のある男性ならば。
ストーリーの中~後半で、
胃が競りあがるような臨場感を味わえることを約束する。